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第17話:大決戦!オオカミ屋敷-超魔獣鬼メガテンダべロス登場-(中編)

 ひかるの初めての心情吐露を、はじめたちは息をのんで見守る。


「その子は……加子ちゃんは私の、たったひとりの友達だった……いつもひとりぼっちだった私と、ずっと一緒に居てくれた優しい子で……」

「上城、あんまり無理に話さなくても」

「駄目、聞いて……」


 しかしひかるは、意地でも首を横に振り続ける。弱っているに違いないのに、何故これ程まで辛いハズの話をすることに拘るのだろう。彼女のそれは、むしろ自分自身に言い聞かせようとしているみたいに見えた。


「加子ちゃん私に言ったの……私たちは、お父さんやお母さんの人形じゃない……嫌なことはサボって良いし、ウソついたって良いんだって……私、そんな風に言って貰えたの初めてで、嬉しかった……だけど」


 ひかるはそこで一瞬、息が出来なくなったみたいに言葉を詰まらせた。

 長い沈黙があって、彼女は静かに目を閉じ、深く息を吸った。はじめは思わず「上城……」と声をかけたけれど、ひかるはそれでも決心したように重々しく口を開いた。


「それからしばらくして、加子ちゃんが学校で魔獣に襲われたの……私は目の前にいたのに、助けられなくて……加子ちゃんは、もう二度と戻って来なかった……私が戦いたくないって、他の子みたいに普通に生活したいなんて、思ったせいで……」


 はじめは、喉の奥がカラカラに渇いていくような感覚を覚えた。普段あまり空気を読まない究太郎でさえ、何を言うべきか分からないでいるみたいだった。

 ややあって、ひかるは目を閉じて言った。


「だから、あいつを倒すまで……加子ちゃんの仇を取るまで、私は普通のごはんは、食べちゃ駄目なの。じゃないと聖水の効力が薄まって、弱くなる。そんなことも分からなかった所為で、加子ちゃんは……」


「上城は悪くない」

 はじめは言った。膝の上で思わず拳をギュッと握り締める。


「おかしいだろ。なんで上城がそんな自分を責めなきゃいけないんだよ。上城だって辛かったに決まってるし、一生懸命――」

「いいの、悪いのは私……」

 必死なあまり早口と化すはじめに、ひかるは諦めたように言った。


「大人たちにも言われたの。『お前がしっかりしてなかったからそんなことになったんだ。全部自分が悪いんだろ』って……」

「じゃあ大人が間違ってるよ!」

「はじめ、シーッ、シーッ!」


 究太郎が咄嗟に声を潜めるよう言ってくるが、はじめは余りに酷すぎる話に気持ちの昂ぶりが収まらない。頭の中がグチャグチャになっていく気がした。


 一番辛かったのはひかるのハズなのに、どうしてひかるは自分を責め、周囲も彼女を責め、そのことがまるで当たり前みたいになっているんだ。ひかるが一体何をしたって言うんだ。


「上城、ごめん」

 思わず謝罪が、はじめの口を突いて出る。


「上城の辛さを何も知らなかったクセに、軽い気持ちで手伝わせてくれなんて言ったりして、本当にごめん……」

「……気にしないで」

 不思議そうにこっちを見ていたひかるは、やがて穏やかに言った。


「……私も、話せてスッキリしたから」

「でも」

「おにぎり」

 それでも気の済まないはじめが今一度謝ろうとすると、彼女は出し抜けに言った。


「……やっぱり、貰っても良い?」


 はじめが言葉を理解するまでに少し時間を要したが、無言で何度も頷き返すと、バッグからラップに包んだ手製の塩むすびを取り出しひかるに差し出す。彼女はぎこちない仕草で包みを剥がしていくと、やがてその表面にそっと口づけした。


