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バミューダの海辺

 クルクルと、イカが回っている。


 イカ干し機――イカを円形の枠に洗濯物のように吊し、それを風の力でクルクルと回して一度に大量のイカを干す夢の機械だ。その(さま)は、まるで無数のイカがジャイアントスイングで振り回されているみたいだった。海風に吹かれてクルクル、クルクル。


 当然、イカは漁師さん達の物だ。勝手に取ったら怒られる。


 ところが、たまに固定が緩くて遠心力に耐えられず、遠くに飛ばされるイカも中には出てくる。それは漁師さんの手落ちだ。どうせ落ちたイカは売り物にならなくなるので、漁師さん達もつべこべ言わない。


 こういった流れで、イカ干し機の周囲では、おこぼれのイカを狙う獣たちの争いが発生しやすい。


 そして今、ここにも落ちたイカを巡って唸り声を上げて綱引きをする猫が二匹。


 バミューダ海の波打ち際。さざなみの音とウミネコのニャーニャーという声を背景に、黒猫と灰猫が一匹のイカを咥えて必死の形相で砂浜で踏ん張っていた。


「うぇるふ、はれ、かねほひやほが(ウェルシュ、ワレ、金持ちやろが)!」


 にゃごにゃご(離せタキシード、ここはてめぇのシマじゃねぇ。と言っているようにタキシードには聞こえる)


「ほのいははわひははひにひふへはほんは! はひははほんほるはいひゅーひはひふいへひへいひひははいひゃふはへ(このイカはワシが先に見つけたもんや、ワシが咥えて運んどる最中に噛みついてきて横取りとは意地汚い奴やで)!」


 ゔゔうううぅぅ……!(やかましいわ、お前こそ普段人間ぶってるくせに、こんなときだけ猫面とは、とんだ二枚舌じゃねぇか! といっているようにタキシードには聞こえる)


 タキシードの肉球がウェルシュの額をポスンと叩いた。タキシードはそのまま力を込めてウェルシュを引き剥がしにかかったが、そうやって片脚をあげたタキシードの隙をウェルシュが突いた。目一杯砂を蹴ってタキシードごとイカを引きずり始めるウェルシュ。それでもタキシードはイカを離さなかった。


 ――大事な昼飯、奪われてなるものか!


 お互いに眉間に皺を寄せて唸り合う猫が二匹。そんなリアル・キャットファイトを眺めながら、エイジャとイノライダーは雑談を交わしていた。その隣にはレストレイドがお座りし、冷めた目で猫二匹を見つめている。


 イノライダーはアンバーグリスを持っていなかった。ただ、昔使っていた事があるらしく、レストレイドはその匂いを覚えているようだった。曰く、しばらくはイノライダーの部屋が臭くてかなわなかったそうだ。


 レストレイドだけ借りたかったのだが、面白そうだという理由で結局イノライダーもついてきた――これでいいのか、警察。


「――もういいじゃん、兄ぃ。どうせイカ丸々食べたら腰抜けるんだから、ウェルシュと分ければいいのに。私は、兄ぃが腰抜けたらかわ……面白いからそれでもいいけど」


「えいひゃ、ほへはほはやへんふほほんはいはへん(エイジャ、これはもはや面子の問題やねん)!」


 溜息をつくエイジャに振り返る余裕もない。タキシードは眉間の皺を深くした。ウェルシュの背後に猫が二匹現れたのだ。極牙会の構成員だ。


「ひひょうはへ、うぇるふ(ひ、卑怯やで、ウェルシュ)!」


 タキシードも翼を広げて身体を大きく見せ、一人で対抗した。


「――それにしても、この広い海岸線全部探すんスかぁ? これは今日中には終わらないッスねぇ……そうしたら、エイジャちゃん。一緒に色区なんてどうッスか? へへっ……明日も続く捜索に向けて親睦を深めるっつー……」


 (たくら)んだ笑顔を浮かべたイノライダーに、エイジャが意外そうな顔をする。


「えっ、イノライダーさんが奢ってくれるんですか?」


「ぅえっ! ……いや、その、お酒! 色区で主にお酒でもどうかなーって……」


「うーん、お酒は兄ぃが飲めないし、私もお腹いっぱいにならないんですよねぇ……」


 両手でお腹を抑えるエイジャ。ほっと吐息をついたイノライダー。


 それなりに付き合いの長いイノライダーだ。エイジャが実は大食いなことを、彼女はよく知っている。


「――さっ、早くお仕事完了してお金もらわないと! ……レストレイド、ゴー!」


 エイジャがそう言ってレストレイドの背中をポンポンと叩くと、茶色い大型犬が争うタキシード達に向かって駆け出した。


 大型犬の突進だ。その勢いに押されたその場の猫全員が硬直した。


 ガウッ!


 更にレストレイドが攻撃的に吠え立てると、びっくりした猫二匹は「ひっ……」と声を漏らして、その場にイカを落とした。


 ガブリ、レストレイドはすかさずそのイカを一口で平らげた。すると、あ、あ、あ、と声なき呻き声を上げたタキシードがペタリと耳を倒し、同じようにウェルシュ達もしゅんと首を垂れた。極道猫達も、本物の犬のおまわりさんには(かな)わない。


「兄ぃー、続き行くよー」


 タキシードは、とぼとぼエイジャの背中を追った。


 ここはバミューダ海の海辺。砂浜を三人と一匹が歩いている。


 早朝、南バミューダを出発した一行は、まずは東バミューダに向かう東南街道(東バミューダと南バミューダを結ぶ海岸線沿いの大きな街道)に沿ってアンバーグリス捜索を始めた。


 そして、そろそろ昼になる。しかしまだ全然。東南街道の半分も来ていない。


「なぁエイジャ。ワシ、もう心折れてきたんやけど」


 無謀だと思った。こうして歩いてきた海岸に、後からアンバーグリスが漂着するかも知れないし、そもそも海岸に落ちている保証もない。たった三人と一匹で探すのは無理筋だ。


 金が無いせいで認知バイアスがかかっていたのだろうか。昨晩は探せそうな気になって楽観していたが、こうして海岸を歩いてみて目が覚めた。見つかりっこない。


 だがバワーズに飯を奢ってもらった手前、すぐに根を上げることは許されず、とりあえず今日明日くらいはこの意味のない徘徊を続けなければならない。


(バワーズの奴、そのために晩ご飯を奢ったんか……っ⁉)


 タキシードがバワーズの策士ぶりに(おのの)いていると、イノライダーがおもむろに立ち止まり、手でバイザーを作って遠方を覗いた。


「――んー? なんかいるッスね」


 彼女の視線の先は、黒い岩がゴロゴロした浜辺となっていた。タキシードがエイジャの肩に登って目を()らすと、そこにはアザラシが何匹か横たわっているのが見えた。


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