果肉亭
タキシードのメニューは〈天竺カレイのフルーツ煮込み、タキシード用薄味小骨確認済み〉。
「ここのメニューは、なんでも所長カスタムが用意してあるんスね。超厚遇されてるじゃないッスか……愛されてるッスね」
「――おう。お得意様やからな」
ほぼ毎日と言っていい頻度で果肉亭に訪れるタキシードとエイジャ。来る度にタキシードが細かい注文を付けるので、今やタキシード専用メニューが出来上がっていた。わざわざタキシードのために一から作る、などということもできないので、メインメニューから、ちょっと弄ればすぐに作れるように工夫されている。タキシードもそれで満足していた。
「ワシはここか、ホエールスくらいでしか食わんのや。下手なところで好きに食ってひっくり返ったりでもしたら、エイジャが大変やからな」
タキシードがぺろーり、ぺろーりと舌なめずりしながら胸を張ると、彼のシャツみたいな白い模様にフルーツソースが落ちた。向かいに座っていたイノライダーがその汚れを拭いてやる。その間もタキシードは舌なめずりに必死。大口を開けて鼻から髭の付け根に向かって舌でぺろーり、ぺろーり。舐め取っては手で顔をゴシゴシ――。
そんなタキシードを見ていたイノライダーが含み笑いした。
「――エイジャちゃんの気持ちがちょっと分かるッスね」
「? どういう意味や?」
「なんでもねッス」
カシスは若者らしくガツガツいっていた。さすがに大盛りは遠慮したみたいだ。レストレイドは床で骨付き肉を囓っている。
「――レストレイド、ふふふ……羨ましいか。ワシは人間様やからな、こうやって人様の食い物を食べられるんやでっ!」
「レストレイドを虐めたら駄目ッスよ」
イノライダーがタキシードの髭を引っ張ると、「いたた……」と言ってタキシードは静かになった。
「うーん……エイジャちゃんに聞いたとおりッス」
「何を聞いたんや?」
「所長の制圧手段ッス」
「何それ怖い」
ガンッと頭をぶたれたような衝撃に、両手で頭を押さえたタキシード。
「四十八手あるッスよ」
「そんなに……」
タキシードはイノライダーの続く言葉に茫然となった。
「……ちなみに、エイジャは他にはなんて言うとったん?」
「それは自分とエイジャちゃん、二人だけの内緒ッス」
口に指を立てて見せたイノライダー。一方で、「ふーっ」と息を吐いてカシスが水を飲んでいた。農業は重労働だ。しっかり食べなければ持たない。
「よっ、いい食べっぷり。少年、もっと食べるッスか?」
イノライダーがそう言ってカシスのゴツゴツした手に真っ白な手を乗せた。
更にその上にタキシードも肉球を乗せる。
「……何してんスか?」
「スケベな雰囲気にならんように、気をつかってるんや」
「あいたっ!」と言ってイノライダーが手を除けた。タキシードがちょびっと爪を立てたのだ。カシスはイノライダーの手が重ねられた自分の手の甲をじっと見つめていた。
「――はぁ、つまんねーッス。少年、なんか事件はないッスか? ここにエリート捜査官がいるッスよ。なんでも相談するがよい。ッス」
カシスはしばらく考えた風に視線を泳がせてから、うーんと唸った。
「さっきタキシードには言ったんですけど、最近フルーツ泥棒っぽいのがいるのか、いないのかっていう話しと――」
「なんなんスか、その超曖昧な話は」
「泥棒の割には、盗ってく量がめちゃくちゃ少ないんですよ……あ、そうだ。あと、ねえちゃんがいっつも使いかけのリップクリームをなくすんですけど、その事でお袋に小言を言われている時に、実は自分のストーカーがいるんじゃないかって騒いでましたね。昨日。お袋も乗っかっちゃって、ちょっとした騒ぎになってました」
「平和ッスねぇ」
「平和やなぁ」
そのまま果肉亭で食後のコーヒーを頼んで駄弁り続ける三人。カシスも今日は午前で仕事が終わりということで、イノライダーに付き合っている――多分嘘だ。
ちなみに猫にコーヒーは良くないので、タキシードは一人だけ食後の猫草だ。果肉亭の窓際では、タキシード用の猫草が常時栽培されている。
そんなこんなしていると、タキシードの素晴らしい耳が、聞き慣れた足音を二人分聞きつけた。
「む、エイジャ達が帰ってきたな」
「きたーっ!」
イノライダーがガタンッと椅子を押して立ち上がると、カランとドアが開き、赤髪の猫耳美女と焦げ茶髪の快活そうな美少女が店に入ってきた。




