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魔の鴉がやってくる。SS

魔の鴉がやってくる。SS『呪詛捨て海岸』

作者: 安田景壹

私こと(かささぎ)八代(やしろ)は、昨年二冊目の著書を上梓した新人の怪奇ライターである。著作はどちらも実話怪談集であり、掲載されている話は全て取材で得たものだ。ライター業は副業だが、有難い事にこの度、この連載記事を持たせてもらえた。いずれ相応の分量が溜まり、この連載記事が三冊目の著書として出版出来るよう頑張っていきたい。

 すでに第一回から第三回までの記事をご覧いただいた方は承知の事と思うが、初めての方向けに簡単に説明をさせていただく。

 本連載では、様々な方から提供していただいた怪奇体験談を紹介していく。話を伺った方はそれぞれ関りのない、全くの他人同士であるが、どの話にも共通の登場人物が登場する。

『魔女』である。

 黒いとんがり帽に、黒マント。そして黒い長髪。少女のような顔立ちだが、年齢は不明。場所を問わず、日本全国どこにでも現れる。

 魔女としか呼びようのないこの人物は、一体何者なのだろう。退魔屋という、一種の拝み屋のような職業である事はわかっている。

その名の通り、魔を退ける仕事であるらしい。退魔屋への依頼はウェブ上で行われる事も珍しくないそうだ。私はこの魔女が運営しているウェブサイトがないか探しているが、今のところ発見には至っていない。もし読者の方の中で、それらしいサイトを見つけた方がいらしたら、ぜひ編集部までご一報いただきたい。

 さて、前置きはこのくらいにして、そろそろ今回の話に入ろうと思う。

 この話をお話してくれた(かこ)()さんは、以前、ある特殊な副業をされていた。これはその仕事を引退する際に体験した事だという。

 今回も、人物名や場所には仮称を用いさせていただくが、記事で紹介するお話は全て実話である。


       〇


「胡散臭い話で恐縮なんですが、実は私、以前呪術師みたいな事をやっていたんです」

 こう語る囲居さんは、その剣呑な肩書とは裏腹の、線が細く腰の低い方だった。

「あ、といっても、誰かを呪い殺すとかじゃないんですよ。ちょっとお腹痛くさせたりとか、数日気分を悪くさせたりとか、その程度です。あ、もう今は出来ないんですけどね。呪詛捨てしましたから」

 呪術師とは、読んで字のごとく呪う術を扱う人だ。囲居さんの呪術は、どうやら呪った対象を不調にさせる術であったらしい。

「……繰り返しになりますけど、人は殺した事ないですよ。私が呪った人で自殺した人とかもいませんから。術を終わらせるまでは監視出来るので、その辺りの匙加減はしっかりやっていました。後味悪いですからね、人死んじゃうと」

 囲居さんはそう言って冷めたコーヒーを啜った。

「どうして、呪術師を始めたか、ですか? ええ、まあ、性根の悪い話なんですけど、昔、好きになった子が私じゃない奴とくっついちゃって。自分勝手な話なんですけど、私はすごい好きだったもんだから、二人で死のうと思って。あ、十代の頃の話ですよ?」

 お話を伺った時、囲居さんはおよそ三十代の終わり頃だった。

「それで、その時彼女に呪詛を仕掛けたんですけど、失敗しちゃって。あとで聞いた話なんですが、彼女、学校を休んで一日悪夢にうなされていたらしいんです。一日経ったら、すっきり起きられたらしいんですけど。私も自分に同じ呪詛をかけたから寝込んでしまって。おまけに……呪詛返し、というのかな。彼女にかけて失敗した分の呪いが自分にも返って来ちゃいましたね」

 そう言って、囲居さんが見せてくれた写真には、囲居さん自身の背中に残った大きな、青黒い痣だった。どことなく、人の顔のようにも見える。

「まあ、それが私の初めての呪術です。失敗してからしばらくはやっていなかったんですが、会社に入った時に、嫌な先輩に目をつけられちゃって、それで、再び呪いをやったんです。今度はうまくいきました。一ヶ月くらいかかりましたけど、その先輩は体調を崩して仕事を辞めました」

 現代の日本で、例えば呪いによる殺人が、犯罪として立証出来ないように、囲居さんの呪術と、女子生徒や先輩社員の不調に因果関係があるかは不明である。

 囲居さんは自身の呪詛によって二人の不調を引き起こしたというが、それらの現象は別の原因があるかもしれないのだ。例えば、学校を休んだ女子生徒は風邪を引いていただけかもしれない。先輩社員が退職したのは、囲居さんの知らない事情によるものかもしれない。

 呪いによって囲居さん自身も寝込んだというが、女子生徒と同じ風邪を引いたのかもしれない。痣だって、呪詛返しが原因かどうかはわからない。

 全ては曖昧で、囲居さん自身の想像でしかないと言える。

「それから……ちょっとずつですね。最初は同僚だったかな。仕返ししたい奴がいるって聞いて、何となくやれそうだなと思って呪ってみたら、またうまくいって。そうこうするうちに他の人の依頼で誰かを呪う事を引き受けるようになって……。気が付いたら呪術師をやっていました」

