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バミューダレースの権威

 バミューダレースでスッた。八百長(やおちょう)の疑いがある。調査しろ。


 事務所のソファーに座ってカリカリしながらそう言ったのは、カリフィク。耳に赤鉛筆をかけたジャガイモみたいな顔をしたジジイで、自称バミューダレースの権威だ。


「おじいちゃん、バミューダレースは騎士団が運営してるから、八百長はないんじゃない?」


 対面に座ったエイジャが優しく諭すように語りかけた。


「いいや、エイジャちゃん。騎士団が厳密に管理しとるのはG1とG2だけじゃ。G3は警察管理じゃから比較的緩い。裏金は動くし、悪い噂も絶えんものじゃ」


「でも、G3は掛け金が小さいから、そこまでして悪いことする人いないよ、きっと。不正するだけ損じゃないかなぁ」


「カカカッ、身体ばっかり色っぽく大人になっちまったが、まだまだエイジャちゃんは世間っちゅーものを知らん! おい猫探偵! こんなに可愛い妹ちゃんばっか喋らせてないで、仕事をせんかい、仕事を!」


 この元気な(じい)さま、もう何度もこうしてレースで負ける度に探偵事務所に来るので、タキシードが喋ることもお見通しだった。


「――はぁ、じいさんついにボケてきたんちゃう? そう言って、いっぺんだけ調査したことあったの忘れたんか? 結局なんもなかったやんか」


「前は前っ! 今回は今回じゃ‼ わしゃまだまだ耄碌(もうろく)しとらんっ! 現役バリバリの勝負師よっ! カカッ‼ ……のう、エイジャちゃん?」


「あはは……」


 困った顔で愛想笑いするエイジャ。


 〈バミューダレース〉は、広大な面積を(よう)するバミューダならではの(もよお)しであり、バミューダで最も普及したスポーツであり、そして賭博(とばく)対象でもある。他にも〈キングスフォール〉が公式に認められたスポーツ兼賭博となっており、あとは非公式の地下拳闘がある。プロレスも人気のスポーツだが、プロレスは賭け禁止となっている。


 バミューダレースは決まったコースを周回する徒競走だ。ただし、途中で殴る蹴るが認められているのが普通じゃなかった。それ故に、走る格闘技とも言われている。もちろん走るのは人間だ。


 付け足しておくと、キングスフォールが集団格闘技。プロレスが個人格闘技。そして地下拳闘が血の格闘技といわれている。バミューダの人間は血の気が多すぎだった。そしてエイジャは地下拳闘の闘士だ。


 ちなみに、タキシードはプロレスが好きだ。


「はぁ、ここは幼老館(ようろうかん)じゃないんやで。たぶんやけど、ありもしない八百長の調査料金払うより、次のレースで勝った方が実入りがええよ。帰んな、じいさん」


「ふむ……それなら、次の勝つ奴が誰かを調べんかっ! 今日の午後はG2じゃ」


「無茶言うなや、じいさん。それを考えるのが楽しいから賭け事やっとるんやないんかい……だいたい、自分で自分のことバミューダレースの権威だとか言うとったくせに、ここぞのところで他人(ひと)に頼るのはどうなん?」


 カリフィクの無茶ぶりに、嘆息混じりにタキシードは呻いた。


「調べて勝つ人が分かったら賭け事にならないよね?」


「まったくその通りやな。レースは実力が近いもん同士で組まれとんねん。調べたって最終的には運や」


 エイジャの疑問にタキシードが頷いた。


「普通は無理だっちゅうところから、真実を見出すのが探偵じゃろ、この赤貧(せきひん)猫が。そんなんだからエイジャちゃんをお腹いっぱ食べさせてやれんのじゃ」


「ジジイが分かった風な口を……ウチは今、貧乏ちゃうで」


 お祭りの稼ぎはまだまだ残っている。タキシードはエイジャに満足いくまで食べさせてやれる、夢のような毎日を堪能していた。


「ほほう……なら、わしと一緒にレースにいくか?」


 タキシードの反論にカリフィクが不敵に笑って続ける。


「タキシードや……その生活がいつまで続くんじゃ? んん? 元手がある内にそれをサクッと二倍三倍にできたら、それだけエイジャちゃんの幸せも二倍三倍にできるんじゃぞ? おお?」


「その手には乗らんで。ギャンブルなんて、おもんないわ。それよりプロレスの方が健全で盛り上がる」


 バミューダレースは賭け事の側面が強いのに対して、キングスフォールは地域性が強く、プロレスは娯楽要素が強い。お金を払ってショーを見に行くというような感覚に近いのがプロレスだった。


「生意気な猫じゃな。プロレスなんぞ、やらせじゃろ。やらせ。それより本気の殴り合いがあるバミューダレースのほうが血沸き肉(おど)るんじゃ」


「あ、それ言うたらあかんやつやで。それはプロレスの真髄(しんずい)を知らん素人の食わず嫌いや。プロレスはな、お互いの攻めを正面から受け止め合うから、熱いんやっ! 攻撃を避けるんはプロレスの崇高な精神に反する! ……でもな、そういった暗黙のルールを破るやつもおってな、そういう奴はヒールっちゅうてな、それはそれで需要があんねん! そういう奴を、観客全員でブーイングすることで、こう、客席全体が一体感に包まれるっちゅーか――」


「ああ、やかましいわっ! 急に早口になりおって……」


「あ、レース会場のホーム近くにある定食屋さん、久しぶりに行きたいなー」


 エイジャが唐突にそんな事を言った。


「……ぉお、おお。エイジャちゃん、そうしたら、このカリフィク爺が(おご)ってあげようかのぉ。その代わりに一緒に会場までついてきてくれんかなぁ?」


「このエロジジイ! エイジャを同伴(どうはん)させようったって、そうは問屋がおろさんで! ジジイはジジイらしく、早朝から会場前の行列に並んどったらええねん!」


「兄ぃも行こーよ!」


 急に口調を柔らかく、かつ老人風に弱々しくしてみせたカリフィクに、シャーッと威嚇するタキシード。エイジャはそんなタキシードを抱きかかえ、元気よく立ち上がった。



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