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第9話:図書室の悪魔!-毒書魔獣ネクロノーマ登場-(後編)

「やったか!?」

 それは、予想をはるかに上回る規模の炸裂だった。単純な花火の威力だけでこうはならない――究太郎が起きていれば、室内を舞うホコリと木片による粉塵爆発(ふんじんばくはつ)と分析しただろう。


 オレンジ色の微かに混じる薄暗闇の空間が、混合された花火の連鎖爆発で色とりどりに染め上げられる。敵の束縛を脱しようともがいていたひかるは、反動を喰らって数メートルも床を転がされる羽目になった。


『…………おのれっ』

「っ!」


 はじめは目を疑った。花火の爆発が収まっていくと、中からネクロノーマの巨体がゆらりと現れたのだ。そこまではいい。はじめだって、正直倒せると期待はしてなかったからだ。


 けどあれだけの爆発に巻き込まれて、傷どころか焦げ跡ひとつ残っていないのは、一体どういう訳なのだ――。


『おのれおのれおのれおのれ――――ッ!! よくもっ! よくも本に火をくべたな! この恥知らずの、過激主義の、汚らわしい野蛮人どもめが――――っ!!』


 それでいて何故か、敵は異常なまでに怒り狂っていた。


 ネクロノーマがその巨体を揺さぶり突進してくる。恐怖と混乱とで動けないはじめが思わず踏み潰されると感じた瞬間、彼の体は究太郎ともどもフワッと宙に浮かんでいた。ひかるが、すんでのところで飛び込んできたからだ。自分が彼女の小脇に抱えられ天井付近を飛んでいると気付くより先に、ネクロノーマの巨体が本棚を二つか三つまとめて吹き飛ばす猛烈な破壊音をはじめは耳にした。


『貴様らは何か!? 悪書追放と(のたま)ったPTAどもの末裔(まつえい)か! 文革などと宣った思い上がりの革命家気取りどもかァ――――ッ!』


 意味不明なことを喚き散らし周囲の本棚に体当たりを繰返すネクロノーマの姿に、はじめはやっと少しだけ冷静な気持ちを取戻していった。


「……だから、意味がないって言ったのに」

 はじめたちを抱えたまま、ひかるは比較的無事な本棚の上へと軽やかに降り立った。思わずひかるの顔を見上げたはじめの心を読んだのか、彼女は言う。


「魔獣を倒せるのは、私のボトルに入ってる聖水か、それを飲んでる私自身の攻撃だけ。それ以外は何も効かないし、傷ひとつ負わせられない」

「聖水……」


 はじめは、彼女が首から提げた謎のマークつきの竹筒――ボトルの存在を意識する。彼女が普段その中からしか水を飲まないこと、彼女の放つ攻撃が常にそのボトルを介していることを思い出し、はじめはやっと彼女の言葉の意味を理解した。


「――うわ、何だこりゃ!?」

 そのとき急に大人の声がして、はじめは我に返る。図書室の入口付近に、いつの間にか先生たちの姿があったのだ。考えてみればあんな爆発を起こしたのだから当然で、さっきからずっと火災報知器が鳴り響いていたのだ。


 棚という棚は滅茶苦茶、しかも爆発の火が僅かに残っている惨状。こちらの姿を見られたが最後、MPAは解散、児嶋先生にも迷惑が……思わずそんな風に危惧もしたのだが、


「危ないっ!」

「え――――んぎゃあっ!?」


 先生たちが全員まとめてカエルの潰れるような声を上げ、引き戸へと叩きつけられた挙句に外れたドアごと廊下目がけてぶっ飛ばされていった。

 ネクロノーマの体当たりの巻添えを食ったのだ。無論、彼らにその姿は見えていない。


 思わず声を上げてから、はじめは遅れてしまったと思った。バレるかもしれないのに、何故自分は叫んでしまったんだろう……。


『クハハハハハッ、歴史の重みを知るがいいっ! 電子書籍にこの芸当ができるのかァッ!』


「……隙だらけ」

 そう言ってひかるは、はじめたちをその場に残して勢いよく敵の懐へと飛び込んでいった。空中で聖水筒射剣を抜刀、大きく開いた敵の口内に水で形成した刀身を深々と突き立て、一瞬にしてその絶叫を引き出させたのだ。


挿絵(By みてみん)


『ングググググッ……湿気も……湿気も本には大敵……なのだぞォ……ッ!』

「……本だったら、人の栄養になって」

 ひかるはボソリと呟いた。


「人を栄養にして生き残るのは、筋違い」

『対価もなしで……ギギギギギイイッ……本が維持できるなどと思うなァッ!』


 ひかるが刀身を引き抜いて大きく飛び退った直後、ネクロノーマはそれを最期の言葉に倒れ伏し、やがて木端微塵に爆散した……。


* * *


「あー、ビックリした」

 学校の屋上で目を覚ました究太郎は、実に呑気な態度であった。


「魂とられてたなんて、まだちょっと信じられないや」

「こっちは心配してたんだぞ!」

 はじめは少しだけ腹を立てて言った。


「究太郎が気絶してる間、大変だったんだからな!」

「そりゃまあ、見れば分かるけど……」

 究太郎につられ、はじめは学校の周囲を見渡す。


 今や屋上から一望できる闇の中は、真っ赤なランプがところ狭しとひしめき合い、けたたましいサイレンが何処までも鳴り響いていた。今度は消防車どころか、パトカーも来てしまったようだった。なにせ図書室を爆破したのだから無理もないが、自分たちの荷物は残っていないから捕まることはないハズだ……たぶん。


「これで少しは、魔獣のことが分かった?」

 はじめたちを屋上に運んできた張本人が、冷たい調子でそう告げる。ひかるは念を押すように言った。


「もう二度と、余計なことはしないで」

「……悪かったけどさ、何もそんな言い方しなくたって」

 はじめは流石に少し反論したくなった。


「自分だって、こっちが助けなきゃ敵に食べられるとこだったじゃないか」

「私ひとりでも何とかなった。君たちは騒ぎを大きくしただけ」

「両手を塞がれてて何がどうなったっていうんだよ!?」

「よしなよ、はじめー……」


 肝心の戦闘には不参加だったのに、究太郎は何故かどっと疲れたような顔をしていた。魂をとられた影響がまだ残っているのか分からないが、これ以上言い争いに付き合ってられないという表情だった。はじめも、想定外のことが起きすぎてちょっとパニックになっていたのかもしれない……無闇に怒鳴ったりしたことを、はじめは反省した。


「上城さんもさ、責任感強いのは分かってるけど、全部自分だけでやろうとするのはいい加減やめなよ。はじめだって一生懸命――」


「――君らなんかに分かる訳ない!」

 不意にひかるが大声を上げたので、はじめも究太郎もギョッとした。


 言ってしまってから、ひかる自身も後悔したのか俯き気味になる。その時、彼女がまたあの右手のミサンガに触れたのをはじめは見逃さなかった。彼女が何かを隠していることはもはや間違いない。けれどその『何か』とは、一体何なのだろうか……。


「ごめん」

 究太郎が言った。

「とりあえずさ、こっからどうやって家に帰るかだけ考えない?」

 そこら中に見える赤いパトランプの光が、三人を急速に現実に引き戻す。


 ひかるはやがて大げさに溜息をつくと、返事も待たずにふたりをひょいと持ち上げて夜闇の絶叫空中散歩に躍り出た。警察と消防はその夜、ドップラー効果を起こしながら消えていく、悲鳴ともつかない謎の声を夜空に聞いた。

6/24(金)20:00~「給食室がささやく!-魂断魔獣シザーバデス登場-(前編)」公開予定!

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