 最初はおずおずと遠慮がちに。次第にがつがつと乱暴に。ただしょっぱいのだけが取り柄の自家製おにぎりを、喉が詰まるのではないかというぐらい、懸命に頬張っていく。


 ひかるの両目から大粒の涙がこぼれ落ちる。彼女が泣くところはこれまでも何度か目撃していた。が、今度ばかりはダムが決壊したのかと見間違うぐらいの様相で。拭っても拭っても、とめどなく溢れてくる感情の洪水に、ひかるはとうとう堪えきれなくなり顔をくしゃくしゃに歪め、戸惑うはじめの服に何も言わずにしがみついた。


 声を殺すように泣き崩れるひかるの背中を、はじめはどうしていいか分からず、ただぎこちなくさすり続けることしかできなかった。


 一方、一人だけ蚊帳の外になった究太郎は手持ち無沙汰と化し、家から持ってきたというはちみつ漬けレモンの残りを、あたかも居心地の悪さを誤魔化すみたいにムシャムシャと食べてはワザとらしく口をすぼめていた。


* * *


「……やっぱり、思った通りだ」

 究太郎が出し抜けに言った。

「大神博士は、魔獣の存在に気付いてその対策をしてたんだよ」


 はじめが究太郎の方を振り返った時、彼は部屋の隅で表紙に奇怪な文様の刻まれた謎の本かノートを熱心に読み漁っていた。


 入った時には気付かなかったが、はじめたちが逃げ込んだのは本が壁にびっしりと並んだ、いわば書斎のような部屋だった。机や床の上には、本来の持ち主が取り出したのであろう読みかけの蔵書が無数の積読タワーと化して立ち並んでいる。

 はじめは、究太郎の横から本を覗き込んでみて思わず顔をしかめた。


「何これミミズ? ミミズのダンスだろ。何書いてあるのかさっぱり意味不明なんだけど……こんなのよく読めるな究太郎」

「これは筆記体だよ、はじめ」

 究太郎は、何でもないかのように笑って言った。


「クセがあるだけで、普通に日本語だから。慣れたらはじめでも読めるよ」

「それより、なんて書いてあるんだ?」

「博士によると、あの魔獣の名前はテンダべロス」

 究太郎は、指先でゆっくりと文字をなぞった。


「二ホンオオカミを捕まえようとして、博士がタイムワープの実験を始めたぐらいから現れるようになったんだって。博士はあいつらが時間の秘密を守る番人じゃないかって予測してる。時間と空間を超えて、何処までも追ってくる猟犬だって」

「そんなの……どうやって勝つんだよ……!?」


 はじめはチラリとひかるの様子を窺う。彼女は今、泣き疲れてしまったのかはじめの上着を床に敷いて静かに眠りについていた。穏やかで心安らぐ寝顔。彼女の秘密を知ってしまった今となっては、何があろうともう二度と傷つける訳にはいかない。


「さっきの戦いの前、実験室みたいな部屋にあった、青くて大きな玉みたいなの覚えてる?」

「……そういえば、あったような無かったような」


「あれは、博士が作ったホシノミネラルの結晶体――つまり、聖水とか星乃天然水に含まれる魔獣を倒す成分を取り出して固めたものなんだって。博士はあれを、テンダべロスの封印装置として使おうとしてたみたい」

「でも」

 はじめはシンプルに気になったことを訊ねた。


「あいつがいるってことは、結局は失敗したんじゃないの」

「正直分からない……そもそも記録が途中で止まってるし、さっきの部屋を見た感じ、使ってみたのかどうかも」


「……だったら、簡単」

「!」


 はじめは嬉しさと驚きが半々になって声にならない声を漏らした。

 ひかるが目覚めて、自ら体を起こしたのである。


「その結晶とか、玉とかっていうのを実際に試す。他に方法がないのなら」

「……上城!」

「心配かけて、ごめんなさい。お陰でちょっと楽になった」


「上城さん、まだあんまり無理しない方が」

「無理でも、やるしかない。時間もあまり残ってない」


 ひかるはそう言って、立ち上がりながら窓の外に目をやる。気温を下げるため開けるかどうか葛藤があったものの、結局敵の侵入を警戒して閉め切られていたガラス戸の外は、少しずつオレンジ色と化していた。あれから大分時間が経過してしまっている。


