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暇人来たる

「ちわーッス。暇だから遊びに来たッスよ、所長」


 イノライダー。彼女は南バミューダ警察の殺人課警部。連れているのは警察犬のレストレイドだ。


「――暇って言っちゃったよ、この女」


 タキシードが嘆息混じりにぼやくと、イノライダーはへらへらと笑って見せた。


「事務所に誰もいなかったッスから、レストレイドに所長の匂いを追跡させたんスよ」


「仕事か?」とタキシードがイノライダーを見上げると、彼女は「まさか」とお手上げのポーズをした。


「なんや、仕事持ってきてへんの? ふーん。今日は事務所休みやから、ほなな」


「し、しょっぱい対応ッスね……」


 イノライダーはタキシードの塩対応に、眉をハの字にし、肩を落として見せた。そんな彼女をタキシードはジト目になって睨む。


「どうせエイジャ目当てできたんやろ」


「へへっ、ばれた?」と表情を崩すイノライダー。


「エイジャなら、ライチと出かけたで」


 イノライダーが「えっ……」と愕然となった。


「――なんか、お前も大変やな」


 タキシードがお座りするレストレイドに声を掛けると、彼はイノライダーの視界の外で耳をペタリとして見せた。イノライダーは気付いた風もなく、腰に手を当てて、肺一杯にベリーヒルの空気を吸い込んだ。


「――はーっ……でもここ、好きなんスよね。たまに来ると落ち着くっていうか。レストレイドもここに来ると元気になるッス。……そういえば、今年のお祭りに来られなかったのは痛恨の極みッスよ。風の噂ではエイジャちゃんのサービスシーン満載だったっていう話じゃないッスか。へ、へへっ」


 口の端から涎を覗かせたイノライダー。彼女は何かを思いついたように、はっとなって続ける。


「そうだ、自分がタキシード探偵事務所から通勤すれば、そういった大事なイベントの見逃しが発生しないのはおろか、家に帰ってくるたびにエイジャちゃんの弾けるエロパワーを浴びて毎日健康になれるんスね……ということで、自分も事務所に住んでいいっすか、所長? 家賃は払うッス」


「だめに決まってるやろ。逆にワシが病気になるわ」


 タキシードはうんざり顔でイノライダーを見上げた。


「そ、そんなことないッスよ。自分、動物の世話はレストレイドで鍛えられるから自信あるッス。猫は飼ったことないッスけど、一週間もあれば覚えるッス。自分エリートっすから。エイジャちゃんも含めて、至れり尽くせりのお世話をさせていただくッスよ、へへへっ」


 にへらっと口を歪ませたイノライダーに、タキシードがバッサリと、


「いらん。あとワシはスフィンクス。ワシの世話はエイジャがしてくれるし、どっちかっていうと、ワシがエイジャの世話しとるくらいやし――」


「ずるい! ずっこいッスよ! そうやって毎日エイジャちゃんを独り占めして……所長には兄の立場を悪用する卑怯者の烙印を差し上げるッス! さっさと猫草と間違えてネギ囓って貧血で倒れたらいいッス! そしたら自分が看病しにきて、そのまま事務所に転がり込むッスから」


 目に涙をためてタキシードに食ってかかったものだから、イノライダーは自然と地面に(ひざまず)く姿勢になった。


「きっと、所長は毎晩エイジャちゃんのあられもない寝姿も見てるッス。所長にはのぞき魔の称号もプレゼントするッス」


「覗くもなにも、ワシ、毎晩エイジャに抱き枕にされとるしな」


 タキシードの何気ないひと言に、イノライダーのみならず、カシスまでもが「まじかよ」と目を剥いた。


「――へ、変態っ! 所長はど変態ッス! 兄妹で同衾(どうきん)なんていかがわしいにもほどがあるッス! ……まさか、着替えシーンとかも……?」


 タキシードはイノライダーの精神にとどめを刺すべく、風呂も一緒に入る、と言いかけてやめた。なんとなく、イノライダーの言っていることが正しい気がしてきたからだ。この一撃は諸刃(もろは)の剣だ。今すぐ抜きかけた剣を鞘に収めなければ、タキシードの精神までもが深いダメージに砕け散ってしまいそうな、そんな(きざ)しを感じる。


「――おい、レストレイド。そろそろ自分のご主人なんとかせいや」


 ワフッとひと鳴きしたレストレイドが、雑草の上で四つん這いになって泣いていたイノライダーの頬を、ペロッと舐めた。


「うううー。レストレイドぉ~……良い子良い子」


 わーんと半泣きになってレストレイドに抱きついたイノライダー。そんな彼女に向かってカシスが歩み寄っていく。


「あの……そこ雑草刈ったばっかりなんで、服に草の汁ついちゃいますよ。これ、俺ん()で取れたオレンジです。よかったらどうぞ」 


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