フロリバンダ家ご令嬢
「――ぜんたーい、訓練やめっ! フロリバンダ家ご令嬢が視察に参られた! 総員注目っ‼」
その場を仕切っていた男が大声を張り上げると、瞬時に修練場に沈黙が降りた。タキシード達を含め、その場の全員の視線が向かった先から、一人の騎士が歩いてくる。
目を疑うような騎士だった。見るもの全てが超越的。
鎧は何かの宝石で作られた全身甲冑だが、それが何なのか、タキシードには言い当てることができない。歩みに合わせて忙しく色を変えたので、蛋白石の一種かとも思ったが、明らかに光り方が違っていた。青玉のような澄んだ青みに、炎の赤みが溶け込んで揺れ動き、光の加減に応じて黄金と漆黒の深いコントラストも生み出されるあの素材は、タキシードの知らないものだ。
アメリのごつい甲冑とは異なり、全体的に滑らかな作りで動きを妨げず、形は洗練されていて無駄がない。高い技術によって生み出されたことは間違いない出来映えだった。あるいは、星遺物かも知れない。
キリッとした薄い桃色の瞳が印象的で、美しさと強さを同時に兼ね備えた美貌の持ち主。頭髪はポニーテールにまとめているが、頭頂部だけが桃色で、毛先に向かって金髪に変わっていく不思議な色味だった。女性だ。
そして、女騎士の担ぐ獲物が冗談めいている。
彼女の身の丈を超えた大きさの、まるでリンゴ飴をそのまま拡大したような形の錘――大錘だった。
アメリの錘に似ているが、大きさの桁が違う。彼女の大錘と比べれば、アメリの錘など赤子のおもちゃだ。先端の赤い塊は宝石なのだろうが、それが大人でも抱えきれないほど大きい。柄から伸びた金属の檻によって、赤い宝石が鳥籠で締め上げられたように先端で固定されていた。
見るからに人が扱い切れるものとは思えない超重兵器を、肩に乗せて涼しい顔で歩いてくるあの女は只者ではない。女騎士の歩みは、離れた場所で隠れている二人の地面にまで恐ろしげな振動を伝えてきた。
女騎士が修練場に入っていく――その瞬間、彼女の目線が導かれるように草むらのタキシードに向いた。薄い桃色の瞳がギンッっと鋭い眼光を放って見えた。
ギクリ。タキシードは瞬間的に金縛りにあった。
背の高い茂みに伏せる二人を、あの距離から見つけられるわけがない。だが、彼女の桃色の瞳は明らかにタキシードをまっすぐに射貫いていた。
そして、なぜかタキシードはその視線を知っているような気がした。
「――にゃ、にゃおーん」
冷や汗を垂らしながら、白々しく猫を装ってじっとしていると、すぐに女騎士は目線を逸らし、彼女は修練場の方に歩いて行ってしまった。
「(逃げるで、エイジャ!)」
「(うん!)」
タキシードとエイジャは二人して小声になり、そさくさとその場を後にした――目を付けられていなければいいが。




