第4話:正義と真実を追え!-陽光魔獣バステドン登場-(前編)
「はじめ、大丈夫か!?」
バスケットゴールの影に隠れるはじめの元に、究太郎がドタドタ不格好な走りをしてやってきた。散々ビビりながらも、最後はこうして来てくれる。持つべきものは友達だった。
「頭かじられたりとかしてない?」
「ぼくも、この子も平気だよ。それより……」
「……何してるの」
上城ひかるは遠くの方から一瞬だけ目をやり再度言った。
「早く! 逃げて!」
強めの口調でそう促され、はじめは今度こそ救助した下級生を連れて究太郎と共にその場を離れる。昇降口へと走る道すがら、はじめは思わず上城ひかるのいる方を振り返った。
巨鳥が全身を大きく広げて飛びかかると、上城ひかるは水の刃で敵のカギ爪攻撃をはじくが早いか地面を転がり、その背後へと回り込む。彼女が一度跳躍すると、その体躯は驚くことに数メートルもの高さまで浮かび上がった。
翼のつけ根を斬りつけられた巨鳥が怒りに吼え、振り向きざまに空中の彼女に噛みつこうとする。はじめが息をのんだのも束の間、上城ひかるは敵の下あごを豪快に蹴り上げ、いわゆるバク中をしながら軽やかに地面へと降り立った。
今そこで起きている出来事が、はじめには俄かに信じられない。上城ひかるはひょっとして本当に宇宙人か何かではないのか。はじめでさえ、思わずそう感じてしまうほどだった。
「ワンパスキャットだ!?」
一瞬、究太郎のやつは何をふざけてるんだと思ったが、そうではなかった。まさしく巨大なネコのようなシルエットを持つ真っ黒い何かが、突然何処からともなく走って現れると戦場に割り込んだのだ。敵が一匹でなかったことに、はじめは愕然とする。
乱入者に気付き上城ひかるが咄嗟に飛び退くと、突如現れたネコのような巨獣は彼女を威嚇する様に首の周囲から灼熱の炎を噴出させた。その姿はネコというより、もはや太陽をまとうライオンであった。
月の怪鳥と、太陽の獅子。夕焼けの中で展開するこの世ならざる光景に、はじめは不謹慎と知りながらもつい目を奪われる。
少し経って熱波の放出が収まると、そこに既に二大怪獣の姿はなかった。敵の消えた場所に駆け寄る上城ひかるはしばらくの間警戒姿勢を崩さなかったが、やがて自身も水の刃を消すとチラリとだけこちらを確かめ、そのまま何処へともなく立ち去っていってしまった。
打って変わってシーンとなった校庭を前に、はじめは正直どうすれば良いのか分からない。聞こえるのはただ、助け出した下級生が未だに恐怖でベソをかいている声だけだった。
「はじめ、はじめ」
不意に究太郎が真顔で訊ねてきた。
「あの子やっぱり、インタビューNGかな?」
そんなこと、はじめが知る訳も無かった。
* * *
翌日の朝、上城ひかるが登校するとクラスではじめと究太郎が待ち構えていた。教室内にはまだ他に誰もいない。彼らはその日、学校へ一番乗りだった。
「ウワサはやっぱり本当だったんだね」
はじめは言った。
「いつも、学校に誰よりも早く来て校舎の中をウロついてるって。でも昨日のことで、やっとちょっと理由が分かったよ」
隣の究太郎などは、未だにちょっと欠伸をしている。はじめ自身、こんなに朝早く家を出てくるのは正直大変だったのだ。
「どいて」
上城ひかるは見るからに迷惑そうな顔をして、はじめたちを肩で突っ切って自分の席へと向かう。だがしかし、はじめは諦める気はなかった。
「あの怪獣は一体何なんだ? 上城さんは、いつもあんなのと戦ってるの? どうしてあんな凄い動きが出来るんだ? ね、教えてくれないかな」
矢継ぎ早に質問をしながら、はじめは彼女の後を追いかける。
「待ってよ、ぼくらにだって知る権利が……」
上城ひかるが急に立ち止まり、こっちを振り向いた。思ったより近い距離だったため、身を翻す勢いでフワッと浮いたポニーテールが鼻先をかすめ、それによって湧き上がった何かが、はじめの胸の奥をギュッと締めつける。
が、次の瞬間、彼女は冷たい目をしたまま一番手近にあった机をガッと蹴り飛ばした。教室一番後ろの机が七、八メートルほども宙を舞って反対端の黒板に激突し、そのまま落下する。中身のバラバラと飛散する音が、無人の教室内にこだました。
「…………一回、冷静に話し合わない?」
再び自分の席に向かうひかるを、はじめは今度は可能な限りなだめるように言った。口調と裏腹に、足と腰はだいぶ後ろへと引けている。メガネも無駄に拭いていた。動揺すると意味もなくメガネを触るのが、彼の普段からのクセなのだ。
「ぼくら、きっと分かり合えると思うんだ」
「はじめ、昨日は過去一カッコよかったのに、今日は逆に過去一ダサいってある意味凄いね」
