第37話 王国との決別7
「そうか。我々は色々と思い違いをしていたようだ。もしかすると今後我々と魔王の間で戦争が始まるかもしれないが、決して貴様たちは巻き込まないと誓おう。その時はどうか静観をしていて欲しい」
「もちろんそのつもりです」
俺はヘンシェルさんの差し出した手を握った。
良く分からないけど俺の領地とアガントス王国の間に不可侵同盟が成立したようだ。
それを見てヘンシェルの仲間たちの緊張も解け気持ちが緩んだのが伝わってきた。
まず戦士のユンカースがまるで往年の友のように親しげに話しかけてきた。
「そっか、じゃあ俺たちはもう敵じゃないって事だな。じゃあさ、あんたたちには色々聞きたい事があるんだが」
「答えられる事ならなんでもどうぞ。あ、俺からも今の王国の様子とか教えてもらいたいです」
ここからは世間話でもするかのようなノリで情報交換が始まった。
もちろん国家機密のような内容もあるので答えられない事もあるが、お互い可能な限りの情報を出し合った。
俺がアガントス王国を追放されてから俺の父であるエバートン侯爵は体調を崩して床に臥せ、弟のアルゴスが次期当主として家中を仕切っているそうだ。
そしてアルゴスは未だに俺の事を破壊の権化、悪魔の化身として周囲に触れまわっているという。
相変わらずだなあいつは。
国王陛下や民衆の俺に対する認識もあの頃と変わっていないが、さすがにアルゴスの言動は常軌を逸しているそうで、逆に一連の事件に裏があったのではないかと怪しむ者も出始めたらしい。
教会のシスターフローラはあれから精神を病んでしまい、教会にも足を運ばず毎日実家の自室で引き籠っているとか。
彼女なりの心の葛藤があったのだろうな。
ヘンシェルたちからは俺やロリエ個人についての質問が多かった。
俺とロリエの関係について聞かれたが、恋人でもなければ夫婦でもない。
友人でもなければ主従でもなく、結局自分たちにも良く分からない関係なので説明が難しかった。
「総括すると、結局ロリエは俺の黒魔力目当てで付き纏ってるだけですね」
「あら、ずいぶんとつれない事を言いますわね。私が心を許した唯一の殿方ですのに」
「胃袋を掴んだ、の間違いじゃないのか?」
「そんな事を言うのでしたらもういいですわ。今夜あんたの黒魔力を絞りつくして差し上げますわ」
「お、お手柔らかに……」
「ははは、本当に貴様たちは仲が良いな」
「夫婦漫才か?」
ヘンシェルたちは俺とロリエのやり取りをニヤニヤと意味深な笑みを浮かべながら眺めていた。
一方でロリエへはその戦闘力についての質問が多かった。
呪術師のデマーグが小首を傾げながら問いかける。
「ロリエには何故私の呪術が効かなかったのだろう。高位の魔族には呪術に対しての耐性があるとでもいうのだろうか」
ロリエは「そんなわけあるはずない」と手をひらひらさせながら答えた。
「簡単な理由ですわ。私は既に呪われているんですもの」
「既に呪われている?」
基本的に呪術には重ね掛けという概念は存在しない
同一の対象に複数の呪いを与えた場合、より高位な呪いのみが有効となり、低位の呪いは掻き消されてしまう。
予め高位の呪いを受ける事で敵の呪術を防ぐ方法もあるくらいだ。
ロリエは既に魔王によって呪いを受けている。
デマーグの呪術が通用するはずがなかった。
「アデプトの馬鹿げた野望のせいで、私は全ての黒魔力を失ってしまったのですわ。まあ呪術による等価交換のお陰でこの力を手に入れましたので不自由はしていませんけど」
ロリエは本当に気にしていないといった風に笑っている。
「呪いによってある日突然何かを失った、か……ん?」
その時俺はロリエに不思議な親近感を覚えた。
俺も黒魔力と【破壊の後の創造】スキルのお陰で王国内で危険視されて侯爵家の後継ぎの立場を失うばかりか国外追放まで言い渡されたんだよな。
……いや、違う。
俺も昔似たような経験をした気がする。
ある日突然自分が得意だった何かを失い、代わりに何かを得た事がある。
微かにそんな記憶がある。
「ルシフェルト、どうかしまして?」
「え? あ、いやちょっと考え事をしていたんだよ」
俺は……何か大切な事を忘れている……気がする。
「さて、ずいぶんと長居をしてしまった。我々は一旦アガントス王国へ帰るよ」
「あ、はい。こちらこそ長々と引き留めてしまってごめんなさい」
「王国へ戻ったら国王陛下には貴様の現状や【破壊の後の創造】スキルについて報告をさせて貰うよ。誤解が解ければきっと国外追放の刑も取り消されるだろう」
「有難うございます。でも俺は当分王国に帰る気はありませんよ」
「ああ、もちろん貴様の帰国を強制するものではない。ではさらばだ。縁があればまた会おう」
俺は名残惜しみながらヘンシェルとその仲間たちが王国への帰路に発つのを見送った。
そしてもう一人、ヘンシェルたちの事を見ている者たちがいた。
小さく薄暗い部屋の中、中央の台の上に置かれた水晶玉にはヘンシェルとその仲間たち四人の姿が映し出されている。
「へっへっへ、どうしやすかアルゴスの旦那。このままヘンシェルが王国に戻ってルシフェルトの冤罪が晴れればいずれ真相が明るみになりますぜ」
「そんな事は勿論分かっているよ。こうなる事は想定内さ。だから次の手を打たせて貰ったよ」




