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第12話:給食室がささやく!-魂断魔獣シザーバデス登場-(後編)

 ギチギチギチギチィィィィィィィィッ!!

 赤い甲殻類のような幼魔獣――シザーバデスは全身の体節を(きし)ませる嫌な音を立てながら、暗闇の中で不気味にその巨体をうごめかせる。


 思わず腰を抜かしそうなはじめの腕を、ひかるが咄嗟に掴んで(げき)を飛ばす。

「しっかりして!」


 隣では究太郎が、何を思ったか散らばったトレーを手当たり次第に拾い上げては敵目がけて夢中で投げつけている。が、それらは大きく長いハサミの腕でいずれも弾き飛ばされる。命中したところでダメージなど無さそうだが、それでも抵抗の無意味さを見せつけられるようで、絶望感がより一層強調される。


「気を付けて、あいつ何かしようとしてる」

 ひかるの言葉から間をおかず、シザーバデスが触手の一部を大きく上向きに持ち上げた――見れば見るほどグロテスクである。コンロに火をつける時のようなバチバチという弾ける音がすると、敵の触手の合間から白く輝く水蒸気のようなものが噴き出してきた!


「熱っ!?」

 身をすくませたはじめたちの目と鼻の先を真っ白なビームが突き抜けると、その直撃箇所にあった窓ガラスが数枚、たちまち音を立てて砕け散った。ひかるが警告してくれなかったらと思うとはじめはゾッとする。


「なんだよ、今の攻撃!?」

熱膨張(ねつぼうちょう)かも! 熱い水蒸気が命中して、温度差でガラスが割れたんだよ!」

「そんなの今どうでも良いよっ!」

「自分で訊いたクセに!?」


 究太郎は相変わらず、恐れているのか興奮しているのかよく分からない調子だった。抗議はもっともだが、今はじめにはそれぐらい余裕というものが無かった。


 一方ひかるはグリップをつけ聖水ボトルを銃撃モードに変形、物陰に身を隠しながら水弾を連射して牽制(けんせい)を図る。……が、即座にその顔色が変わった。


「……あまり長く戦えないかもしれない」

「何だって!?」

迂闊(うかつ)だった。聖水の残りの量が少なくなってる」


 あの四人組のせいだ……はじめは、勝手にひかるの聖水を飲んだ上ボトルを床に投げ捨てたいじめグループの所業を思い出した。もし助けられなくても自業自得と思ったが、それ以前に自分たちの身も危ういかもしれない。


「またさっきのが来るよ――うわっ!」

 究太郎の言葉通り、シザーバデスの高温蒸気ビームが再びはじめたちの頭上を通過。さっきとは別のガラス数枚が木端微塵になって飛び散った。万が一、自分たちに直撃でもしようものなら火傷どころでは済まないだろう。


挿絵(By みてみん)


 ……熱いよぉ! 暗いよぉ! 苦しいよぉ!

 再びあの謎の声がして、僅かに敵の方を窺ったはじめは恐ろしい事実に気が付いた。


 魔獣は特徴的な二本のハサミとは別に数本、胴体に小さな肢を生やしている。それらが鍋や缶みたいに見える銀色の大きな容器を先程から大事そうに抱えているのだが、なんと声はその容器内から聞こえてくるのである。


「もしかしたら、襲われた人たちの魂かも!」

 究太郎も、殆んど同時にその考えに至ったようだ。

「食べる前に、鍋の中でグツグツ煮込んでるんだよきっと!」

「なんで魔獣が料理なんかするんだよぉ!?」

「少し黙って!」


 パニックのあまり意味不明なことを口走るはじめたちを、ひかるは一喝。再び身を乗り出し水弾を放つと、遂に何発かがシザーバデスに命中した。

 敵の悲鳴と共に囚われた少女たちの魂の叫びが何処かへ遠ざかっていく……ひとまず危機は脱したようだ。しばらくぶりに、給食室内が静寂に包まれた。


「あいつ逃げたのかな?」

「……分からない」

 はじめの問いかけに、ひかるは己の武器に目を落としながら言った。


「けどこれ以上、ムリして戦わない方が良いのかも。状況を一度立て直して……」

「俺いま、ヤな事気付いちゃったんだけど」

 唐突に究太郎がそんなことを言ったので、はじめとひかるの視線が一斉に彼へ集中する。


「魔獣って、ただ見えないってだけで大人のことも普通に襲うんだよね? こないだの奴みたいに……」

「それが、どうかしたの」

「こんな大きな音出して戦ってたら、先生とかその辺に来てるんじゃないかな。逃げた魔獣がもしそっちの方行ってたら……」


 間髪入れず、廊下の方から明らかに大人と思われる悲鳴や、果てには大きな体の倒れる音が複数聞こえてきたことで、不吉な予感は確信へと変わる。程なく彼らの慌てて遠ざかっていくような声と引換えに、再びはじめたちのいる方へギチギチという体節を軋ませる不気味な音が近づき始める。はじめはさっきから全身に異様な寒気を覚えていた――怖いのだ。


「……さっきの言葉は忘れて」

 ひかるがいよいよ、とんでもないことを言い出した。


「私はいま、ここで確実にあいつを仕留める。君たちは裏口の方へ行って逃げて」

「待ってよ、逃げるんだったら上城だって一緒だろ!?」

「私が中途半端に攻撃したせいで、あいつは凶暴になったのかもしれない」


 もはやビビっているのが一ミリたりとも隠せないぐらい裏返った声ではじめは抗議するが、ひかるは一向に動じない。どうやら本気でひとり残るつもりのようだ。

「これ以上放っておいたら、何をするか分からない。準備不足で来た私の責任」

「でも……!」


 ……熱いよぉ! 助けてよぉ! 出してよぉ!