「うるさいなっ」
「あと上城さん、アレ一応俺の席ね」
後で戻すのを手伝おう……はじめは心中で密かに究太郎に詫びた。
「できたら、ルナキラスとバステドンについてだけでも、何か情報知りたいんだけど」
「ルナ……えっ、なに?」
「ああ、昨日の怪獣、俺が名前を付けたんだ。月みたいにキラキラしてる鳥がルナキラスで、太陽みたいなライオンがエジプトの神様の名前でバステドン。カッコイイでしょ?」
さも当たり前みたいな顔で究太郎は説明するが、初耳でありはじめは困惑する。
ひかるまでが、こいつら何言ってるんだという顔をしてこっちを見ている。頼むから一緒にしないでくれ……はじめは天を仰いだ。
「ジャージーナントカと、ワンパスナンチャラは何処行ったんだよ?」
「俺の調査によれば、アレは過去に目撃情報の無い、全く新しいタイプのUMAなんだ」
どんな調査だよとはじめは思った。
「少なくとも、普通のUMAだったら写真に影ぐらいは写るんだよ。だけどあいつらは、あれだけ沢山撮ったのに何処にも一枚も写ってなかった。あんなのおかしいよ」
「……あれは、幼魔獣」
その時とうとう、上城ひかるが口を開いた。観念したというよりは、単にはじめと究太郎の馬鹿話に堪えられなくなったのだろう。
「この世界とは別にあるもうひとつの世界から、人間の魂をエサにするためやって来る怪物。だけど一番の特徴は……私たち子どもにしか、その姿が見えないこと」
幼魔獣。その名と秘密が、初めて彼女の口から語られた。
「だから、カメラは意味がない。いくら撮っても、どんなに被害が出ても、写真とか映像にはうつらない。気付いているみたいだけど」
彼女や究太郎の言う通り、昨日の事件で最も奇妙なのは、あれだけ大勢が目撃し、写真まで撮ったにもかかわらず、後で確認してみるとその姿がひとつ残らず、データ上から掻き消えているということだった。
たとえばルナキラス――あの巨鳥を撮った写真はほぼ例外なく、背後の空か周囲の校庭しか写っていない。上城ひかるの戦いに至っては彼女の凄まじい動きこそ捉えているが、目の前にいたハズのルナキラスやバステドンは姿が丸ごと消え去っている。こうなるともう、明らかに技術や腕前などの問題ではなかった。
存在したハズのものが、最初から無かったのと同じになる。その理由は、奴らが子供にしか見えない超自然的存在だから。児嶋先生のあの反応は、ごく自然なものだったのだ。
「特にこの街は、ずっと昔から幼魔獣に狙われていて……私の家は代々、魔獣ハンターとして戦い続けてきたの。私ぐらいの歳になれば、誰もが全員」
「だけど、そんなの初めて聞いたよ」
はじめは素直にそう言った。
「あんな凄いことが起きてるなんて、ぼくたち全然知らなかった」
「大人は、子どもの言うことなんて信じないから」
ひかるはにべもなく言った。
「それが、あいつらが蔓延る一番の理由。ウソだと思うなら先生にでも親にでも、好きなだけ話してみたらいい。きっと失望する」
「…………」
はじめが咄嗟に反論できずたじろいでいると、急にまたひかるが席を立って教室の出口へと向かい始めた。
「話は終わり。昨日のやつらはまだ生きてるから、探して退治しないと」
「上城さん、場所分かるの?」
「知らない」
ひかるは淡々と問いかけに応じる。もはや害にもならないと判断されたか。
「けど、なるべくあちこち。幼魔獣は黄昏時――夕方に一番活発になる。だからそれより先にあいつらの出そうなところを、全部見つけておく」
「――ぼくらにも手伝わせてくれ!」
はじめは、気付けば思わずそう口にしていた。
究太郎が隣で目を丸くしているのが分かったが、はじめは躊躇わない。
「ぼくら、クラブ活動で新聞を書いてるんだ。学校のことなら誰より詳しいし、情報集めなら力になれると思う。それに……」
「いい、時間の無駄」
はじめの申し出は実に秒速三〇万キロで却下された。一瞬ひかるも立ち止まってくれたのでもしやと思ったが、簡単にはいかないようだ。それどころか、また例によってあの冷たい目で振り返り、にらまれてしまった。
「足手まといだし、迷惑。もう二度と関わらないで」
都合何日ぶりかの泣きそうな顔をするはじめを余所に、歯に衣着せぬ物言いをした張本人はカタはついたとばかりそれっきりこちらを見もせず、何処へともなく立ち去ってしまった。
はじめが途方に暮れていると、究太郎が慰めるみたいにポンと肩を叩いてきた。
「フラれるの早かったね、はじめ……」
「いや、フラれた訳じゃないし!?」
必死の弁明も空しく、究太郎は一人納得したようにウンウンと頷くばかりであった……。