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第15話 魔族の集落6



 ノースバウムの南には暗黒の地ストライプタイガと呼ばれる大森林がある。

 聳え立つ樹木が日光を遮り、昼間でも暗闇に包まれているからだ。


 その中央にはおぞましい造形をした漆黒の城が高く(そび)え立っている。

 その名をモリックス城といった。


 城の最上階にある暗黒の間の玉座に座っているミノタウロス族の獣人が魔界の北部一帯を支配している魔将軍モロクである。


 魔王軍屈指の叩き上げの武将であり、黒魔法の使い手としても名を馳せていたこの男だったが、数々の武功により魔界の北部を領地として与えられてから彼を取り巻く環境は一変した。

 椅子に座って命令を発するだけで配下の者たちが自分の代わりに動いてくれるのである。

 戦時に於いても自らが戦場に赴く事はなくなり、戦うのは配下の将兵ばかり。

 いつしか彼は怠惰な生活に慣れてしまい、実戦の中で鍛え抜かれていた自慢の筋肉も今となっては見る影もない程ブクブクと太った脂肪の塊へと変貌していた。


「おい、コモドはいるか!」


 モロクは不機嫌そうに側近のリザードマンを呼びつけた。


「はっ、ここに」


「コモドよ、トリスタンはまだ戻らないのか!」


「それがノースバウムへ今月分の税の徴収に向かったところまでは分かっていますが、その後の足取りが一切掴めません。まるで人間界で聞く神隠しとやらにでも遭ったように……」


「あんな田舎村の税の取り立てすらまともにできんとはな……コモドよ、お前はどう思う?」


「ノースバウムの村は特産物である薬草以外には大した生産能力もありません。大方今月の納税分を確保する事ができず、苦し紛れに策でも弄してトリスタンたちを殺害し、我らの手が届かないどこか遠くの場所へ逃亡するつもりでしょう」


「ふん、あんな役立たずの生死などどうでもいいが、このモロク様が定めた税を支払わないのは許しがたい大罪であるな。丁度良い、暇を持て余していたところだ。久々に私自らが()()()をして見せしめとすれば、今後このような愚かな真似をする奴らは現れまい」


「はっ、仰せの通りに御座います」


「急ぎ兵を集めろ! どこへ逃げようとも関係ない、地獄の果てまでも追いかけて狩りつくしてやる」


 モロクは即座に千人からの兵士を集め、ノースバウムへの進軍を開始した。

 モロクの兵士たちは全てトカゲ、ヘビ、ワニなどの爬虫類に似た獣人族で構成されている。


 彼らの全身を覆う鱗は並の武器では歯が立たない程堅く、兵士ひとりひとりがアガントス王国の重装歩兵にも匹敵する程の強さ持っている。


 その中でも特にノッコーという名の亀の獣人は並外れた強度の甲羅を持っている。

 かつてモロクに従わなかったとある村を襲撃した際に抵抗する村人たちが放った矢の雨をその背中の甲羅で全て跳ね返し、無傷のまま多くの村人を噛み殺した事を自慢していた。


 モリックス城からノースバウムへは大森林の先にある湿地帯を抜け、更に深い獣道を進んでようやく辿り着く。


 道中モロクは部下たちが担いでいる輿の中で寛いでいるが、配下の者たちにとっては過酷な道程だ。

 側近であるコモドも思わずモロクに聞こえないように不満を漏らす。


「ふう、あのような辺境の村までわざわざ僅かな税を取り立てに行くのは割が合わないだろうな。これではトリスタンの奴が不満を募らせて任務を放り投げたという可能性も視野に入れなければいかんな」


 しかし仮にもモロクの側近という立場の自分が任務を放棄するわけにはいかない。

 同じように士気の上がらない部下たちを叱咤激励しながら長い道のりを進む。


「カァ、カァ、カァ!」


 その時、彼らの頭上からカラスの声がやかましく鳴り響いた。


「何事だ、騒々しい」


 モロクは輿から顔を出してコモドに問い質す。


「はっ、我々の頭上で一羽のカラスが鳴き続けているのです」


「なんだそれは縁起でもない。おい、誰かあのカラスを射落とせ」


「モロク様。ではこのアサリーにお任せ下さい」


 弓部隊の隊長であるワニの獣人アサリーは手にした弓に矢を番えてカラスに照準を合わせた。


「フンッ!」


 放たれた矢は一直線にカラスを射抜き、その屍が真っ逆さまに落ちてきた。


「うむ。見事な腕前だ。褒めてつかわす」


「ははっ、有り難き幸せ」


 モロクたちは気を取り直してノースバウムへの道を急ぐ。

 彼らがしばらく歩いた頃、今度は前方の茂みがガサガサと音を立てた。


「なんだ? 獣か?」


 人間よりも強い肉体を持っている獣人魔族といえども、熊などの大型の獣に襲われる事がある。

 コモドたちは警戒して身構えていると、茂みの中から何かが飛び出してきた。


「クーン、クーン……」


 それは人懐っこい中型の犬だった。

 愛くるしく尻尾を振りながらコモドたちに飛びついてくる。


「ワンワン!」

「クーン……」


 よく見るとそこら中に野良犬が(たむろ)している。

 それを見て兵士たちは皆拍子抜けしたように苦笑をする。


「まったく驚かせやがって。だが悪いなワンちゃんたち、今はお前と遊んでいる暇はないのだ」


「モロク様お待ち下さい。俺たちモリックス城から飲まず食わずでここまで来ました。そろそろ一休みをしませんか?」


「言われてみれば私もそろそろ小腹がすいてきたところだ。丁度ここに肉があることだし、ここらで休憩して食事としよう」


「さすがモロク様、話が分かる!」


 兵士たちは集まってきた野良犬を無慈悲にも切り刻んで焚火にくべ、あっという間にその胃袋を満たしてしまった。


「久しぶりの村狩りだ。どっちが多く狩れるか賭けようぜ」

「と言っても三十人程の小さな集落だろ? 一人でも狩れれば勝ち確定じゃね?」

「そりゃ早い者勝ちだからな」


 ノースバウムはこの場所から目と鼻の先だ。

 村に近付くについて徐々に兵士たちのテンションも上がってきた。


 こうしてモロクたちがノースバウムの村に辿り着いたのはモリックス城を出発した半日後、既に日も暮れ始めた頃だ。


「むう、これはいったいどういう事だ?」


 モロクたちは村の様子を見て驚愕した。

 彼らが把握しているノースバウム村は人口三十名ほどの小さな集落のはずだ。


 だが眼前に見えるのノースバウム村は、規模こそ小さいものの強固な壁に囲まれてまるで砦のようだ。


 城壁の上には全身を鋼鉄の鎧でガチガチに固め完全武装した村人の姿が見える。


「てっきり全員村から逃げだしたものだと思っていたが、この砦で我らを迎え撃つつもりなのか。生意気な」


「モロク様、あちらをご覧下さい!」


「うん? これは……」


 村の入り口にある巨大な門の前に打ち捨てられていたのはトリスタンの得物であった巨大なハンマーだ。

 コモドはそれを拾い上げ、トリスタンたちがこの村で殺された事を確信する。


「モロク様、これでトリスタンたちが戻ってこなかった理由が分かりましたね」


「トリスタンを殺せた事で我らにも対抗できると考えたか。我らも舐められたものだな。ええい腹立たしい、こんな小さな砦さっさと落としてしまえ!」


「おお!」


 モロクの命令で兵士たちは一斉に村への攻撃を開始した。


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