「夕方に近づけば近づく程、奴らの力は強くなる。待ってて状況が悪くなるだけなら、たったひとつの可能性しかなくても、それに懸けて早く動いておいた方が良い」

「確かに、さっきから魔獣の声もしてこないけど……」

「……なら決まり。私が敵の注意を引き付けるから、その隙に結晶とかっていうのであいつらを封印して……」

「上城……ッ!」


 自らパーカーを羽織り直そうとして、ひかるは一瞬微かにふらついていた。はじめは慌てて駆け寄ろうとするが、彼女はすぐさまこちらを振り返って大丈夫だからと制止するように微笑を浮かべる。


「……平気、心配しないで」

「……ッ!」

「エッ、ちょっとはじめ!?」


 究太郎がびっくりしたのも無理はない。はじめは咄嗟に、相棒がスペシャルドリンクを作るのに使用し半分以上が空になって床に放置されていたペットボトルの人工聖水を、ガブガブと一気に飲み干したのだ。


 ウッとはじめは反射的に顔をしかめる。見た目は普通の水なのに、何か濁ったものを飲んでいるような妙な不快感が喉に残る。塩水を薄めて苦味を足したような、独特の味わい。事前に身構えていなかったら、確かに思わず吐き出してしまいそうなものだった。


 だがそれでも、はじめは必死に耐える。ほんのこれしき耐えられなくては、この先ひかると一緒にいる資格が無いような、そんな気がしたのだ。

 幸いにも、ひかる本人にもその覚悟は伝わったようで、


「……不味い?」

「美味し…………ごめん、正直不味い!」

「そう」

 だけどその感想を聞いて、何故かひかるはちょっと嬉しそうに笑っていた。

「じゃ、行こっか」


 ひかるの合図で、彼らはドアを開け放ち一斉に廊下へと飛び出す。

 見える範囲内に、やはりテンダべロスの姿はない。今現在何処にいるのかは分からないが、正直このまま逃げおおせるのであれば、それに越したことはなかった。


「――あった!」

 すぐ隣の部屋を覗き込んだ究太郎が、先程の戦いで破壊されたドアを飛び越え、何かを手にして再び戻って来る。それは例の、青い玉だった。実験室は真隣に位置していたのだ。


「これさえあれば、こっちのモンだよ!」

「急いで、あいつら何処から出てくるか分からない」


 ひかるに促され、はじめたちは廊下を真っ直ぐ出口に向かって走る。ひょっとしてこのまま敵に見つからず脱出できるのではないか? そんな微かな希望が芽生えかけたのも束の間、角を曲がってホールに出たところで全ては脆くも打ち砕かれた。


「止まって!」

 グルルルルル……!


 ひかるに急制動をかけられたことで、つんのめりそうになるはじめたち。行く手には、広々したエントランスでものの見事に待ち伏せをかけていた三体のテンダべロスが、揃いも揃ってキバを剥き出しこちらをにらみつけていた。


 部屋まで襲ってこなかった理由が分かった気がした。要するに待っていればこちらで勝手に出てくることを、彼らはおそらく理解していたのだ。


「究太郎、それで早く封印とかって……」

「待って、何か様子がおかしい」

 ウオオオオオ――――――――ン…………!


 ひかるが警戒を強めた直後、それを証明するかのように、三体のテンダべロスが一斉に天を仰いで遠吠えを響かせた。彼らの肉体はたちまち青白い半実体の煙に分解、ホール天井付近へ集結して混然一体となり、ひとつの新たな実体を形作っていく。


 はじめたちは知る由も無かった。彼ら三体の正体は、実は別個体などではない。それぞれが異なる時代から呼び寄せられただけの、完全に同一個体の魔獣だったのだ。過去と、現在と、そして未来のテンダべロスが今まさに三位一体と化す。


 虹色に輝く翼を備えた青い三つ首の超魔獣。時空の番人が、遂にその本性を現した。

挿絵(By みてみん)

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