 少女たちの泣き叫ぶ声が給食室の何処からか聞こえ始めたことで、はじめは心臓をキュッと掴まれたような気分になる。言い争っている隙に、敵がまた室内に入って来てしまったのだ。今この瞬間も、敵は四方八方を這いまわっているのだ。しかも今度は、


 ……ここは何処だ!? 動けない! 出してくれぇ!

 ……熱い! 苦しい! 誰か! 誰か! 誰かぁ!


「……なんか、さっきまでと違う声が混じってないか!?」

「先生とか警察の人たちだよ!」

 はじめの抱いた疑問を、究太郎が殆ど即座に言い当てる。


「新しく捕まえた魂も、きっと同じ鍋の中に閉じ込めたんだ……!」

「それより、敵の動きが早すぎる」

 ひかるが、周囲の様子を警戒しながら言った。


「声があちこち反響して、何処から襲ってくるか分からない」

「……ダメ元でいいから、またバズーカ使う?」

「火はもういいよ!」

 究太郎の提案をはじめは即座に却下した。そういえば彼は二号機を持参していたのだ。

「こないだみたいに、余計怒らせるだけだ!」

「でもじゃあ、どうするんだよ!」


 その時はじめの目に、床に散らばる無数のトレーの存在が映った。続けてはじめは、たった一人で苦渋を噛みしめるような、ひかるの(けわ)しくも幼い横顔を目に焼き付ける。


 彼女が泣いたり、傷ついたりする顔を、はじめはこれ以上見たくなかった。はじめは覚悟を決めると、絶叫同然の声を上げて隠れ家を勢いよく飛び出した。ひかる一人だけを犠牲にして助かるなんて、冗談じゃない!


「何してるの!?」

 はじめは答えの代わりにトレーのひとつを拾い上げると、手近な配膳台に力任せに叩きつけガンガンという騒音を立てまくる。給食室全体に不快な音が充満していく。


「デカいカニっ、出てこい! ぼくはここにいるぞっ!」

 考えてみれば単純な話だったのだ。敵が何処にいるか分からず、攻撃できるのもあと僅か。ならばいっそ、分かりやすい場所目がけて呼び寄せてしまえばいいのだ!


「はじめ、右見て右っ!」

 究太郎の声で振り向いたその瞬間、はじめの身長の倍はある移動式の銀ラックの向こう側にシザーバデスの巨体がそびえていた。敵の体当たりでラックが傾き、反射的に頭を庇って屈み込んだはじめの頭上に、積まれていた金属トレーが雪崩のように降り注ぐ。


 幸い、背後にあった作業台が支えとなり下敷きになることだけは免れた。が、休む間もなく今度はラックの隙間から、敵の真っ赤で鋭いハサミが差し込まれた!

「うわ――――っ!?」

 咄嗟に身をよじってかわしたものの、両脇をかすめて床に刺さった二本のハサミにはじめは生きた心地がしない。更に敵の触手の隙間からは、この距離でも火傷しそうなぐらい熱い吐息がかかってきた。脱出の暇もないまま、再び敵のハサミが高々と振り上げられる。はじめには敵の動きが、異常なほどスローモーションに感じられた。


 ところが結局、次のハサミは落ちてこなかった。間一髪間に合ったひかるが、聖水筒射剣の一振りでハサミを二本とも根元から寸断したのである。

 自慢の得物を不意に失ってのたうち回るシザーバデスを、ひかるは返す一撃で両断。胴体を真っ二つに裂かれたカニの化け物は、ゆっくりとその場に倒れ伏すと、ブクブクと泡を立てて跡形もなく溶け消えていった。


 はじめは、究太郎に助けられ何とかラックの下から這い出した。敵の抱きかかえていた鍋は床にひっくり返っていて、内部に詰まっていた無数の光り輝く何かは解放されたように何処へともなく飛び去って行く。ひかるが、敵の死骸を飛び越えこちら側に合流した。


「良かった、上城も無事で。本当にどうなるか――」

 はじめの右頬を、鋭い痛みが襲う。パァンという乾いた音を立てて、ひかるの手がはじめの顔面を引っ叩いたのだ。あまりのことに、はじめは一瞬何が起きたか分からなかった。


「――二度とあんなことしないでっ!!」

 きみを助けたかったんだ、と言おうとして相手の顔を見たはじめは、その目に涙がいっぱい浮かんでいるのに気付き言葉を飲んだ。反論したい感情が、たちまち消え失せていく。


「……死んじゃったら、どうするの……!」

 どうするべきか分からず立ち尽くすはじめと、オロオロする究太郎を置き去りに、ひかるは顔を伏せて給食室の裏口からただ一人立ち去って行った。


 一体自分が何を間違えたのか、はじめには分からなかった。その日のはじめはただ、ひかるが傷つくのを見たくない気持ちが、教室での事件もあって少し大きかっただけなのだ。


 にもかかわらず彼女は明らかに傷ついた反応をしていて、そのことがはじめにはショックであると同時に、自分自身にどうしようもなく腹が立って仕方が無かった。

7/1(金)20:00~「オオカミ屋敷への潜入!-猟犬獣鬼テンダべロス登場-(前・中・後)」公開予定!

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