人情を噛み締める
――はずれ――あたり。
――はずれ――はずれ――はずれ――はずれ。
「く、また外れ……っ! あいつ、ちゃんと殴れや‼ あそこで殴らんから追い抜かれたんやっ! あれ八百長ちゃうんか⁉」
「兄ぃ……もうやめようよぉ……」
目の前で自分の明日のご飯代が消えていく恐怖に怯える妹に、タキシードがクワッと口を開ける。
「まだやっ! 次……次で絶対取り返す! ……ここでやめたら今までの分がパァや! エイジャ、手持ちの残りのゼニ全部出せっ‼」
射幸心を散々煽られたタキシードはドツボにはまり、引くに引けない状況となっていた。その後、一度だけ当たったが、複勝だったのでぜんぜん儲からなかった。初めの大穴で得た鉄貨など、とうに使い果たした。こうして最終レースに臨んでは手持ちの金を全部突っ込む意気込みだ。
「――おいおい、せめて食費は残しておかんか……」
カリフィクじいさんも若干の責任を感じたのか、目を血走らせたタキシードを窘めるのだが、それは彼の神経を逆なでする結果にしかならなかった。
「ぐぬぬ……っ! おい、じいさん……ここまで来て知らんぷりなんて、そんなことせんよなぁ? 次は三連単や……三連単で決める。ちょっとじいさんも手伝えや、おお? 今の手持ちと、失った分から考えて最低倍率が決まるから、それを上回るやつで当たるの探せや。な、これでだいぶ候補は絞れたやろ?」
一番やっちゃいけない買い方をし始めたタキシード。エイジャも青い顔をしながら真剣に予想を立てていく。カリフィクも逃げられない。
三人の叡智を結集した勝負だった。
タキシードは猫の手で器用に券を握り締め、レースを見守った。エイジャもタキシードをきつく抱きしめ、レースを見守った。計四つの猫の目が緊張の色を湛えてゴールラインに突き刺さっていた。
そして――。
薄暗くなった空に、タキシードの持っていた券がひらひらと舞った。
ど素人が意味不明な買い方をして勝てるはずもなかった。
いつの間にかカリフィクはいなくなっていた。
これにて素寒貧。
「うう……もう鼻血も出ぇへんわ」
「兄ぃ……私達、もうおしまいなの? 二度とバワーズさんのご飯食べられないのかな……?」
今のタキシードに、涙目のエイジャを慰める余裕はなかった。胃の入り口がぎゅうぎゅう締め付けられて吐きそうだった。
手持ちの金は結構な金額だった。もちろん事務所に戻ればまだある程度残ってはいるが、たった半日で全財産の七割を溶かすという、とんでもない経験をした二人は意気消沈していた。
夜の南バミューダを幽鬼の如く、ふらふら歩くタキシードとエイジャ。そんな時、彼らの霞んだ視界に緑色の光が差し込まれた。
「……いや、バワーズのとこに仕事があるかも知れへん……エイジャ、仕事や。やっぱ人間、仕事で真っ当に稼がなあかん」
二人はふらふらとホエールズの入り口をくぐった。
仕事はなかった。
しかし、タキシードとエイジャが並んでカウンターに突っ伏したまま話した、落ちこぼれストーリーは、バワーズの爆笑を誘うことになった。お仕事中のミシェルも思わず失笑。食事中のお客さんも、G2レース恒例の人種の登場に大ウケ。なぜか店中盛り上がった。
二度とギャンブルはしない。危うくギャンブルで身を滅ぼしかけた探偵タキシード、憔悴の決意だ。
結局、二人はその場のみんなのカンパで晩ご飯を奢ってもらえることになり、ギャンブルの怖さと、人情の温かみを同時に噛み締めることになったタキシードだった。
〈次回予告〉
「エイジャ! エイジャ! エイジャ‼ とって! とって! とって‼」
「やだっ、兄ぃ……嫌っ! こっちこないでぇーっ‼」
次回、下水道の怪。
乞うご期待!




