表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

77/86

危険な誘惑

 一瞬ポカンと呆けた様子でカシスを見上げたイノライダーだったが、静かに立ち上がってパンパンと服を払うと、差し出されたオレンジを受け取った。


「――少年……ありがとッス。よく見ると(たくま)しそうで、結構いい男じゃないッスか。彼女とかいるッスか?」


 イノライダーは目つきがヤバいだけで、他のパーツは全部美人だ。崩したシニョンは目元の表情と相まってアンニュイな魅力を彼女に与え、ちょっと細めでか弱そう(不健康そう)な立ち姿もミステリアスな印象にひと役買っている。


 お仕事風の、本来パリッと着る服を着崩した(よそお)いも、カシスの目には新鮮に映っただろう。イノライダーの気怠げな流し目を受けたカシスが、どぎまぎし始めた。


「……おーおー、ませガキが顔をリンゴみたいに赤くしとるわ」


「お、おい、タキシード。やめろよ……」


「イノライダー、自分年下にはモテるんちゃう?」


「普段はモテないみたいな言い方っ! 所長、自分まだまだピチピチっすから」


 へらへらと首をかしげてみせたイノライダーは、カシスに歩み寄り、彼の肩に腕をかけて、頬が触れ合いそうなほどの至近距離でオレンジに齧り付くと、その皮を口だけで剥いて見せた。おかげで飛散した柑橘汁がタキシードの目鼻を刺激して痛かったが、それだけの仕草が妙にエロティックに見えた――イノライダー、(あなど)(がた)し。


「――少年、今晩一緒にイクっすか……色区に」


「い、色区……」


 ごくり、生唾を飲み込むカシス。


「お、行ったことないッスかね。なら(おご)りがいがあるってもんスよ。万事、おねーさんにまかせておくッス」


「やめとけカシス。廃人になるで」


「廃人」


「おねーさんのテクニックで朝までしっぽり。昇天させてあげるッスよ」


「しっぽり昇天」


「――はぁ……文字通り、昇天させられるで。やめときやめとき、その女は。もし五体満足でこの果樹園、続けたいんならな」


 全身を強張らせておうむ返しするだけの機械に成り果てたカシスに、タキシードが嘆息混じりに言った。


 カシスは「そ、そんなに……」などと呻いていたが、タキシードはこれ以上イノライダーに揶揄(からか)わせるつもりはない――生意気なガキでも、ご近所さんの大事な跡取りだ。


「しょちょー。なんか自分のこと誤解してないッスか? ……へへへっ、まぁいっか。所長、果肉亭いきましょーよ」


「自分のおごりやで」


「おねーさんに任せなさい。少年もイクっすよ」


 ドンと薄い胸を叩いてみせるイノライダー。タキシードがバッサバッサとカシスの肩に乗って感心そうに言う。


「ふとっぱらやな。カシスの前でいいとこ見せてんの?」


「へへっ、自分、後輩がいないもんで……こういうのやってみたかったッス……」


「――カシス、(なつ)いてやれ。深入りしなければ平気や」


 ずーんとなったイノライダーに、カシスをけしかけるタキシード。


「よ、よろしくお願いしますっ。俺、カシスって言います! この果樹園で働いてます! フルーツ栽培なら任せてくださいっ!」


「自分はイノライダーっす。こっちの格好いいのが、レストレイド。長年連れ添った相棒ッスよ」


 ワンッと切れの良い吠え声を出したレストレイドを連れ、一同はベリーヒルの坂を下っていった。風が少し冷気を含むようになってきていた。今年の篝火花(シクラメン)の季は、寒いのかも知れない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