でっかい生き物を拾った!
別に死んでしまって構わないと思ってた。
こんな世界に希望は無いし、やりたいことも無い。
ただ、本当に死んでしまう直前っていうのは、案外何も考えられないんだな、と俺は感じていた。
目の前に迫るトラック。
無理だ。
そう考えている間に、ヒドい衝撃が身体を襲った。
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「またおまじないしてるのか?健ちゃん?」
「おまじないじゃない。占いだよ」
俺はからかってきた栗本優のことは視野にも入れずに、出てきたカードを見ている。
今出ているカードは、塔のカード。トラブルに注意。一緒に出たソードの4は逆位置。不測の休息を強いられる…と。
「女じゃねぇんだからさ、そんなカードでおまじないしてるから体育の時にぶっ倒れるんだぞ」
優の隣にいた奴らとケタケタ笑っている。
そんな風に群れて人のことからかっている方がよっぽど女々しいよ。口が裂けても言えないけど。
「栗本、こんなやつと話してると呪われるぞ」
「いっけね。そうだった」
優は俺の頭をカバンで叩くとそのまま帰っていった。清々する。
教室には俺が1人だった。こんなことなら早く帰ればいいんだろうけど、この学校よりも家の方が俺の居場所は無い。
いや、違うな。
この世のどこにも俺の居場所なんてないんだ。
そのことはとっくにわかっている。俺には生きている理由なんて、無い。
かといって自殺って苦しそうじゃん?飛び降りてもし救急車が来ちゃって助かったりでもして。半身不随とかで生きていかなくなったらむしろ面倒。
今のこの状況より生きにくくなる可能性があるなら、今のままダラダラ生きている方がまだマシ。
そう、まだ、マシ。
俺にとって、人生なんてそのレベルでしかない。
「鈴原くん、まだ残ってたの?下校時間とっくに過ぎているよ?」
見回りにきた赤羽先生が俺に声をかける。
「すみません、すぐに帰ります」
「毎日残っているけど…先生でよければ話聞くよ?」
「すみません、なんでも無いですから」
急いでカードをまとめてカバンに突っ込んで走る。背中に先生の声が刺さるけど、これ以上話していたくない。聞かれたくない。俺の気持ちなんて。
街灯が灯り始めた頃、俺は交差点で信号が変わるのを待っていた。
今日も家に帰らないといけない。居場所のない、あの家に。
母さんがあの人とよく居るようになってから半年くらいだろうか。
女手ひとつで一所懸命働いて俺を育ててくれた。父さんの顔は、知らない。
母さんは俺が小さい頃に死んだって言っていたけど、多分出てったんだろう。だって、父さんの写真が1枚もないから。
もし死んだんだとしたら、仏壇に1枚くらい用意しておくでしょ。その仏壇もウチにはないけど。
うちは、俺の部屋もない、いまだに母さんと一緒の部屋で寝ている。
そんな狭い部屋であの人が居座るようになったから、ますます俺の居場所がなくなった。
それだけならまだいい。
酒を飲む、タバコを吸う、金を取る、殴る。
野球ならチェンジにお釣りが付いてくるダメっぷり。そんな人に母さんはなぜか甘えていた。
…嫌なことを思い出してしまった。
なんとなくいるのが嫌になって遅く帰り続けた、そんな後。
たまたま早く帰った日、扉の外まで聞こえたあの声。
聞き慣れた、聞きたくなかった「女」の声。
その日から家に俺のいていい場所が無くなった気がした。
嫌なことを思い出しながら、ぼんやりと信号を見ていると急に俺の胸ぐらが引っ張られた。
なにも見えないのに、カーディガンが前に伸びている。
ぼんやりしていた、そんなこと関係なく無理矢理に交差点に引っ張り出された。
目の前に迫るトラック。
俺は、呆気なく死んだ。
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死んだ、はずだった。
だけど、生きていた。
生きていたはずだけど、なんだかおかしい。
まず、周りに誰1人人がいない。
俺にぶつかるはずだったトラックもない、
自分の身体に触れる。感触は、ある。どこも怪我をしていない。服も破れていない。
周囲を見回すと、嫌に暗い。街灯はおろか、周囲のビルも光が灯っていない。
変な汗が出てくる。地面を見ると、アスファルトが所々禿げて土が剥き出しになっている。
俺はスマホを見ると、電池切れになっている。
時間がわからない。暗いから夜なのは間違いないだろう。
カバンを見る。カバンはあるし、中身も変わっていない。
不安になりながら立ち上がる。場所はさっきまで立っていた…胸を引っ張られて尻餅をついた場所と同じようだ。
でも、電気が全くない。車も走っていないし、電車の音も聞こえない。
まるで、光がない。ギリギリ沈みきっていない太陽の光だけが頼りだ。
正直、動きたくない。でも、このままだと真っ暗になってしまう。それまでにどこかにいかないと。
…どこへ?
