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海友パンフ君

「――あっ! あれ、パンフ君や!」


 アザラシは海獣(かいじゅう)だ。タキシードは海獣とはあまり仲が良くない。というか、タキシード自身がなるべく交流を持たないようにしていた。


 理由はバミューダ海の海獣達が狩猟対象だからだ。


 街中の犬や猫、ハトなんかを()って食う人間は滅多にいないが、アザラシやアシカを狙う漁師はいるし、お店でも普通に出てくる食材だ。もし、うっかり知り合いの肉を食べてしまったのなら、タキシードは間違いなく熱を出して数日寝込むだろう。それゆえに海獣に限らず、彼は街の外の野生動物たちとも、不必要に馴れ合わないよう自分自身に強く言い聞かせていた。


 アザラシのパンフ君はその中でも例外だった。彼が子供の頃に野鳥に虐められているところを、空を飛んで遊んでいたタキシードがうっかり助けた縁があり、それ以来仲良く付き合っていた。


 なお、魚は無理だ。何度か意思疎通を(はか)ってみたことがあるが、タキシードのメッセンジャーマスタリーをもってしても、心が通じたためしがなかった。


「パンフ君?」


「数少ないワシの海友(うみとも)やねん。おーい、パンフくーん」


 エイジャの疑問に答えたタキシード。彼はバサバサ翼をはためかせて空を(かけ)た。



 上空を旋回してから、パンフくんの丸くて滑らかな背中に狙いを定め、滑空しながらスーッと降下。軟着陸の上、ピタリと背中にドッキング。すると――。


 ガアアアァ!


 原始楽器のギロを力いっぱい引いたような、ガリガリした吠え声を上げたパンフ君。真ん丸くて愛らしい見た目からは想像もつかない、(かど)だらけの凶暴な声音だった。


「パンフ君おひさ。こんなとこにおったら漁師に狙われて危ないで。ところでちょっと自分、今暇? 聞きたいことあんねんけど」


 パンフ君はガフガフ、フシューと鋭い牙を覗かせて、腹に響く太い息で答えた――アザラシって海豹(アザラシ)って言うくらいで、口とか息づかいとか、結構肉食な感じなんだよな……。


 その近くにはパンフ君を始め、数匹のアザラシが(ひなた)ぼっこしていた。タキシードはパンフ君の涙滴(るいてき)型の身体の上に乗ってスフィンクス座りし、雑談混じりにアンバーグリスのことを聞いた。


 残念ながらパンフ君達はアンバーグリスのことは知らなかった。その代わりに、気になる話を教えてくれた。


「兄ぃ、どう? 何か分かった?」


 砂浜を散歩するような足取りで、エイジャ達もタキシードに追いついてきた。


「いんや、パンフ君は見たことないって。ただな、最近、南北街道(南バミューダと北バミューダを結ぶ太い街道)の海岸線で海獣達の騒ぎが起こってるんやって。そんで危ないからパンフ君達がここに避難してるらしいわ」


「――それじゃあ、そこじゃないッスか? アンバーグリス」


 と、あっけらかんとイノライダーが言った。


「ほほぉ……それまた、どして?」


 コトリと首をかしげたタキシード。エイジャも同様だ。


「アンバーグリスは独特な匂いがするッスけど、それはある種の海洋生物を惹きつける匂いなんスよ。それから、魚を引き付ける効果も少しあるっぽいッスね。だから漁師さん達のお守りになってるっていう説もあるらしいッス」


「そんなら、海獣にとってのキャットニップみたいなもんか」


「そう」と頷いてから、イノライダーがピッと指を立てて続ける。


「あとは人間にも効果のある薬を調合できるッス。……ズバリ、上手く調香(ちょうこう)すると発情誘引剤、いわゆる媚薬(びやく)になるッス」


「んえぇ? そうなん?」


 タキシードが口を開けてイノライダーを見上げた。パンフ君にも伝搬したのか、彼もあんぐりして見上げていた。エイジャまでもが、好奇心いっぱいの猫目でイノライダーを凝視していた。


「そうなんスよ。嗅ぐだけで効果があるんでお手軽。そして確かな効き目。その手の倦怠期(けんたいき)のお金持ちに人気なフレグランスっすね……あっ、用法用量を間違って使うと、いい感じにキマッて腹上死するから注意が必要ッス」


「――なんか、色々な方向に犯罪臭がすんねんけど」


 ジト目になってイノライダーを見上げたタキシードとパンフ君。イノライダーはへらへらと笑い返した。


「アンバーグリスをふんだんに使っても、ちょびっとしか作れない高価な香油になるッス。本当のお金持ちしか手に入れられないもので、それにレシピもほとんど知られてないから問題ねーッスよ。バミューダで作れるとしたら自分くらいッスね」


「それっておまえ――」


「自分、エリートっすから」


 タキシードの続く言葉を遮ったイノライダー。


 タキシードは、先年の殺人事件騒ぎの一件を思い出していた。


 男が色区(いろく)で不審死した事件なのだが、結局それは腹上死だったという結論になった。その事件、イノライダーが珍しく張り切って走り回っていたのをよく覚えている。当時は数少ない殺人課の見せ場にハッスルしているのかと思っていたのだが……。


 ――あれは証拠隠滅のために奔走(ほんそう)していたのかも知れない。


 ゴクリ、生唾を飲み込んだ探偵タキシード、確信の推理だ。


 どこかのタイミングで一度、イノライダーの自宅を潜入調査した方がいいだろうか。タキシードはそんな使命感に心を掴まれた。


 凝然(ぎょうぜん)とイノライダーを見つめるタキシードの背中を、エイジャが撫でた。


「それじゃあ、急いで南北街道の方に行ってみよっか。……イノライダーさん、ところでその媚薬って猫にも効くんですか?」


「へへっ……よくぞ聞いてくれました。ッス。それがね、エイジャちゃん――」


 タキシードはパンフ君にお礼を言い、得意げに話し始めたイノライダーを連れて、騒ぎが起こっているという南北街道に向けて道を引き返した。



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