未熟な探偵
ジェンマに正義の鉄槌を下した後、ライチはスッキリした様子で帰って行った。ジェンマは――ゴロゴロしながら舐めておいたのですぐに立ち上がれるだろう。
タキシード達はその足でミシェルをホエールスに連れて行き、開店準備中のバワーズに紹介した。予想通り、ミシェルは彼に好印象だった。
一方のミシェルはと言えば、先ほどお喋りした時にタキシードがバワーズのことを海坊主と呼ばれる恐ろしい悪鬼、という話で脅かしておいたせいで少しビビっていたのだが、すぐにそれはタキシードの冗談だったと気付いた様子で、話はすいすいと進んだ。今日はもう遅いので後日面談となるらしい。ミシェルの方も親に相談が要ると言うことだ。
タキシードは自分の策が当たった事にご満悦。エイジャの機嫌もいつの間にか元に戻っていた。今朝の状態で二人きりにされたら、タキシードの猫並にちっちゃな心臓は半日と持たず、ペキョっと潰れてしまっていたかも知れない。
そんなこんなでミシェルを送り届けた帰り道。
「――もう、兄ぃ。またミシェルちゃんに貸しを作っちゃって」
「え、どういう意味?」
タキシードは身に覚えがないエイジャのお咎めに、訳が分からず当惑した。もう夜で、彼はケージの外に出て歩いていた。
エイジャ説では、ミシェルは先日助けられた恩返しで宝石を持ってきたつもりだったのだという。それで貸し借りなしの状態だったものを、タキシードが仕事口を紹介してまた恩を売ったというのだ。
タキシードとしては、彼女を助けたのはあくまで仕事の一環であり、貸しだとは思っていなかった。エイジャ説が正しければ、なんだか恩着せがましい面倒臭い猫だと思われなかっただろうか。タキシードは少し心配になった。
「はぁ~、兄ぃはこれだから」
「なんやそれ」
エイジャが額に指を当てて思わせぶりに頭を振って見せた。タキシードは少しむっとなって言い返す。
「ワシは悪いことはしてへんで。結果的に丸く収まったやんか」
「兄ぃは、もっと女の子の気持ちを分かってあげないと」
「ワシは……分かっとるよ。エイジャの考えてることだって丸わかりや!」
タキシードの大見得に、エイジャが目を細めてぷぃっとそっぽを向いた。これはプチお怒りモードだ。タキシードは焦った。
「……エイジャ。今朝からそんな怒ってばっかいると、シワ増えるで」
「……私が何で怒っているのか、わかんないの?」
「え、ワシが勝手にグロテスクと、どつき合ったからやないの?」
グロテスクは危険だ。奴らは近くの生き物を見境なく殺しにくる上、話も通じず、決してひるまず、また何をしてくるか分からない。手練れの戦士でもあっけなく命を落とすことがある。そしてタキシードはご覧とおり猫。脆弱極まりない。
いつもだと、グロテスクが出現した場合は必ずエイジャを呼んで二人で当たるか、あるいは、もうその戦闘自体を回避するのが二人の約束事だった。にもかかわらずタキシードが勝手に戦ったのを怒っているのだとばかり思っていたタキシード。
「――違うよ。それはミシェルちゃんを助けるためだったんでしょ。それはいいの。そうじゃなくて、そんな大事な話を兄ぃがずっと黙ってからでしょ」
「あ、そういう――」
タキシードの推理、大外れ。
「い、いやな、隠してたわけじゃないんやで。なんかこう、混沌とした現場やったからな。こう、頭の整理をしとったら時間が経ってただけで」
「帰った時にすぐに話せばいいのに」
「そしたらエイジャが心配するやん? なんかあの日、お前ご機嫌やったし」
「……」
エイジャの紫紺の瞳が、蛍石の光に当たって揺れたように見えた。
――実に未熟な兄の女性関係よ。恋愛経験がなさ過ぎるせいだろうか、なかなかエイジャの考えを先回りできない。今も、彼女の考えていることが分からない。
とはいえ、その点どうしろというのか。ジェンマを見習って辻的にナンパしまくってみようか。数撃てば、猫を性的に見てくれる女性に当たるかも知れない――いや、そんな女だったらそうだったで、なんか嫌だ。
そんなことを考えながら、タキシードが地面と睨みっこしながら、とぼとぼ歩いていると、急に身体がふわりと浮いた。
「――まったくもー……兄ぃは私がいないと駄目なんだな~」
エイジャに片手で抱きかかえられたタキシードは、最近ペット扱いが過ぎる妹に対して、兄という肩書きをどのように守っていくべきかと、彼女の肩の上で本気で悩むのだった。
〈次回予告〉
「兄ぃ! もう観念して!」
「――ふぎゅぅ」
タキシードはエイジャに捕まった。
年貢の納め時だ。
次回、黒猫探偵と戦闘狂。
乞うご期待!




