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第39話 王国との決別9



 英雄ヘンシェルが魔王とルシフェルトの討伐に出発してから一週間。

 アガントス王国の国王ペルセウスは玉座の上で吉報が届くのを今か今かと待ち続けていた。


 その時、バタンと謁見の間の扉が開き伝令の兵士が入ってきた。


「陛下、ただ今使いの者が……」


「おお、ついにヘンシェルがルシフェルトと魔王を討ち取ったか!?」


 ペルセウスは玉座から立ち上がって伝令の言葉を待つ。

 しかしその回答はペルセウスの望んだものではなかった。


「い、いえ……ヘンシェルではなくエルフの森よりの使者がお目通りを希望しております。お通ししても宜しいでしょうか」


 ペルセウスは目に見えて落胆の表情を浮かべながらゆっくりと玉座に腰を下ろした。


「……そうか、分かった。通せ」


「ははっ!」


 兵士に案内をされて謁見の前に現れたのはバラートと名乗る若々しい姿をしたエルフの男だった。

 その左腕には細長い大きな箱が抱えられている。


 バラートはその箱を床に置くと恭しく跪き挨拶の言葉を述べ、早速本題を切り出した。


「昨今魔族が不穏な動きを見せており、我々エルフ族は魔界に対して警戒を強めております」


「うむ、魔族の動向については余も頭を痛めておる」


「そこで先日魔界の政情を調査する為に調査隊を派遣したところ、このような物が落ちていましてね」


 バラートが床に置かれた箱を開けると、中から白銀に輝くひと振りの剣が現れた。


「そ、それは……!?」


 ペルセウスは絶句した。

 見間違うはずもない。


 アガントス王国の国宝にして英雄ヘンシェルの愛用の剣、聖剣シュトゥルムフォーゲルだ。


「バラートと申したな、その剣はどこで……」


「はい、魔界の入り口にあるノースバウムという魔族の村の付近に落ちておりました。この剣に描かれた紋章は紛れもなくアガントス王国のものでしたのでこうしてお届けに参った次第です」


「そうか……かたじけない」


 ペルセウスは気丈に振る舞ってはいるが、その内心は穏やかではなかった。


 遠征した英雄の剣だけが戻ってくる。

 その意味するところはひとつ。


 英雄ヘンシェルは魔族とそれに加担しているルシフェルトに殺されたのだ。


「心中お察しいたします陛下。我らエルフ族と致しましても度重なる魔族の侵略を腹に据え兼ねていたところです。実は以前魔王に奪い取られた我らの至宝である精呪石を取り返す為に近々魔界への侵攻準備をしております。その際にはどうかご助力を賜りたい」


「我がアガントス王国も英雄ヘンシェルを殺されてこのまま黙っている訳にはいかぬ。森の賢者と言われたエルフたちが共に戦ってくれるというのなら心強い。我々も協力を惜しまぬよ」


「では我らエルフと王国の方々がともに力を合わせて魔界へ攻め入りましょう」


「うむ、共同戦線といこうではないか。後日改めて詳しい打ち合わせをしたい。お主たちエルフの女王シルフィナ殿にも宜しく伝えてくれ」


「はい。それでは本日はこれにて失礼致します」



 バラートはペルセウスに一礼をして謁見の間を後にした。





◇◇◇◇





「ずいぶんと簡単に話がまとまりましたねバラートさん」


 王城の玄関でバラートを待っていたのは他でもないアルゴスだ。


「魔族の侵攻だのヘンシェルの剣を拾っただの、よくもまああれだけ口から出まかせを並べられるものですね」


 ヘンシェルの一向を倒したのはもちろん魔族でもなければルシフェルトでもない。


 エルフたちは呪術によってノースバウムの村人たちを操りヘンシェルたちを襲わせた。

 魔族とはいえ民間人である。

 ヘンシェルたちは村人たちを殺めないように力をセーブして取り押さえようとしたが、その隙を狙われた。

 物陰に隠れていたエルフの呪術師たちが放った呪術によってヘンシェルたち四人の身体は石像と化してしまった。


「ふっ、何を言うアルゴス。全ては貴様の企てた事ではないか。自らの保身の為に無関係な英雄を殺めて母国まで欺くとは。人間とは恐ろしい生き物だな」


「ははは、それはお互いさまでしょう。あなたたちだって裏ではもっとえげつない事を……おっと、僕は何も知りませんよ、そんな怖い顔をしないで下さい」


「ふん、長生きをしたければ貴様も口には気を付ける事だな。ではさらばだ」


「はい道中お気をつけて……」


 アルゴスは苦笑いを浮かべながらバラートを見送った。


「……ふん、森のタヌキめ。僕は知っているぞ。お前たちが自分たちの利を得るためにどれだけ非道な行いをしてきたかを」


 エルフは呪術の力で他者を蹴落として繁栄してきた種族だ。

 そして過去の文献を読み漁る内に彼らが領土を広げる時には必ず精呪石が関わっている事にアルゴスは気付いた。


 奪われた精呪石を取り返す。


 その大義名分を掲げて他国を攻め滅ぼした事は一度や二度ではない。


 そんなに貴重な鉱石がそんなに簡単に何度も他の種族の手に渡るものか。

 恐らくエルフたちが何年も前から魔界を手中に収める為、侵略する口実を作る準備を進めていたのだろう。

 そして今僕の手の中にも精呪石がある。


 それはつまり魔界の後はアガントス王国を侵略する準備をしていたという事を意味する。


 なにが人間とエルフの共同戦線だ。

 僕たちと魔族の共倒れを狙っているのは見え見えだ。


 でもそれが分かっていればこちらにも対処方法がある。


「それまでこの僕がせいぜい利用してあげるよ」



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