アメリの夢
路地の影から様子を窺うタキシードが見た光景は、予想とは随分と違っていた。
紫水晶通りの舗装は石畳の代わりに紫水晶が使われており、街灯の光を道が反射することで通り全体が紫色に染まっていた。
バミューダに限らず、大体の都市ではこうやって男女が自由に出会いを求めて集う場所を宝石舗装して区別しており、そういった地域は色区と呼ばれ、その色区には集中して連れ込み宿などが立ち並ぶことになる。さすがに性におおらかなロザリアンといえども、一応風紀的な配慮で棲み分けをさせているというわけだ。
アメリは一夜のアバンチュールを求めて紫水晶通りで男に声を掛ける(全身甲冑姿で)と、薄暗い脇道に男を連れて移動した。
ひと言ふた言声を交わした後に男が懐から鉄貨を一枚取り出す――その直後、アメリが男をぶん殴って紫水晶の道に叩き伏せる。チャリンと音を立てて落ちた鉄貨を拾い上げたアメリは、また何事もなかったかのように通りに出て行き、別の男を引っかけ、暗がりでぶちのめす。そんなことを繰り返している様子だった。
時々骨のある男がいて反撃を受けることもあったが、アメリは落ち着いて拳で答えた。腰からメイスを抜いた男もいたが、アメリはそれよりもずっと凶悪な錘を振り抜いて、その男を壁に磔にしてしまった。
これにはタキシードも困惑するほかない。頭の上に「?」が何個も浮かぶ中、何度かその暴力的ルーチンを眺めているうちに、ふと、これは強盗行為なのではないかと思い至った。それはまずい。売春は問題ないが、強盗は当然不法行為だからだ。止めなければならない。調査依頼云々以前の問題だった。
意を決したタキシードが道の端に溜まった闇黒から歩み出す。
「――ねーちゃん強いなぁ」
倒れた男の脇で鉄貨を拾っていたアメリが、突然聞こえてきた声に機敏に反応した。腰を落とし、錘を両手で構えてタキシードに向き直る。
「――猫?」
「ワシはタキシードや。ちなみに猫じゃなくてスフィンクスな」
まさか猫が喋ると思っていなかったのか、甲冑の下に動揺の気配が見えた。だがすぐにアメリは持ち直し、錘を地面に下ろすと、ガァンという重く硬質な音が細い路地に響いた。あの錘の先端も黄色い宝石製のようだった。
アメリは兜のバイザーを上げた。奥から覗いたアメリの目は丸くなっていた。
「あなた、話せるの?」
「せやで」
ロザリアンは混血国家であるがゆえ、ここバミューダにもあらゆる種族が集まっている。それゆえ、こうして猫にしか見えないタキシードが喋り出してもすぐに受け入れられてしまうのが、この国の懐の深いところでもあった。
言葉が通じれば皆人間という基本概念を提唱した、昔の誰かさんには感謝しなければならないと、タキシードは常々思っている。
「翼まである……変わった猫ちゃんね。わたくしに何か用があるのかしら?」
「……こんなことしてたら、足元すくわれるで」
「あら、心配してくださるの? 優しい猫ちゃん」
「タキシード、な。あとスフィンクス」
エミリ(母)のことは伏せたまま、アメリの説得を試みるタキシード。
「言い寄ってくる男を張り倒すのならまだしも、ねーちゃんの方から声かけてしばいた上に、ゼニまで巻き上げるっちゅーのはなぁ……ゼニが絡むと向こうも本気になるやろし、色区のちょっとした喧嘩の範疇を超えとるわ」
色区で喧嘩はよくある事だ。主に男同士、女同士が異性をかけて喧嘩するのだが、男女の喧嘩もままある。だがそこに金品のやりとりはない。喧嘩して金を奪うと、それは立派な犯罪だ。
「そういうことでしたら、平気よ。わたくしに勝ったらひと晩タダで好きにしていい。その代わりに、わたくしが勝ったら鉄貨をもらう。そういう約束が成ってから始めてますもの。それにわたくし、夢があるの……茨の騎士団に入りたいのよ」
それってつまるところ決闘じゃないの? という胸中の突っ込みをタキシードが口にする間もなく、アメリは矢継ぎ早に続ける。
「ですから、小さな頃から身体を鍛え続けたわ。毎日毎日、持久力と瞬発力をバランス良く向上させ、ヴェルダン流棍術道場に通い続けて早十余年。戦闘力は見習い騎士なみに付いたと思いますの……でも、それだけじゃ駄目。どうにかしてコネが必要なのよ。だって、茨の騎士団の上位は実質、貴族でなければ入れないんですもの」
(聞いてもないのになんか語り出しよったで、このねーちゃん)
滔々と語り出したアメリに一瞬思考を奪われたタキシード。なるほど、あの母にしてこの娘ありなのだな。そう思わせるのに十分なトークの勢いだった。
要するに、辻行為で鍛えるついでにお金を巻き上げ、その金で紫水晶通りよりも高級な〈赤色風信子石通り〉に行って貴族を“買う”。そしてその行為の最中に自分の鍛え上げられた身体をアピール。あわよくば嫁入りして貴族デビュー。そのまま〈茨の騎士団〉に入団の上、上位の〈サイドシューツ〉に滑り込むというバトル・シンデレラストーリーが、彼女の頭の中で出来上がっているようなのだ。
上昇志向。結構なことだ。ごっつい鍛えているという時点で、なんとなく貴族の玉の輿狙いかと当たりをつけていたタキシードは、自分の推理の的中に胸の内でガッツポーズを取った。
「まあ、それだけではないのですけれども……お金が貯まる前に、わたくしを倒して迎えに来てくれる人が現れたら、夢を諦めてもいいかなって……だから、こうして目立つようにしてますのよ。あの日、わたくしに軽くひねられてもめげずに、強くなって戻ってくると言った、あの人を、こうして待っていますの!」
「もう言ってること滅茶苦茶ですやん」
アメリはやべー奴だった。彼女の思考回路にこれっぽっちもついていけない。オレより強い奴に会いに行く、を地で行っている感がある。一夜の癒やしを求めてここに来た男達からすれば迷惑極まりない。やっぱり単純に警邏を呼んできたほうがいいのかも知れない。
タキシードは半眼になってアメリを見つめた。
「はぁ。話は見えんけど、そんな自分を餌にするようなことせんでも……」
「平気よっ! わたくし、こうやってはっぱをかけているんですの。多少危ない姿を見せなければ彼も焦らないでしょう⁉ 私はここよ、ハンク! さぁ! 早く私を迎えに来て‼」
「おうよ、迎えに来てやったぜ。イカレ甲冑女」
一人で勝手にボルテージを上げていくアメリの向こうで声がした。彼女が振り向くと、そこには目をギラつかせた男どもが十人ほど。
「とんでもないじゃじゃ馬め、先日の借りを返しに来たぞ。今日はな……全員でかわいがってやる。まさか逃げねぇよな? 一対一じゃなきゃ駄目だなんて言ってなかったはずだ――」
男たちは各々手に持った獲物を揺らしていた。
――あいつがハンクじゃ、ないんだろうな。
「言わんこっちゃない」と、嘆息を零したタキシードの横で、アメリが熱っぽい声を上げる。
「いいわ、胸が熱い……これがときめきなの? これが私が求めていた恋なの?」
「それは違うと思うで」




