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第5話 任務:ホワイト・ムーンを採ってきなさい!

◇◇


 暗殺者が任務をこなす時、正々堂々と真正面からターゲットに勝負を挑むことはまずない。誰にも知られずにターゲットに近づき、一撃で仕留めるのが普通だ。

 そのため、暗殺者は剣や魔法よりも、身をひそめる能力を高めることに集中する。


 だが俺の場合は違った。


 曲がりなりにも一国の皇子であるのは事実だからな。万が一敵に囲まれても、自力で突破できるだけの戦闘力が必要だった。

 だから魔法と剣術を極限まで鍛えさせれたよ。いずれも超一流の師匠たちからな。


 こう言ってはなんだが、いくら獰猛であろうとも、熊の魔物が1頭では話にならない。


「意外とあっさりだったな」


 『ホワイト・ムーン』を片手に、灰色の毛皮に覆われた巨大な熊の死骸を見ながらつぶやいた。

 ……と、次の瞬間。とあるアイデアが電撃のように俺の脳裏を駆け抜けた。


(うん! これなら一石二鳥……いや、三鳥・・だ!!)


◇◇


 館に戻った俺は早速シャルロットのいる部屋に入った。

 ちょうど美術の授業中だったようで、白いエプロンをして顔に絵の具をつけたシャルロットが怪訝な顔つきで俺を見ている。

 俺は『ホワイト・ムーン』を彼女に差し出した。


「んなっ!? あ、あんたどこでこの花を?」


 穴が空くほど見つめてくるシャルロットに対して、首をかしげて答えた。


「北の山に決まってるだろ」

「だってあそこにはキラー・グリズリーがいるのよ!」

「ああ、おかげで侍女たちの機嫌も直るから助かったよ」

「どういう意味よ?」

「いいから。あとこれ」


 眉をひそめるシャルロットに、俺は一枚の紙きれを差し出した。


「何よ、これ?」

「名簿だよ。侍女たちの名前が書いてある。約束通り、これからはちゃんと名前で呼んでもらうからな」


 あぜんとしている彼女の右手に紙きれを押し込む。

 だが俺の名前はそこには書かれていないはずだよな。

 だったら一応自己紹介をしておくか。


「俺の名はクロードだ」


 俺がニコリと微笑みかけると、シャルロットは困ったように、唇を小刻みに震わせて目を泳がせている。

 ふと彼女のキャンバスに目をやると、窓の外の風景が描かれていた。

 鮮やかな色彩と、繊細なタッチ――絵画のことは全くの素人だが、心を奪われる何かを感じる。


「絵、上手いんだな」


 みるみるうちに頬を真っ赤にしたシャルロットの瞳は、喜んでいるようにも、怒っているようにも、思えてならなかった。


(余計なことを言ってしまったか)


 俺は彼女に背を向けた。

 その直後、甲高い声が響いた。


「クロード!!」


 いきなり名前を呼ばれたことにビックリして、思わず振り返る。


「な、なんだ?」


 シャルロットはバツが悪そうに横を向き、口を尖らせた。


「な、名前で呼んであげたわよ。これで満足したら邪魔だから早く行きなさい!!」


 俺は言われたとおりに足早にその場を立ち去ろうとした。

 だがその前に、すっかり忘れていたことを告げたのだった。


「これからよろしく頼む。シャルロット」


 そう彼女を名前で呼ぶことだ。

 誰だって名前で呼ばれたら嬉しいものだからな。


◇◇


 執事としての初日を終え、自分の部屋に戻った。

 朝までは6時間ある。つまり6時間も寝られるということだ。

 暑苦しい執事用の服を脱いでいると、侍女たちの弾む声が聞こえてきた。


「ああ、美味しかったぁ! キラー・グリズリーのお肉ってあんなに美味しいだなんて、初めて知った!」

「口の中でとろけちゃったもんね! 嫌な事もぜーんぶ吹っ飛んだわ!」

「それにしても誰がキラー・グリズリーを倒したのかしら?」

「さあ……。クロードが山に入った時は死んでたって話よね」

「不思議なこともあるものね」

「まあ、なんだっていいじゃない! 北の山は安全になったし、お肉は美味しかったし、明日から王女様が名前で呼んでくださるみたいだし!」

「そうね! なんだかやる気が出てきちゃった!」

「明日も頑張ろう!!」

「「おーっ!!」」


 うむ。やはり見込み通り、単純な奴らで助かった。

 これで俺の睡眠時間は確保できそうだ。

 それに……。


「こいつも手に入ったしな」


 ――フワッ。


 俺はベッドに横になり、『灰色でフワフワな、熊の毛皮で作られた毛布』を、上からかけた。


(最高だな!)


 こうして俺は、暗殺者だった頃にはありえなかった、安眠の時間を手に入れたのだった。

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