 単価は安めに設定していたが、実際、いい商売だったという。

 考えてみれば、自分が恨みを持ったり、憎んだりした人間に、嫌がらせ程度の仕返しを代行してくれるのは、頼む側としては都合がいい。囲居さん自身が言った通り、大怪我をさせてしまう事も、ましてや呪殺してしまうという事もないのだから、罪悪感も抱きがたいだろう。こう言っては何だが、依頼が舞い込むのもわかる気がする。

「やればやるほど、呪いをかけるのはうまくなっていきました。自分で言うのも悲しいですけど、これも才能なんですかね。最初の時と違って、自分に被害が及ぶ事もなかったですし……」

 でも、と囲居さんは言う。

「日に日に、何かが溜まっていく感じはしたんですよね。何か……業、というのかな。呪術を使う事で悪いモノが自分の中に溜まっていく。他の誰かを呪う事が当たり前の感覚になっていく。私、人を殺した事はないって言いましたけど、呪殺のやり方自体は知識として調べていたんですよ。それを、いつか実行してしまうような気がして……」

 それで、引退を決意した。

「図書館で調べたか、古本で見たんだったか、どちらか忘れてしまったんですが、自分が抱えてしまった業を捨てたくて見つけたんです。《呪詛捨て海岸》を」



 N市のとある田舎町。

 そこには地元の人間の中でも、限られた者しか入る事を許されない、秘密の海岸があるのだそうだ。

 ――呪詛捨て海岸。

 囲居さんが読んだ本によると、源平合戦の折、海戦で敗れた平氏の武者数名がその海岸に流れ着き、間もなく息絶えた。祟りを恐れた当時の漁村の人々は武者を手厚く葬り、海岸には祠を立てて聖域とした。

 海岸へ行くには、町はずれの洞窟を通らなければならないため、当時よりその入り口はしめ縄によって閉ざされたという。

 だが、時代が下るにつれ、聖域に入り込む不届きな輩が現れるようになり、そういう輩は決まって奇妙な亡くなり方をした。当然のごとく、祀られた平家武者の祟りと恐れられたが、今度はその怨念にあやかろうと、秘密の海岸で呪詛を行う者まで現れた。不思議な事にここで呪詛を行った者には、単に侵入した輩とは違い、バチらしいバチは当たらなかったという。

そして、こうした不信心な者たちによる冒涜的な行いが、いつしか聖域を別の意味合いを持つ場所へと変質させた。

いわく、『人を呪ってしまった気持ちを書いた紙』や『実際に使用した藁人形』などを、海岸にある祠に祀って焚き上げると、神様がその場で呪いを浄化してくれる、というものだ。

ただし、この海岸で呪いを浄化した者は、その後人生でたったの一度も、人を呪ってはいけない。もしその禁を破れば、死よりも恐ろしい呪いがその身に降りかかる――……

休暇を貰い、それまで使用していた呪具をまとめると、囲居さんはN市に旅立った。

引退したい決意に変わりはなかったが、死よりも恐ろしい呪いというものへの興味も、ほんの少しだけあったという。


呪詛捨て海岸のある港町は過疎化が進んでいる。日が暮れる頃着いた町に、出歩く人の姿はない。異様な〝聖域〟を抱えているからなのか、生き物の気配がないかのような静けさだった。

人の目がない以上、憚る事はない。さっさと用事を済ませようと、囲居さんは件の洞窟へと向かった。

本に載っていた通り、しめ縄で入り口を封鎖された洞窟。その奥は真っ暗な闇でとても見通す事は出来ない。

やはり周囲に人はいない。中に入ろうとして、囲居さんはぎょっと身構えた。

 真っ暗闇の中で、何かが動いた気がしたのだ。

 それは気のせいではなかった。洞窟の奥から、人が歩いて来る。二人いる。一人は茶髪で、明るい服を着ている。その人はもう一人に背負われている。黒いとんがり帽に、黒いマントを着たもう一人に。

