戦闘狂の憂鬱
「――さて? どなたかしら?」
エイジャはアメリの姿を見たことがあるが、アメリはエイジャを見たことがなかった。そこでエイジャがケージから怯えるタキシードを取り出して見せると、「……ああっ! あの夜の喋る猫ちゃん!」とアメリはタキシードに気が付いたようだった。ハンクの方もタキシードを見てポンッと手を叩いている。
「お久しぶりね……タキシード、さんでしたっけ? お母様に伺っておりますわ。探偵さんなんでしょう?」
「――ご機嫌麗しゅう。この子はエイジャ。ワシの妹や」
「初めまして、アメリさん。私、一度だけアメリさんのこと、見たことあるんですよ?」
「あら、わたくしの調査をなさっていたのかしら? ふふふ。よろしく始めまして、エイジャさん。お兄様とよく似ていらっしゃるのね」
「え、そうですか〜? えへへ」
エイジャがアメリのお世辞を真に受けていた――似ているわけがない。たった一言でエイジャの懐に飛び込んでいくとはアメリ、恐ろしいトーク力。
兜を脱いだアメリの素顔は美人さんだった。巻いた茶髪を無造作に下ろし、瞳も同じ茶色で少し垂れ目気味の目に泣きぼくろがあるのが印象深い。とっても淑女的な話し方をするアメリだが、身に付けた甲冑と隣に立て掛けてあるゴツい錘とのギャップがシュールの極みにある。
ハンクとエイジャが挨拶を交わしていた。タキシードはすぐにでも帰りたかったが、エイジャが二人に誘われて席に着いたため、仕方なく彼女の膝の上に乗った。ここで一人で帰っては後が怖い。
しばらく四人が席で談笑していると、アメリはその後の顛末――ハンクと交際を始めたことと、今度そのハンクと二人揃って騎士団の入団試験を受けることを語ってくれた。お熱いことだ。
騎士団という組織は主に対グロテスクを想定した暴力装置で、首都ガーデンキープから国内を巡回することで、このロザリアンという国を様々な面から安定化させている組織でもある。国家ロザリアンの行政そのものと言ってもいい。
ロザリアン全体で見ると、騎士団はそこそこの人数を抱えており、そしてその組織にはランクが三つ存在する。
騎士団の頂点に君臨するのが〈ベイサルナイツ〉。彼らはくっそ強い。そして王の候補でもある。王に挑戦できるのはベイサルナイツだけだ。王への挑戦は平時であれば年中いつでも可能で、勝てば新たな王が生まれる。強さ至上主義のロザリアンらしいやり方だ。ちなみに現王はもう二十年以上の間、王として君臨しており、その娘もまた、やたらに強いという噂で当分は現体制が続くだろうと言われている。
そしてその下に〈サイドシューツ〉と呼ばれるランクがある。彼らの腕も相当なものだ。おおよそ一人でグロテスク数体と対峙できる力があると言われている。騎士団の作戦隊を指揮できるのもこのサイドシューツからだ。
そして騎士団の末端は〈リーヴス〉と呼ばれる。リーヴスの暮らしは庶民とそんなに変わらない。要するに茨の騎士団の巡回に加わる資格を持っている戦士というだけだ。それなりに力があることが条件となる。
このロザリアンでは、それらサイドシューツとベイサルナイツを形式的に貴族と呼ぶ。リーヴスは貴族とは呼ばない。
貴族というものは、貴族同士で高め合って(交配し合って)より強い子孫を残すための、血筋の証明みたいなものなのだ。だがやはりパッと出で庶民から強者が現れることもあり、そう言った将来有望な血筋を取り込むために、騎士団では定期的に入れ替え戦が行われている。ランクマッチと呼ばれる。
ベイサルナイツが王に挑戦できるように、サイドシューツがベイサルナイツに挑戦でき、リーヴスがサイドシューツに挑戦でき、そして庶民がリーヴスに挑戦できる。特別に、庶民とリーヴスの入れ替え戦は入団試験と呼ばれており、アメリとハンクはその入団試験に挑戦するというわけだ。
なお、貴族は遺伝子からして強いので、サイドシューツとリーヴスの入れ替えは滅多に起こらない。そこには並みの才能だけでは越えられない容易ならざる壁がある。ただし例外的に、貴族に直接見初められると、多くの制限があるものの、入れ替え戦をすっ飛ばして貴族の仲間入りができたりもする。これを玉の輿と呼ぶ。アメリが以前狙っていたやつだ。
アメリとハンクは初めての入団試験とあって、彼女も不安を抑えきれないらしく、それで気分を紛らわせようと街に出てハンクと二人で作戦会議をしていた、ということらしい。今はたまたまそんな経緯で甲冑を着ているが、さすがに普段は普通の服を着ている。アメリは笑ってエイジャにそう話していた。
――どうだか。
確かに、アメリの白い指先は細かく震えてはいる。だがそれは武者震いに違いない。きっと内心、楽しみでしょうがないのだ。タキシードの低い目線からは、手で隠された彼女の口元が歪んでいるのが丸見えだ。
戦闘狂の本性を知る探偵タキシード、あきれ顔の推理だ。
タキシードが一人でそんな推理に勤しむ一方、エイジャは二人を無邪気に明るく励ましていた。
「――でも俺なんて、レスリングくらいしか能がなくて……貴族相手になんて、キャメルクラッチと、タイガードライバー91くらいしか決める自信ないです」
「自分、いけると思うよ」
タキシードは速攻でハンクの不安を払拭してやった。
ハンクは全身宝石甲冑をバックドロップできる膂力の持ち主だ。リーヴス相手であれば、良い勝負以上の活躍が期待できる。それに、先ほどから不安そうに言ってはいるが、話の内容は戦る気満々で自信が感じられる――タイガードライバー91ってなんだ? ちょっと興味ある……。
一方のアメリは、
「――わたくしなんて、ベイサルナイツに比べれば、肥だめの藁屑みたいなものですわ。この程度の力で騎士団に入ろうなんて」
「いや、アメリも十分いけると思うよ」
全身宝石甲冑は重い。着用して動けるだけで強者の証明なのだ。騎士団だって一部の壁役くらいしか着ていないだろう。アメリはその上、軽々動き回り、大きな宝石錘という凶悪な撲殺兵器を軽々と振り回すところを、タキシードは目撃している。そもそも、比べるところがリーブスとサイドシューツをすっ飛ばして最高峰のベイサルナイツである時点で、相当な意識の高さが窺えた――王にでもなる気か、アメリ。
「兄ぃがそう言うんですから大丈夫ですよ! 二人で力を――愛の力を合わせれば向かうところ敵無し! ……そういえば、対戦相手はもう分かっているんですか?」
「ええ、名前はもう公表されておりますわ」
試合は明日だということだ。タキシードは、なんとなく観戦に行きたくなった。アメリがリーヴスを蹂躙するという自分の見立てを確かめたくなったからだ。
「――そうですわ、猫ちゃん。対戦相手の調査を依頼しますわ。遣う獲物、戦闘スタイル、術。猫ちゃんから見てどんな印象だったかも合わせて教えてくださいな」
唐突に、アメリがそんなことを言った。




