第2話 第二の人生の始まり
◇◇
「やあ。今帰りかい?」
ロッソ噴水広場の隅。人気のない場所で、帽子を目深にかぶった警備兵が一人で歩く少年に声をかけた。
「はい! お使いを終えて、これから教会に帰るところです!」
「そうか。近頃、この辺りは物騒だからね。僕が送ってあげよう」
警備兵の青年がニコリと微笑むと、少年の顔がぱあっとなる。
「ありがとうございます!」
少年は何の疑いもなく、警備兵の後へついていく。
しかしその直後、背後から別の男の声が響いた。
「少年! その男から離れるんだ!」
見れば彼も警備服を着ているではないか。あごの尖った青年だ。
「くっ!」
少年の隣にいた青年は一目散に逃げだした。
「偽物め! 待て!!」
あごの尖った青年が追いかけ始める。
二人は夕暮れの街中を右へ左へと駆けていき、誰もいない空き家の中になだれ込んだ。
「もう逃げられないぞ! 大人しく出てこい!!」
あごの尖った青年が大声をあげながらリビングに入ると、部屋の片隅に、逃げた方の青年がたたずんでいた。
だがとても追い詰められているとは思えないほど、ふてぶてしい笑みを浮かべている。
「逃げられないのは貴様の方だ」
「なに?」
リビングの片隅にいる青年が、目深にかぶっていた帽子をとる。
あらわになった素顔。
それはまさしく――俺、クロード・レッドフォックスだった。
俺は低い声で問いかけた。
「ひとつ聞きたいんだが、貴様は噴水広場で何をしていた?」
あごの尖った青年は、腰にさした長剣を抜きながら答えた。
「私はおまえと違って本物の警備兵だ! 巡回に決まっているだろ!」
「そうか。では、もう一つ聞こう。大広場の張り紙は確認したか?」
「当たり前だ! だから噴水広場を巡回していたんだ! おまえのような犯罪者を捕まえるためにな!!」
「そうか。くくく……」
思わず笑いが漏れてしまった俺に対し、彼は眉間にしわを寄せて叫んだ。
「余計なおしゃべりはここまでだ! 卑劣な誘拐犯を捕まえるのに生死は問わないと命じられている! 覚悟しろ!!」
「あはははははは!! これ以上、笑わせないでくれ! 腹がよじれて死んでしまいそうだから! あはははははは!!」
「なにぃ?」
ひとしきり笑った俺は、目じりの涙をおさえながら、彼に決定的なことを告げたのだった。
「張り紙にはこう書かれていたな。『警備兵は二人一組になって付近を巡回すること』と。なぜ貴様は一人で巡回していたんだ?」
「なっ……」
あきらかに青年の顔色が青くなる。
俺はゆらりゆらりと肩を揺らしながら、彼に向かって一歩また一歩と近づいていく。
「貴様の気持ちはよーく分かる。獲物を横取りはされたくねえよなぁ」
「おい……。いったい何を言っているんだ?」
「もういいんだぜ。くさい芝居をしなくても。すべて吐き出して楽になっちまえよ。俺におしつけるつもりなんだろ? 少年ばかりを襲う変態誘拐犯の罪を……」
「………………」
「少年たちが働いている市場から教会へ帰る時、必ずあの場所を通るんだよな。警備兵なら疑われることもない。ましてや物騒な事件が続いていればなおさらだ。しかしまさか、正義の味方であるはずの警備兵が、極悪非道の悪魔とはな。世も末、とはよく言ったもんだぜ」
俺は彼の目の前に立って両手を広げた。
「どうした? 生死は問わないんだろ? むしろ生きていられちゃ、困るんじゃねえか? だったらやれよ」
目を凍えるように冷たくした青年は乾いた笑みを浮かべた。
「ははっ……。どうせ私にはできないと思っているんだろ? おまえが何者だか知らないが、私を甘く見ない方がいい。なにせこの手で少年たちの柔らかい首をいくつも締めてきたんだから……なっ!」
そう言い終える前に剣を真っすぐに突き刺してくる。
まあ、罪も認めたし、ここまででいいだろ。
――タンッ!
俺は床を軽く蹴り、宙を舞う。
そして驚きのあまりに声を失っている青年の背後に降り立った。
「これ……いただいていくぜ。俺が爆睡するために」
彼の懐に手を突っ込み、身分証の紙切れを抜き取ると、俺は部屋を出た。
「おまえ……いったい何者だ……?」
「聞かない方が身のためだ。あ、あとたった今、日が落ちたようだ。だから忠告しておくが、朝がくるまで一歩も動かない方がいい」
「待て――」
しかし彼は俺の忠告を無視し、一歩足を踏み出した……。
「あーあ。動いちゃった」
この瞬間、昼間のうちにこの部屋に仕込んでおいた罠、その名も『スパイダー・ブレード』が発動した。
『スパイダー・ブレード』は目に見えない無数の刃を、空間に仕掛けることができる魔法だ。夜の間だけ発動するという特殊な条件がある。
「えっ?」
素っ頓狂な声をあげた青年が一瞬のうちにバラバラに刻まれ、部屋が鮮血に染まる。
俺は暗殺者だったが血を見るのは好きじゃない。それにクズを一人片付けたところで、達成感に浸れるほど幸せ者でもない。
そっとドアを閉めて、その場を後にした。
今夜はどこかに泊まって、明日の朝一番でこの国の王女の執事に応募しよう。
いよいよ俺にとっての第二の人生が始まったんだ。