表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

78/86

果肉亭

 タキシードのメニューは〈天竺(てんじく)カレイのフルーツ煮込み、タキシード用薄味小骨確認済み〉。


「ここのメニューは、なんでも所長カスタムが用意してあるんスね。超厚遇(こうぐう)されてるじゃないッスか……愛されてるッスね」


「――おう。お得意様やからな」


 ほぼ毎日と言っていい頻度で果肉亭に訪れるタキシードとエイジャ。来る度にタキシードが細かい注文を付けるので、今やタキシード専用メニューが出来上がっていた。わざわざタキシードのために一から作る、などということもできないので、メインメニューから、ちょっと(いじ)ればすぐに作れるように工夫されている。タキシードもそれで満足していた。


「ワシはここか、ホエールスくらいでしか食わんのや。下手なところで好きに食ってひっくり返ったりでもしたら、エイジャが大変やからな」


 タキシードがぺろーり、ぺろーりと舌なめずりしながら胸を張ると、彼のシャツみたいな白い模様にフルーツソースが落ちた。向かいに座っていたイノライダーがその汚れを拭いてやる。その間もタキシードは舌なめずりに必死。大口を開けて鼻から髭の付け根に向かって舌でぺろーり、ぺろーり。舐め取っては手で顔をゴシゴシ――。


 そんなタキシードを見ていたイノライダーが含み笑いした。


「――エイジャちゃんの気持ちがちょっと分かるッスね」


「? どういう意味や?」


「なんでもねッス」


 カシスは若者らしくガツガツいっていた。さすがに大盛りは遠慮したみたいだ。レストレイドは床で骨付き肉を囓っている。


「――レストレイド、ふふふ……羨ましいか。ワシは人間様やからな、こうやって人様の食い物を食べられるんやでっ!」


「レストレイドを虐めたら駄目ッスよ」


 イノライダーがタキシードの髭を引っ張ると、「いたた……」と言ってタキシードは静かになった。


「うーん……エイジャちゃんに聞いたとおりッス」


「何を聞いたんや?」


「所長の制圧手段ッス」


「何それ怖い」


 ガンッと頭をぶたれたような衝撃に、両手で頭を押さえたタキシード。


「四十八手あるッスよ」


「そんなに……」


 タキシードはイノライダーの続く言葉に茫然となった。


「……ちなみに、エイジャは他にはなんて()うとったん?」


「それは自分とエイジャちゃん、二人だけの内緒ッス」


 口に指を立てて見せたイノライダー。一方で、「ふーっ」と息を吐いてカシスが水を飲んでいた。農業は重労働だ。しっかり食べなければ持たない。


「よっ、いい食べっぷり。少年、もっと食べるッスか?」


 イノライダーがそう言ってカシスのゴツゴツした手に真っ白な手を乗せた。


 更にその上にタキシードも肉球を乗せる。


「……何してんスか?」


「スケベな雰囲気にならんように、気をつかってるんや」


「あいたっ!」と言ってイノライダーが手を除けた。タキシードがちょびっと爪を立てたのだ。カシスはイノライダーの手が重ねられた自分の手の甲をじっと見つめていた。


「――はぁ、つまんねーッス。少年、なんか事件はないッスか? ここにエリート捜査官がいるッスよ。なんでも相談するがよい。ッス」


 カシスはしばらく考えた風に視線を泳がせてから、うーんと唸った。


「さっきタキシードには言ったんですけど、最近フルーツ泥棒っぽいのがいるのか、いないのかっていう話しと――」


「なんなんスか、その超曖昧(あいまい)な話は」


「泥棒の割には、盗ってく量がめちゃくちゃ少ないんですよ……あ、そうだ。あと、ねえちゃんがいっつも使いかけのリップクリームをなくすんですけど、その事でお袋に小言を言われている時に、実は自分のストーカーがいるんじゃないかって騒いでましたね。昨日。お袋も乗っかっちゃって、ちょっとした騒ぎになってました」


「平和ッスねぇ」


「平和やなぁ」


 そのまま果肉亭で食後のコーヒーを頼んで駄弁(だべ)り続ける三人。カシスも今日は午前で仕事が終わりということで、イノライダーに付き合っている――多分嘘だ。


 ちなみに猫にコーヒーは良くないので、タキシードは一人だけ食後の猫草だ。果肉亭の窓際では、タキシード用の猫草が常時栽培されている。


 そんなこんなしていると、タキシードの素晴らしい耳が、聞き慣れた足音を二人分聞きつけた。


「む、エイジャ達が帰ってきたな」


「きたーっ!」


 イノライダーがガタンッと椅子を押して立ち上がると、カランとドアが開き、赤髪の猫耳美女と焦げ茶髪の快活そうな美少女が店に入ってきた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