Sweet Sunday / Spicy Valentine
「今度の日曜、バレンタインじゃん? 貰うなら、チョコかカレー。どっちがいい?」
「んー……別に、どっちでもいい」
「あーそう」
築35年の小さなマンションで、マリナと同棲を始め9ヶ月。初めて彼女との会話がなくなった。
お前の負担にならなきゃいいよって意味だったし、貰えるなら何でも嬉しかったから、軽く答えたつもりだった。
それから数日後の2月14日夕方。眠りこけていた俺は、甘い匂いで目を覚ました。
視線の先にあるキッチンには、料理をするマリナの姿が見える。俺が起き上がると、こちらを見ずに彼女は言った。
「ご飯、できたよ」
「おう……」
久々の会話に戸惑いつつ、俺はキッチンにあるテーブルにつく。
どうやら彼女はチョコでも作っているようだ。
「今日はあなたの好きなカレーにしたから」
「カレー? なんか、すっげー甘い匂いすんだけど」
「うん。この前きいたとき『どっちでもいい』っていってたから――」
彼女は鍋の中身をレードルで掬い、白い器にかけると、俺の目の前に置いた。
成程、カレー……じゃないぞ、なんだこれ……!
一見、黒茶色の欧風カレーが、湯気を立てているように見える。
しかし、カレーはこんなに甘い匂いなどしない。
よく見ると米は、炊いてあるのではない。駄菓子屋で売ってる、ポン菓子だ!
「ほら、冷めちゃうよ。早く食べなよ。君、好きでしょ? カレー」
目が笑ってない。
俺は深呼吸して、ポン菓子とカレーを口に運ぶ。
やはりカレーじゃない。ホットチョコだ。しかもかなり苦みがきいたチョコ。頭が味覚に追いつかない。
吐き出そうにも、彼女の据わった目におびえた俺は、口に広がる甘味を一気に飲み込んだ。
ふっと彼女の口角があがる。
「おかわりはあるよ。残さず食べてね」
というところで、俺は目を覚ました。
良かった、夢だ。俺は胸をなでおろし、鼻と胃を擽るカレーの匂いに安堵した。
キッチンからマリナは、俺の方を見ずに言った。
「起きたの? 待っててね。今、チョコ作ってるから」
それでは、よいバレンタインデーをお過ごし下さい