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第34話 生まれ変わった瞬間

◇◇


「マクシム。またあんたの登場か……。まあ、いい。今日もお引き取り願おうか。色々と取り込み中でな。え? こっちには20人の近衛兵がいるって? それがなんだって言うんだ? こっちには俺、クロード・レッドフォックスがいるんだぜ。どんだけヤバイかは、あんたもよく知ってるだろ? だが、あんたたちも手ぶらで帰ったとなれば、あのクソババアの逆鱗に触れちまうのは、世間知らずの俺だって分かるよ。だから土産リゼットをやるよ。今は強烈な毒で眠らせてる。ああ、そうそう。エーテルスミレだよ。ははは。やっぱりあんた飲んだんだな。言っておくが、この申し出を断れば容赦しないぜ。全員の首をはねて、マクシムのおっさんに持たせて帰らせることだって造作ない。そんなことをすれば反逆罪で問われることになる? 俺の知ったことか。シャルロットがこの館から追い出されれば、騎士である俺も館を出なくちゃなんなくなる。そうなれば快適な安眠ライフは消えちまうからな。理不尽な法に従うくらいなら、安眠を取る――俺はそういう男なんだよ。分かったなら、とっとと消え失せやがれ。クソ野郎ども」


 ふぅ……。相手がマクシムで助かったよ。もしあのオールバックの青年だったら、こんなハッタリは通用しないかっただろうからな。

 尻尾巻いて退散していく彼の背中を見送っているうちに、どっと眠気が襲ってくる。

 今日は朝からいろいろあったからな。

 部屋に戻ってひと眠りするとしようか……。

 ん? 何か大事なことを忘れてる気がする。


「あっ……」


 地下牢にいるシャルロットのことをすっかり忘れてた――。


「遅い! 遅い、遅い、おそーーーい!! いつまで私をこんなところにほったらかしにしとけば気がすむのよ! そりゃあね、私だってここはどこよりも安全だって分かってるわよ。でも私の騎士だったら、普通は真っ先に迎えにくるのが常識ってもんでしょう? でもまあ、リゼットがいたから、百歩譲って、百歩譲ってよ。彼女を追い払うまでは侍女に面倒を見させる、というのも分かる。だったらリゼットを倒したら迎えにくるでしょうにぃぃ! それを何? 今度は他の近衛兵の相手をするからって、別の侍女をよこす? 臭くて、寒くて、暗いこの部屋に、王女様を放置しておく? ああ、分かった! あんた焦らすのが趣味なんでしょ! そうやってもったいぶれば、再会した時の感動が強くなる、なんて思ってるんでしょ! ふんっ! その手に乗るもんですか! 私はあんたの言いなりになんか絶対にならないんだから!!」


 やっぱり相当お怒りのようで、牢獄から出てこようとしない。

 どうしたものか、と、メアリーとアンナに目配せしたのだが、かえって事態を悪化させてしまったようだ。


「あー!! そうやって今度は私をのけ者にしようとしてるんでしょ!! もう、いいもん!! 私、一生ここで過ごしてやる!! あんたたちはあっちで美味しいもの食べて、温かい布団で寝ればいいんだわ!!」


 ったく……。世話が焼ける。


「んで、俺はどうしたらいい?」

「早くどっか行って!」


 へそを曲げたシャルロットは、腕を組んで背を向けてしまった。

 俺はメアリーとアンナにもう一度目配せをして「ここは俺に任せて、館に戻ってくれ」と合図を送る。

 二人が立ち去ってからも、重い沈黙がただよう。

 そうしてしばらくたった後、彼女はちらりと振り返って口を尖らせた。


「……こっちにきて」


 言われたとおりに牢獄に足を踏み入れる。

 ヒヤリと背中に冷たいものが走ったのは、暗殺者だった頃に、こういう部屋で寝かされていたことを思い起こしたからだろうか。

 めまいがして、一瞬だけ視界が暗くなったその時――。


 ――ボフッ……。


 シャルロットが抱きついてきた。

 柔らかな感触と、淡いバラの香りが、俺の鈍った感覚を元に戻した。


「ずっとそばにいるって約束でしょ。バカ……」


 か細い声。それに肩が震えている。

 怖かったんだな。

 本心を隠すために、まくしたてるように俺を責め立てたのか。

 そうだよな。逃げ道のない部屋に、無双の剣豪が自分を殺しにきたんだから……。同じ立場だったら俺だってビビってる。


「悪かったな。でも、もう大丈夫だから」


 努めて優しく声をかける。

 シャルロットの抱きつく力が強くなった。


「うあああああああ!!」


 堰を切ったように泣き出した彼女の背中を、俺はそっとなで続けた。

 それから覚悟を決めたよ。

 

 あのクソババアから、意地でもシャルロットを守ってやるってな。

 

 この瞬間、俺は暗殺者という殻を脱ぎ捨てて、本当の意味で騎士に生まれ変わったように思えたんだ――。



【第2章 完】

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