第7話:図書室の悪魔!-毒書魔獣ネクロノーマ登場-(前編)
ひかるがMPAメンバーとなった明くる週のことだった。
「大変だよ、聞いた!?」
朝、既に席についていたはじめとひかるの元に、登校するなり究太郎がおはようも言わずに駆け寄ってきた。
「こないだ、図書室でいっぱい人がバタバタ倒れたって!」
「そのことを、今話してたんだよ」
はじめは言ってから、確かめるように今一度ひかるの方を見た。彼女は無言ながらも微かに頷いてみせる。
「やっぱり、魔獣の仕業だろうって」
事件があったのは土曜日。やはり、午後四時ぐらいを回った頃のことだった。
命星小学校の図書室は子どもたちの居場所を確保する意味合いもあり、地域開放型図書室として土日であっても一定の時間内なら利用と出入りが自由となっている。
閉館時間が迫り、いつも通り利用者が三々五々帰りかけたそのタイミングで異変が起きた。究太郎の言うように、子どもも大人も問わず図書室内に残っていた人が次々と、意識を失ってその場に倒れ出したのである。彼らは先生たちの通報で即病院へと搬送されたが、今でも意識不明のままであるという……。
「魔獣に魂を取られた人間は、少しずつ弱っていって最後には命まで危険になる」
ひかるは言った。
「今日の放課後、敵を見つけて退治しに行く」
「たださ、ちょっと変な話も聞いたんだ。この事件を俺独自に調査してみたら、実は一人だけそこにいて無事な子がいたらしいんだよ。けどそしたら、」
どんな調査だよとはじめは心の中でツッコんだ。究太郎は相変わらず、頼りにする情報網が全く以て正体不明である。
「周りの人が倒れていく時、気持ち悪い笑い声を聞いたっていうんだよ。ハハハハハって」
ひかるがガタッと音を立ててその場に立ち上がる。
「それ本当なの」
彼女は何故か急激に顔色を変え、究太郎に詰め寄った。
「何処の誰。姿は見てないの」
「し、知らないよそこまでは。一応警察にも話したけど、多分聞き間違いだと思われたって。それに情報源は匿名扱いを条件に……」
「ちょっと上城、落ち着きなって」
ヘビににらまれたカエルみたくビビってしまっている究太郎を見て、気の毒に思ったはじめは以前とは逆に自分がなだめに入る。ひかるの様子は明らかにただ事ではない。そうでなくても目つきが悪いのに、こんな具合で訊かれたら話せるものも話せないだろう。
「急にどうしたんだ?」
はじめの問いに、ひかるはむっつりと黙り込むだけだった。席に着き直した彼女を見てはじめは嘆息する。
「とにかく、今日の放課後ぼくらで図書室に行ってみよう。究太郎、例のやつ持ってきた?」
「あ……うん、まだ試作品だけどバッチリ」
「何の話」
ひかるが訝しげな目をする中、究太郎が手提げから出してみせたのは一抱えほどの大きさもあるポンプ式ウォーターガンだった。が、微妙に改造がされていて、持ち手部分には大きめのハンドガードを増設、更に本来水の出る発射口には差し込み式で市販のロケット花火が装てんされている。
「名付けて、ファイヤワークバズーカ」
得意げに言う究太郎から実物を受けとってみて、はじめは手の中の重みと同時に、ちょっとした興奮のようなものも覚えていた。
「ぼくらにも戦う武器あった方が良いかもって言ったらさ、究太郎が本当にアイデアを出して作っちゃったんだよ。けど流石、手先が器用だよな究太郎」
「図工の成績は5だからね!」
えっへんと胸を張る究太郎だが、一連のやり取りを見るひかるの目は冷ややかだった。
「下らない……」
「そんな言い方しなくても。そりゃ、やっつけるまではムリかもしれないけどさ」
「それに、発射するのは普通の花火じゃないんだ」
究太郎は自分の発明品を解説したくて仕方ない様子だった。
「中心はロケット花火だけど、セットにあった他の花火を全部まとめてテープで巻いてある。間に爆竹を挟み込んだから、命中してひとつでも爆発すれば連鎖反応で……」
これぞ、夏休み工作の極致。小学生男子のロマンに酔っているふたりだが、彼らとは裏腹にひかるは「そんなの意味ない」と一蹴する。
「威力とかの問題じゃないから」
「……上城、なんか今日いつもよりもピリピリしてない?」
「だったら何。それも取材?」
普段にも増してトゲのある言い方ばかりのひかるに、はじめは思わず怯みかける。それでも尚も我慢強く見つめていたためか、彼女はやがて観念したように溜息を吐いて話し出した。
「…………前にいた学校で、人の言葉を話す幼魔獣が出たの」
ひかるの声は、気のせいかひっそりとしていた。
「そいつは、私に見つかった後すぐ逃げ出して……調べたらやっと、この学校の何処かにいることが分かったの。私が転校してきたのは、そいつをまた見つけて、今度こそ倒すため」
「それで、さっきからイライラしてたのか」
取り逃がしたものと思っていた相手がやっと手がかりを見せたのだから、顔色を変えたのも当然のことだろう。ひかるにも、自分たちと似たような事情があったのだと知って、はじめは何となくだが親近感を覚えた。
「言葉を話すやつって、そんなに珍しいの?」
「……君たちは、魔獣のことを何にも分かってない」
究太郎が如何にも彼らしい興味を示しただけなのに、ひかるは責めるような口調をした。
「魔獣は元々、こんなしょっちゅう狭い場所にばかり現れたりしないの。今こうなってるのは全部私の逃がしたあの魔獣――悪魔みたいなあいつが学校のあちこちに歪みを広げているせい。それにあいつは……」
「……上城?」
ひかるは突如として口ごもり、それっきり何も話さなくなってしまった。
はじめたちは途方に暮れたが、やがて間もなく児嶋先生が入って来て朝礼を始めると言ったため、彼らは否応なく解散せざるを得なかった。
起立と礼をしながらはじめが隣の席のひかるを見ていると、彼女はジッとその手首に視線を落とし続けていた。はじめはその時、ひかるが右手にミサンガをしているということに初めて気が付いた。
赤の紐をメインに、一筋の青いアクセントが入ったそれは、明らかに誰かの手によるハンドメイド品で、ひかるは朝礼の時間中、ずっとそれを見つめて動こうとしなかった。