第5話:正義と真実を追え!-陽光魔獣バステドン登場-(中編)
放課後、はじめと究太郎の姿は中庭の濃い茂みの中にあった。
「はじめさー、そんなに上城さんのこと好きなの?」
食べかけの牛乳とアンパンが、はじめの口から盛大に噴き出す。それはその日の給食の余りだった。張り込みにはまさしく最適なメニューである。
「鼻から牛乳~♪」
「はな、いや違……てかなんでそうなるんだよ!」
「だってこないだから、上城さんのことやたら庇ってるし」
彼らがしているのは職員室前廊下の監視、いわゆる張り込みだった。
提案したのははじめ自身である。開始から既に一時間が経過していた。秋というのもあって日は徐々に傾き始めている。幼魔獣が大人たちに見えないとしても、学校内で騒ぎが起きれば最低限、昨日の児嶋先生のように職員室も何かしら情報を掴むだろう。そんな予想からの行動だった。
「ぶっちゃけはじめ、UMAとかそんな興味ないでしょ。俺は幼魔獣っての、また見てみたいけど、食われるかもしれないって考えたら、正直ちょっと怖いしさ。はじめの場合、そんなに一生懸命になる必要ないんじゃないの」
「……別に、好きとかじゃない。ただ、MPAの記者としては当然の義務だろ」
はじめの弁明はしかし、少年が口にするには重みがいささか怪しいものがあった。
「正義と、真実を追求するのがぼくらMPAの――」
その時ビーッ! ビーッ! と何処からか突如物凄い音が聞こえてきた。一瞬ビクッと体を震わせてから、ふたりは遅れて顔を見合わせる。
『火事です。火事です。二階で火災が発生しました。落ち着いて避難して下さい』
「「火事!?」」
『ただいま、二階の火災報知機が作動しました。係員が確認しています。落ち着いて……』
殆んど間をおかず、職員室から先生が数名ドタバタと飛び出していくのが窓越しに見えた。あれはおそらく、南校舎の方だ。
はじめと究太郎は、一度の目くばせでほぼ反射的に同じ方角へと走り出していた。
先生たちの後を追って南校舎の階段を駆け上がろうとしたその時、火事が起きているという二階の方から物凄いわめき声が聞こえてきた。見れば、体格の良い男の先生が壮絶に泣き叫ぶ下級生の少年を、殆んど力づくで校舎から連れ出そうとしている。
「――こらっ!」
先生はこちらの様子に気が付くと、いきなり怖い顔をして怒鳴りつけてきた。
「放送聞こえなかったのか、早く避難しなさい!」
はじめたちは戸惑ったが何しろ火事の現場だ、ある意味では当然である。ふたりは大人しく指示に従って校舎を出る代わり、せめて新聞用の写真だけでも撮っておこうかと示し合わせ、究太郎が担当者として早速シャッターを切り始めた。
ところがはじめは、少し遅れてある驚くべき事実に気付くことになった。
「あれっ、きみって昨日校庭にいた……!?」
「ライオンが、ライオンが火をつけたんだ!」
大泣きしながら先生に連れ出されていた少年は、奇しくもつい昨日はじめがルナキラスから助け出した少年と、まさしく同一人物だったのだ。向こうはこちらを覚えているか不明だが、背が低く短髪で鼻を垂らしたその姿を、はじめは確かに覚えていたのだ。
「分かったからそんなの後にしなさい!」
「ライオンがいたんだ! 昨日は鳥もいて食べられそうだった! ライオンが出たんだ!」
「いい加減に言うことを聞きなさいッ!」
一方的に怒鳴られるばかりの少年があまりに居たたまれず、はじめは咄嗟に「先生、ぼくら友達なんです」と嘘を吐いて、体よく彼を引き取ることに成功した。先生は面倒事からやっと解放されると思って安心したのか「早く連れていきなさい」とだけ言いつけて、自分はまたも元来た階段を駆け戻っていってしまった。
直後に突然、グオオオオオッという野太い咆哮のようなものが何処か遠くの方から聞こえ、はじめは思わず背筋が凍りつくような気配がした。究太郎にも聞こえたらしく彼は咄嗟に身をすくめ、下級生の少年に至ってはワーッとしゃがんで一層パニックを起こしていた。
即座に周囲を確認するが、何処にも魔獣らしい姿は見当たらない。
程なくして、遠くから消防車のサイレンの音が近づいて来るのが聞こえた……。
* * *
「なんで、またいるの」
時間が大分経ってひかるがはじめたちの前に現れた時、彼女は心底呆れた目をしていた。
「関わらないでって、言ったハズなのに」
「そんなことより聞いてくれ、敵の居場所が分かったんだ」
