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第8話 天贈の儀1



 その日俺は朝早くから父上や使用人たちに付き添われて天贈の儀が行われる教会へとやってきた。

 幼き頃よりたびたび足を運んだ馴染みのある場所だが、今日は心なしか普段より荘厳な雰囲気を醸し出している。


 教会の入り口の扉を開けて中に入ると、成人を迎えて間もない若者たちが列を作って天贈の儀を受ける順番を待っていた。


 神事であるこの儀式には王侯貴族と平民の区別は一切ない。

 例え侯爵家の嫡男であろうと順番は守らないといけない。


 かつてワガママで有名なとある公爵令嬢が天贈の儀の順番を待つ列に横入りをしたところ、シヴァン神の怒りを買って『近付いた全ての人間の全能力が長時間減少する』という悲惨なスキルを与えられたという。

 その日から家族や取り巻きの令嬢たちも彼女に近付かなくなった。

 後日その令嬢はそれを恥じて自室に引き籠り、以降その公爵家は没落してついには断絶となった。


「ねえ、あなたどんなスキルを貰った?」

「【値切り成功率上昇・中】だってさ。今度から買い物は俺に任せてくれ。そういう君はどうだった?」

「あたし、【豊穣の女神】ってのを貰ったわ」

「お、なんかすごそうだな」

「効果は畑の収穫率5%アップらしいわ。うち農家じゃないのに……」

「……いっそのこと庭で野菜でも栽培してみるか?」


 俺は先に天贈の儀を終えた者達が一喜一憂しながら戻ってくるのを眺めていた。

 民衆にとって天贈の儀とはハズレが入っていないくじ引きのようなものだ。

 授けられたスキルによって少し得意な事が増え、運よくレアスキルを授けられれば一生安定した暮らしが約束される。

 しかしレアなスキルを授けられる人間は全体の0.01%にも満たないと言われている。

 余程夢見がちな少年少女でない限り、彼らにとっては授かるスキルは平凡であることが当たり前だと理解しているので皆気楽なものだ。

 俺なんて今日授けられるスキル次第では侯爵家から勘当される可能性すらあるというのに。


 俺の順番が近付くにつれて緊張で胃がキリキリと痛み出してきた。

 できる事ならこの場から逃げ出したいとすら思う。


 ひとり、またひとりと儀式を終えて帰ってくる人々はまるで俺にとっての破滅へのカウントダウンのように感じられた。


「おはようございますルシフェルトさん。今日はきっと素敵なスキルを授けられますよ。そんな暗い顔をしないで、もっと自信を持って下さい」


 緊張した面持ちで列に並んでいる俺に親しげな笑顔で話しかけてきたのは教会のシスターで俺の幼馴染でもあるフローラだ。

 明るくて献身的な女の子で、多くの神聖魔法を使いこなす彼女はこの教会のアイドル的な存在でもある。


 黒魔法のせいで俺が世間から悪く言われているのは当然フローラも知っているけど、彼女だけはいつも俺の味方でいてくれた。

 神聖魔法の修練に付き合ってもらった事もある。


 今日は教会の人間は猫の手も借りたいほど忙しいはずだけど、わざわざ時間を作って俺の様子を見てくれたんだ。


「シヴァン神はその人間の本質を見極め、最も相応しいスキルを授けてくれるといいます。ルシフェルトさんが人々の為に神聖魔法を覚えようと今までどれだけ努力をしてきたのかシヴァン神はよくご存じですよ」


 昔から彼女の前向きな言葉と笑顔に多くの勇気を貰って来た。

 彼女が応援してくれるのならきっと上手くいく。

 そんな気がしてきた。


「そうか……そうだよね」


 俺が後ろ向きな気持ちでいる限り後ろ向きなスキルしか貰えない。

 もっと前向きな気持ちで挑まなきゃダメだよね。


「ありがとう、気が楽になったよ」


「うふふ、少しでもお役に立てて良かったわ。それじゃあ結果を楽しみにしてますね」


 フローラは手を振りながら仕事に戻っていった。


 彼女の信頼は裏切れない。

 俺は必ず素晴らしいスキルを手に入れてみせると決意を新たにした。


 小一時間ほど待っただろうか。

 ついに俺の順番が回っていた。


「さあ行くぞルシフェルト。神父どの、それでは息子の事を宜しく頼む」


「はい、万事お任せ下さいエバートン侯爵。ささルシフェルトどのはこちらへ」


 俺は神父様に案内されて教会の礼拝堂へ足を進め、シヴァン神の像の前で膝を折り両手を合わせて祈りの姿勢をとった。


「それではルシフェルトどの、これより天贈の儀を行う。日頃の行いや将来の抱負について嘘偽りなくシヴァン神に伝え、天啓を授かるのだ」


「はい」


 まず俺が念じたのは昨日の謝罪だ。


「シヴァン神、俺は昨日うちに飾ってあったあなたの像を破壊してしまいました事をお詫びします」


 あれは故意ではなく事故だが、神に対してそんな言い訳などしたらそれこそどんな罰が与えられるか分かったものではない。

 俺は喉から出かかった言い訳の言葉をそのまま飲み込んで将来の抱負に移る。


「それから将来俺はエバートン家の人間として……今はまだ練習中で満足に使えませんが、神聖魔法をもって多くの人々を救いたいと思います……うっ!?」


 次の瞬間、俺の脳内にこの世の者とは思えない禍々しい思念が入り込んできた。


『……全てを破壊せよ……』


「うっ……なんだこれは!? あ、頭が痛い!」


『全てを……した暁には……お前には……がある……』


 激しい頭痛によって意識が朦朧とし、その声がはっきりと聞き取れない。


「うわああああああああ! 苦しい、神父様、俺はどうすれば……」


 俺は苦痛のあまり叫び声を上げて転げ回り、無意識の内に神父様に助けを求めていた。

 しかし神父様は床でのた打ち回る俺を冷めた目で見下ろしながら言った。


「ルシフェルトどの、その苦痛の大きさが君の業の深さだ。今までの罪を悔い改めて耐え忍びなさい。さすればシヴァン神は許して下さるだろう」


「罪……!? 俺にはそんなものは何も……もしかして昨日シヴァン神の像を破壊した事がそれ程大きな罪だったんですか!? ……ぐあああああああ……」


 徐々に意識が遠くなっていく。



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