対戦相手の調査依頼
「――スフィンクスな。……そんなん、不正みたいな感じやけど、ええの?」
「勝てば官軍ですわ」
まぁ、そのとおりだ。むしろ情報収集能力が高い、とかいって高評価になる可能性すらある。ロザリアンはそういうところだ。
「お値段は、おいくら? わたくしと、ハンクの対戦相手も今夜までに調べて欲しいんですの」
さっとエイジャがタキシードの喉に触れた。この辺の動きはもう癖に近い。タキシードは逡巡し、アメリがお金持ちそうなので受けることにした。ゴロゴロ。
「――急な依頼ですので、お一人様鉄貨二枚。でも半日限定の依頼内容ですので、今回は特別にアメリさんとハンクさんで合わせて鉄貨三枚で結構ですよ」
――ちょっとふっかけたな。上手いぞ。いつもの相場だと二人で鉄貨一枚だ。
「お支払いしますわ」
アメリはそう言って鉄貨を四枚取り出した。先日タキシードを乱行に巻き込んだ詫びだと言った。目が硬貨になったタキシードは、ちょっとアメリが好きになった。
「まいどおおきに~」
そう言って、早速エイジャはひとっ走り。事務所に戻ってから探偵モードに着替えて郊外でタキシードと待ち合わせた。タキシードが小道をすいすい歩き、待ち合わせ場所に着いた時と、エイジャが息を切らせながら到着したのはほとんど同時だった。めっちゃ早い。
明日試合と言うことなので、恐らく今は稽古中だろうと予想した二人は南バミューダ郊外、バミューダ海近くにある総合修練場に向かった。対戦相手の名前と、おおよその特徴は聞いている。
こうしてエイジャが探偵モードになって黒猫をケージに入れて歩けば、雰囲気は占い師のような感じだ。ミステリアスな美女と黒猫はセットみたいなものだから、違和感はない。
「――アメリとハンク、片方だけ落ちひんかな? そしたらおもろいねんけど」
「こらっ! 兄ぃ、そんなの……」
エイジャは黙りこくって想像に耽った。タキシードの無責任な軽口に、甘酸っぱい妄想を掻き立てられた様子だ。たぶん、アメリだけが受かって、ハンクの見ていないところで貴族に言い寄られる。揺れ動くアメリの女心。そんな三角関係的な奴だろう。
修練場はバミューダ海の海辺にある、だだっ広い広場を雨除けの屋根だけで覆ったオープンな雰囲気の造りだった。ただ、その屋根の下から聞こえてくる激突音は、練習とは思えないほどの迫力があった。
そこから少し離れた場所の草むらでエイジャが伏せってタキシードを放つと、彼女は「久しぶりに探偵っぽいね」などと脳天気な事を言った。
貴族を舐めてはいけない。万が一にも目をつけられたくないタキシードは、過剰なほど縮こまって気配を殺し修練場の様子を見やった。
タキシードも詳しくは知らないが、騎士団の戦い方は明確に攻めと抑えを区別するらしい――壁役と攻手だ。グロテスクを壁役が一瞬抑え、攻手が間髪を容れず叩き潰す。アメリは攻手枠、ハンクは壁役枠で応募したらしい。
修練場の様子も、そうやって攻めと守りに分かれた訓練をしている様子だった。中央で集団戦の訓練をし、その周りで個人戦の訓練をしている。
目的の人物は個人戦の一群の中に、すぐに見つけられた。ご丁寧にも全員ゼッケンに名前の刺繍を入れて背中に下げていたからだ。
アメリの相手は名をブリランテという赤髪の男だ。両手に斧を持っている。斧の二刀流を遣うようだ。一気呵成に切り込んで速攻で相手を切り刻み、沈めるスタイルの戦い方だろう。あの斧は、たぶん一般的な尖晶石属の宝石斧だと思われる――お、腰にも予備の斧を下げているぞ、あれはきっと投擲用の斧と見た。足にナイフも隠し持っているな。
問題は彼が星遺物を持っているか、だ。これが有ると無いとでは戦闘力に馬鹿みたいな差が出る。そして、ブリランテは星遺物を持っていないように見える。タキシードの感覚だと、彼は結構強い。だが、やはりアメリの方が強い。
ハンクの対戦相手も見つけた。フロキシー。ごつい男だ。宝石製ハーフプレートを着ている。恐らく壁役だろう。ハンクの実力はよく知らないが、こちらも捕まえればハンクの勝ちに思える。なにせ、防具を着たフロキシーの体格を、Tシャツ姿のハンクの体格が上回っているのだ。組技では圧勝すると思われる。
「――あの二人、まじで将来的にサイドシューツくらいはイケるんちゃう?」
「んん……。かもねぇ」
それにしても、この修練場の音がやばい。ゴキィ、バグンッ、ドオォン。人がこんな音を出せるのかと思わせる、硬質で重たい音ばかりだ。ちなみに今ここで訓練しているのは全員リーヴスだ。
こんな化け物がひしめく騎士団が駐屯するバミューダで、人間のマフィア組織が生きていけないのも頷ける話だ。どんなにチンピラが粋がっても、騎士団の暴力の前では鷹の前の雀。成立し得ない。金品の懐柔も不可能。貴族が求めているのは力ある血筋のみ。金では買えない。
バミューダがこれだけ大きな都市でありながらも、不自然なほどに平和な理由は、首都ガーデンキープのお膝元として彼ら騎士団が常に睨みを利かせているからに他ならない。
「――エイジャも、いけそうやな」
「私は無理だよ。戦闘訓練なんて、やったことないもん」
「……いんや、いける」
エイジャの天性の戦闘センスをタキシードは正しく理解していた。そして、よく考えるとエイジャも騎士団に目をつけられるとやばい、という事実をにわかに理解したタキシードが、早々にこの場を立ち去ろうとした時、修練場の方で鋭い声が上がった。