はじめは南校舎の方を指差して言った。彼らは今、先生たちの目を逃れるように体育館の影に隠れている。火事の現場検証を終えてきた消防士と話し込む先生たちが、ギリギリ見えるか見えないかといった具合の距離だった。
「火事があったのは二年四組の教室で、窓際のカーテンが燃えたんだって。目撃者の男の子は忘れ物を取りに来たらしいんだけど、ずっと『ライオンが火をつけた』って言ってた。たぶん昨日邪魔しに出てきたバステドンとかって……」
「――――いい加減にしてよっ!」
ひかるが、出会ってから初めて金切り声に近い悲鳴を上げた。
悲鳴とはいえ、半分以上は怒鳴り声に近かった。はじめたちは瞬時に口ごもったが、遅れて先生たちの方を気にする。存在を気付かれたのではと思ったのだが、彼らは一瞬気を取られたように顔を上げただけで、こちらを見る気配はなかった。
眼前のひかるに意識を戻す。下を向いた彼女は、まるで震えているように見えた。
「迷惑だって言ってるのに、なんで分かってくれないの」
「……それはごめん。だけどさ」
「遊びでやってるんじゃないんだよ。それに君たちだって、危ない目に遭って死んじゃうかもしれない。なのに、なんで……」
「……だって酷すぎるじゃないかよ、いくら何でも」
絞り出すように言ってから、はじめは思わずハッとなって自分を責めそうになる。ひかるの両目に涙が浮かんでいたことに気付いたからだ。だが一瞬だけ遅れてひかるの表情にも変化が起こる。何故なら、はじめ自身もまた泣いていたからだ。
「…………どうして」
「上城さんの言う通りだよ。大人は、ぼくらの言うことなんて信じてくれない。だけどあんな怖い目に遭って、見たことを見たって言ってるのに誰も信じてくれない、話も聞いてくれないなんてあんまりだよ。誰かがやらなきゃ、一生知って貰えないままじゃないか……!」
昨日、魔獣に間近で襲われそうになって、生まれて初めて「死ぬかもしれない」とはじめは思った。下級生の子であれば尚更だろう。それでも大人たちは、自分たちには見えないという理由で嘘やデタラメや思い込み扱いし、話を聞くことすら面倒がる。
いや、きっと自分自身で体験していなければ、はじめも同じ考えだっただろう。
町の何処かでは、自分たち以外にも、もっと大勢の同じような目に遭っている子がいるかもしれないのだ。そんなの、放っておいていいハズがない。
「実はさ、上城さん」
それまで隣で聞いているだけだった究太郎が、不意に口を開く。はじめの様子を目の当りにして、流石にちょっとフォローするべきだと思ったのだろう。
「俺たちも前に一度、大人から一方的に嘘つき扱いされちゃったことあるんだよね。だから、魔獣に襲われた人たちの気持ちは分かるっていうか、他人事じゃないっていうか」
「……何があったっていうの」
「はじめは悪くないんだよ。ウチの学校にちょっと嫌な奴いてさ、そいつのやってるいじめ? みたいなものの標的に俺がなっちゃって。はじめが証拠を一生懸命集めてくれたんだけど……俺がこんなだから、結局は信用できないとか大人たちには言われちゃって。そいつは今でも、野放しのまんまになってて」
「……ぼくらには殆んど何も出来ないだろうって、分かってるよ」
はじめは唇を噛み、あらゆる自己嫌悪でいっぱいになりながら視線を落とした。
「けど何も出来ないからって、何もしないのは我慢できない。自分が許せないんだ! 何でもいいから、あいつらと戦いたいんだよ!」
「…………やっぱり、駄目」
ひかるは若干迷った様子を見せていたが、再び首を横に振った。
「気持ちは分かるけど、危険すぎる」
「でもじゃあ、どうするんだよ。きみって戦いは強いかもしれないけど、結局ぼくらと同じで子どもだろ。現場に近づいたりしたら、それこそ一瞬で追い返されるぞ」
はじめはこの際に、思っていたことをぶちまける。
「情報集めだって、ひとりで全部やるのは難しいしさ。思ってたけど、授業中いつも寝てるのって、もしかして学校中ひとりで歩き回って疲れてるとかなんじゃないの?」
「……だって、」
意外なことに、ひかるは急にバツが悪そうに目を逸らしながら言った。
「だって転校したばかりで、学校のどこに何があるのか分かんないし……」
あの上城ひかるが、口を尖らせて言い訳していた。図星なのか……てっきり何かしらは言い返されるとばかり思っていたので、はじめは虚を突かれて戸惑ってしまう。
「あのさ、上城さん」
究太郎がその時、ふと思い出したように口を開く。
「バステドンだけど、次は待ち伏せできるかもしれないよ」
はじめとひかるは、揃って目を丸くした。