表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
82/86

龍涎香

「アンバーグリスって、聞いたことあるけど、見たことはないなぁ……なんの役にもたたんけど、とにかく希少品で高値で取引される、アレやんなぁ?」


 灰色琥珀――アンバーグリス。またの名を龍涎香(りゅうぜんこう)


 何やら妙な匂いのする正体不明の物体で、水に浮いていたのを拾ったり、土に埋まっているのが(まれ)に発見される。ただ、宝石鍛冶(ジェムスミス)の統一見解として宝石ではないとされている石だ。一説には巨人の吐瀉(としゃ)物だとも、排泄(はいせつ)物だとも言われる。


「ああ。あれはな、タイニースプリングでは漁師が漁のお守りにする風習があるのさ。たぶん、その漁師の先祖はタイニースプリングからバミューダに移住した奴なんだろうな」


 バワーズはタイニースプリング出身だ。かの国の風俗には詳しい。


「どうしてアンバーグリスがお守りなんですか?」


 ミシェルがタキシード耳をつまみながら聞いた。バワーズがコップを拭きながら喉を鳴らす。


「さてな……かの巨人たちはタイニースプリングに住んでいた頃は、海を自在に泳いでたっていう伝承があってな。多分だが、それにあやかって航海の無事を祈る風習ができんじゃねぇかな」


「なにそれ。巨人が海を泳いでたん? そんな譚詩(たんし)聞いたことないで」


 これで読書好きのタキシードだ。巨人はもちろん知っているが、巨人が海を泳いでいた、などという話は聞いたことがなかった。


「いや。口伝(くでん)だ。タイニースプリングの漁師の間で語り継がれる、お話のひとつさ」


 巨人は古い譚詩に登場する種族で、かつて桃源郷(ザナドゥ)から現れ、人類を救ったとされる。今では巨人は絶滅してしまったとされ、もはや譚詩でしかその存在を知ることはできない。どのような姿をしていたのか、なぜ人類を救ったのか、どうして消えてしまったのか。今でも人類の好奇心を刺激するお決まりのテーマだった。


「まぁ、そんな同郷のよしみで何とかしてやりたくてな。ちょうど明日か明後日に、お前さん達のところに持って行こうかと考えていたところだったんだ」


 カウンターに立ったバワーズが吹き終わったコップを置きながら言った。


「そないこと言われても……アンバーグリスなんて見たことも嗅いだことないしなぁ、どうやって追跡しよ?」


「実は、俺もここに越した頃は持ってたんだが、店が臭くなってどうしようもないから、しばらくして宝石商に譲っちまったんだよな」


「ええ? そんな大事な物、売っちゃってよかったんですか?」


 グラスを空にしたエイジャが目を丸くして聞いた。


「大事っつってもな、ただの験担(げんかつ)ぎさ。何かの効果があったって話は……まぁ、それを持っていたおかげで難破しても助かったみたいな話はあるが……。それに、この辺りではアンバーグリスは滅多にないが、タイニースプリングではそれなりに手に入るからな。そこまで貴重ってほどでもない」


 バワーズの説明に「「ふーん」」とハモったミシェルとエイジャ。


「それで、タキシード。お前の獣脈(じゅうみゃく)でなんとかならないのか?」


「うーん……海獣(かいじゅう)達はなぁ……ワシ、あんまし影響力ないねん」


 期待を込めた目で見るバワーズに、タキシードは器用に腕を組んで唸った。


 バミューダ海を探すならば、海獣たちのお世話にならなければならない。鳥たちはそんなに嗅覚が発達していないからだ。見た目ただの石のアンバーグリスを探すならば、視覚ではなくて嗅覚を頼らなければならないだろう。


 しかし、バミューダ海は東南北の各大三角連合会とは別の、独立した第四のシマでもあり、無政府状態でもある。彼らを組織的に動かすのはタキシードでも無理だ。


「兄ぃ、イノライダーさんならアンバーグリス持ってないかな?」


「ふむ……イノライダーも変なもん集めてるからな」


 イノライダーは錬金術師(アルケミスト)だ。アンバーグリスは錬金素材としても有名なので、彼女が所有している可能性はあるだろう。


 ちなみに、イノライダーが普段ふかしている煙草は彼女独自のブレンドらしく、極めて怪しい。匂いが普通の煙草とは明らかに違う。他にも彼女の出してくる(ことごと)くは、怪しい。タキシードはイノライダーが出してくる飲食物には、うっかり手をつけないよう気を付けている。


「持ってなかったとしても、レストレイドは匂いを知ってるかもな……」


 タキシードは頭の中で簡単な捜索計画を立ててから、溜息をついた。


「めんどくさそ……」


 ポツリ、呟いたタキシード。その猫の手を、エイジャがつまんで持ち上げ、ぷらぷらと振って見せる。


「――手が、ふにょふにょなんでしょ?」


 エイジャの謎行動に不可解そうな顔になったバワーズとミシェル。タキシードはエイジャの指摘に再度嘆息をつき、頷いた。


「はぁ、そうやな……まぁ、やってみるか。バワーズ、その依頼ワシらが貰う」


「おお、そうか。なら今晩は簡単なものを作ってやろう。腹ごしらえして、ちゃんと仕事してくれ。腹が減って途中で倒れられたら笑い話にもならん。頼んだぞ」


 バワーズが作ってくれたまかない飯は美味しかった。帰り際、ミシェルがこっそり朝食も持たせてくれた。いい子だ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