誰もいなくて、なにもわからないのに?
急に、心細くなった。
だって、コンビニすら電気が付いていないなんて訳がわからない。
その中に入る。台風でもあったんじゃないかって思うような荒れ方をしている。嗅いだことのないヒドい匂いが中に充満していた。
「なんだよ、これ…」
グシャグシャになったコンビニの中でライターを拾い、火が着くのか確認する。
大丈夫、なんとか燃える。
食べ物を探したが、全滅だった。全部腐っている。臭いの原因は、これか。
簡単に火を着けて爆発しなかったことに安心する。メタンガス…だっけ?腐ったら出るやつ。
どうやら、爆発はしないようなので、近くにあったもので灯りを作ろうとする。
ライターをずっと持っていたら熱いし、このライターのガスがなくならないとも限らない。
結果、放置されたトイレットペーパーに油を染み込ませてずっと燃えるようにした。
燃え広がらないように、物を遠ざけて、ブロックを拾ってきて、そのひとつの穴で燃やした。
これで、とりあえず火は消えない。
灯りを確保したはいいけど、この後なにをしたらいいのか全くわかっていない。
幸い食料の確保はすぐに済んだ。缶詰が転がっていて、そのひとつを開けてみたら中身が無事だったからだ。そのほかの食べ物は食い荒らされていたり、腐っていたり…とても見れたものじゃない。
ツナ缶を開けて、そのまま食べる。味がないが調味料は何ひとつ使えなかった。
今はお腹を満たそうと考えていた。すでに日は落ちてしまい、外は真っ暗。1m先すら見えない。
ぼんやりと光る炎に油を足し続ける。あまり多くかけて消えてしまっても怖い。
幸いトイレットペーパーをロウソクがわりにしたのは正解のようで、油を染み込ませた紙を入れるだけで驚くほど長く燃えた。
光が有っても、不安は消えなかった。
たまたま火を着けたところの上を見たら、スプリンクラーがあった。
スプリンクラーの真下で火を起こしても、作動しなかったということ。つまり壊れているのだ。
いきなり暗くなってから、誰1人として人と会っていないのも不安の一因だった。
そもそも24時間営業のはずのコンビニがここまで荒れているなんて普通じゃない。
ショーケースを開けてみた時に全く冷たくなかったことを考えると、ここも電気は通っていないのだろう。
スマホの充電もできない。
せめて、誰かと連絡を取りたい。そうすれば何かわかることがあるかもしれない。
人間くらいと出来ることもないせいか眠くなる。
それでもこの場所で寝れるほど、俺は危機感がないヤツじゃなかったみたいだ。
何か物音がするたびに心臓が止まるんじゃないかと思うくらいに大きく跳ねる。
その音は風の音だから大丈夫だったけど、それでも見えないところからする音は恐怖でしかない。
眠ることを諦めて、俺はツナ缶ロウソクを作り始める。
ツナ缶は油が多い。そこに紙の芯を入れると燃え続けてくれる。昔TVでみた気がする。店にあったツナ缶に紙を差し込んでいく。
火が消えたら食べてしまえばいい。
携帯食料兼懐中電灯を作っていると、建物の外から大きな音がした。
今までの音とは違う雰囲気に俺は急いでブロックを倒して火を消す。あたりが急に真っ暗になる。
息を殺す。這って奥へ。
外は相変わらず真っ暗、月も出ていない。少なくとも、俺の視界から月が見えることはない。
その時、入口を何かが埋め尽くした。フゴフゴと何か蠢く音。しかし、入口でつっかえている。
コンビニの破れた自動ドア、そのサイズでつかえるサイズのものが、ここを探っている。
俺は自分の口を押さえた。そうしないと震えて歯が鳴ってしまいそうだったから。
音を出した瞬間に何をされるのかわからない。
そもそも、何がここに居るのかもわからない。
(帰れ帰れ帰れ帰れ)
俺は必死に念じると次第と気配は下がっていく。祈りが通じたと信じたい。
その後何が起こるかわからない状況で、一睡もすることが出来なかった。
夜というものがこんなに長いとは思わなかった。
ゲームをしていたら一瞬の夜が、永遠に感じられた。
結局、昨日は何が居たのかわからない。
暗かったし、ましてこっちが見えているなら、あっちも見えているわけだから。
朝日が部屋を照らし始めて、外の確認をするために入口に向かうと、そこには昨日までなかったものがあった。
そこに置かれていたもの。モノ?は目を疑うレベルのものだった。
ピンクの丸いもの、というか丸まっているもの。
大きさは大きめのビーズクッションといったところだろうか。
ただ、それは明らかにものではなく…生き物だった。
ピンク色の身体に尻尾。ぬるっとした表面に濃いピンクのエラ。身体で見えないだろうが、おそらく手足がある。
なんで手足があると思ったかというと、そのフォルムがウーパールーパーにしか見えなかったからだ。
(なんでこんなところに…?)