 魔女が、洞窟から人を背負って出て来た。まるで囲居さんの事など気付かなかったかのように、しめ縄をくぐり、洞窟の外へと出る。

 夕焼けの元に出て、魔女はようやく囲居さんのほうへ顔を向けた。

「……あなたも行くの?」

 静かな、何気ない口調だったが、囲居さんは何故か緊張した。

「ええ……」

「そう」

 じっと魔女の目が囲居さんを見る。

「……まあ、一人で大丈夫だと思うよ」

 それだけ言うと、魔女はさっさと立ち去ってしまった。

 今さらになって不安が胸の裡に立ち込めはじめたが、ぐずぐずしていると夜になってしまう。

 意を決し、囲居さんは洞窟に入った。

 懐中電灯をつけて進むが、闇があまりにも深い。足元を照らして恐々と歩いていく。先が見えない。

 闇の中では感覚がおかしくなっていく。果たしてどれほど歩いたのか。二キロは歩いた気がする。そういえば、本にも洞窟がどれほどの長さかは書いていなかった……。

 ふと、波の音が聞こえた。

 やがて光が見えてきた。どうやら出口らしい。囲居さんは先を急いだ。

 呪詛捨て海岸は拍子抜けするほど普通の海岸だった。周囲は岸壁に囲われていて、出入りするにはやはり洞窟を通るしかないようだ。夕焼けが目に染みる。

 本に書いてあったような祠は見当たらない。代わりといっては何だが、浜辺にぽつんと古びたドラム缶が置いてある。

 ドラム缶には張り紙がしてあった。

『中に入れて燃やしてください』

 何を入れるかは、あえて書いていないのだろう。

 囲居さんは大き目のリュックサックに入れていた、仕事道具の呪具を放り込み、ドラム缶の影にあったサラダ油をひと回り注いで、火を着けたマッチを投入した。

 ぼうっと、藁人形を作るための藁や、釘、これまで呪った人間の写真などが燃え始めた。

 何も起こらない。波の打ち返す音が静かに聞こえてくる。

 こんなものか。

 拍子抜けして、囲居さんは浜辺に座り込んだ。燃え尽きるまでいよう。そんな事を考えた。

 波の音が綺麗だ。

 ――ぼうっとしていたのは一瞬だったと思うが、囲居さんは異変に気が付いた。

 さっきまで夕焼けだったはずの空が、黒々とした雲に覆われている。雨雲よりももっと黒く、暗い。ひどく不吉な……

『うよぎーんーしーやーにーんーはー』

 突然、どこからともなくお経のような声が聞こえてきた。慌てて辺りを見回すが誰もいない。

『かわそーじーぼーいてーやぎーうそーらーはー

 いてーやぎーらーはー

 いてーやぎーいてーやぎー

 つーわーゆーしーつーせーくーそー

 ゆーしーたっみーらーはーやーにーんーはー

 つーせーこー』

 どこかで聞いた事のある音程だ。だが、その言葉の意味が取れず、声は子どものようにも大人のようにも聞こえるせいで、囲居さんは骨まで染み入るような悪寒に襲われた。

『ふーくーうーむー』

『こーげーいーけーむー』

 ――般若心経。

 そう。般若心経だ。般若心経を逆さまに唱えているのだ。そう気付いた時には、黒雲が太陽を覆い隠していた。

 遠くで雷が轟き、海が青く光っている。

「ああ――」

 囲居さんは見た。海面から数メートル離れた空中に横たわった人が浮いているのを。一人ではない。そこにも、あそこにも。男女関係なく、年恰好の関係なく、人が浮かんでいる。

 あれは死体か。呪われて死んでしまった人達なのだろうか。

 自分のような呪術師たちの被害者――

『りなばれなのものじんなくなりぎか、はとえかさとらかちとにくえまたしだ』

 今度は般若心経じゃない。これはキリスト教の主の祈りだ。十字架を反転させるのが神への冒涜であるのと同じく、祈りやお経が反転されている。

 この海岸は呪われているのだ――

「ああ、そんな」

 海の中で青く光っているように見えたのは、人の腕だった。青白い人の腕が今すぐにでも海から出て来ようとしていた。主の祈りと般若心経とトオカミエミタマヘを反転させたものが大合唱で歌われている。

 逃げなければ。囲居さんは震える足で立ち上がった。

 ドラム缶の傍に、人の影が見えた気がした。

 目をやると、浜辺に誰か立っている。何人も。顔が真っ黒だ。焼け焦げたように。

 ゴロゴロゴロゴロドォ―――――ン!

 雷が落ちた。その拍子に囲居さんは叫び声を上げて洞窟へと

走った。

 砂浜を駆けて何人もの人が追いかけてくる。焦げた肉の臭い

がした。呪いの歌声が耳に響く。

 囲居さんは死ぬ思いで走り続けた。しめ縄をくぐって洞窟を

出た時、辺りはすっかり夜だった。



「あれは……たぶん、死んだ呪術師だったんでしょうね」

 遠い目で囲居さんは言った。

「今は、言った通り呪術師はやっていません。外に出るのも正直怖いんです。今も焦げた臭いがするような気がして……」

 そう言った直後、囲居さんはびくっとして自分の背後を見た。

「どうしたんですか?」

 そう聞くと、囲居さんは青白い顔で私を見た。

「……実は、洞窟を出る直前、追いかけてきた一人に触られた気がしたんです。それからずっと、誰かが後ろにいるような……」

 もし何か副業をやるにしても人を呪う事だけはおすすめしない。囲居さんは強張った顔で笑って言った。店を出る時、またもびくりとして後ろを振り返っていたが、そこには誰もいなかった。



                                     了


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