ウーパールーパーである。しかもやたら大きい。伸ばしたら1mは越えるだろう。
俺が知っているウーパールーパーは大きくても15センチくらいで水槽の中にいて…あ、動いた。
もぞもぞと寝返りを打つように動き始めたヤツは、手を出すと大きく伸びをした。
両生類が、伸びって!
しかも、目を擦り妙に人間臭い動きをして、薄ぼんやりを開いた目で周囲を見回す。
目が合った。3秒くらいお互いフリーズ。
どうしたらいいのかわからなかった俺を見ながらブワッと涙を流す。
俺を認識したウーパールーパーは二足歩行で泣きながら抱きついてきて頭を擦り付けている。
どう考えても敵意のない行動に俺は毒気を抜かれて肩を落としてしまう。
「なんで泣いてんだよ、お前…あれ?」
気が付いたらウーパールーパーの頭に雫が落ちている。
俺の、涙だった。
そこで初めて自分が限界を迎えていたことに気付く。
たった一晩かも知れない。もともと居場所なんてなかったかも知れない。
それでも俺はちゃんと生きていた。
今も、生きている。
コイツがなんで俺の胸の中で泣いているのかはわからない。
でも、俺と会えてこんなにも感動してくれていることだけで、救われた気がした。
「ありがとうな、お前名前は…?」
自分の涙を拭きながら、話しかける。反応がない。
ゆっくりと引き剥がしてみると、目を閉じて眠ってしまっている。
本来ウーパールーパーにないまぶたを閉じて、寝息を立てて。
安心し切った顔で。
「なんで、コイツの表情読めるんだよ」
そんな自分がおかしくて笑ってしまう。
でも、コイツが寝ている間は動かないようにしよう。せっかくこんなに安心して眠っているコイツを起こしたら悪いから。
その想いは、30分後脚の痺れで後悔と変わった。
いい加減起きろよな!!
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かつてコンクリートジャングルと呼ばれていた光景なんて今は昔。
メンテナンスがなければ容易に崩れていく。
特にこの辺りの崩壊はひどい。特別侵攻のひどかった地域だったわけではないのに。
「呆れちゃう。こんなに簡単に変わるもの?」
女が独り言を呟くと、狐が足元を通る。
「…ついに生まれた?待ってた甲斐有った!」
狐は方向を指し示すように尻尾を立てる。複数に枝分かれした尻尾。その尻尾の数は見るたびに本数を変えている。
「遠いなぁ… こっちは把握できるけど、あっちはまだ無理だろうね。うっわ。周囲最悪じゃん」
頭を掻きながら首を振る。あまりに遠すぎる。今から行ってどうにかなる問題じゃないことを理解していた。
「私と会うまであの子に頑張ってもらいますかぁ」
女は後ろから襲ってきた獣を見る。
その獣は光の束に導かれるように消えていく。
「もう、変なのと契約したらダメだよ。ルシファーの元におかえり」
消えた場所に祈りを捧げると女は歩き出す。
未熟な守護のことを信じて。
続