結婚詐欺師の噂
エイジャに声を掛けたのは、焦げ茶色の短髪を揺らす快活そうな少女だった。
「ライチ、どうしたの?」
「男に騙されたぁ~!」
そう言ってへたり込み、エイジャの膝に泣きついたのはご近所の娘ライチ。先日のお祭りでヘルプに来た青年カシスの姉だ。エイジャはきょとんとしている。
「騙されたって、なにがあったの?」
「それがさぁ――」
そこからケロッとしたライチが、そさくさとミシェルの隣に座り、ぺらぺらと語り始めた内容は、見知らぬ男に結婚詐欺にあって乙女心を弄ばれたという話だった。
曰く、街で声を掛けられ、ナンパだと思って軽くあしらっていたのだが、熱心に口説かれ続けた末に、そこまで言うならと近くのカフェでお茶だけOKしたところ、そこからはライチをべた褒め。やれ君は美しい。やれ君の細首にはこの宝石が似合う、などと言葉巧みに誘導されてネックレスを付けさせられ、実際そのネックレスは非常に良く出来たものでライチも満更ではない気分になっていたところ、その男はいつの間にか彼女の前から消え去っていた。
「ライチ、自分、ゼニ払ってへんの? そんなら騙されたって言うか、貢がれただけなんとちが――」
「乙女の純情を弄ぶなんてっ!」
「許せませんっ!」
タキシードのもっともな指摘は、握りこぶしを作って立ち上がったエイジャとミシェルによってかき消された。両者とも目が燃えている。ライチも彼女達に挟まれた位置で腕を組んで、ウンウンと得心したように頷いていた。
――エイジャは分かるが、ミシェルはどうした。
「これが証拠よっ!」
そう言ってライチが取り出して見せたのは、細い金色のチェーンに小さめの石がひとつぶら下がったペンダントネックレスだった。その宝石の内部には、深い霧の奥に青い光が隠されていた――月長石だ。特徴的な石なのでタキシードでもすぐに分かった。チェーンの方も非常に細くて金属の輪が見えないほどで、高度な彫金技術を感じる。
むーん、と唸りながらそのネックレスを手に取って眺めるエイジャとミシェル。タキシードはその間に、気になっていたことをライチに確認する。
「なぁライチ、結婚してほしいとか言われたん?」
「え? 言われてないけど」
「ほな、やっぱり詐欺ちゃうやん」
あっけらかんと言うライチに真っ当な指摘を入れたはずのタキシードだが、そこに脇から抗議の声が上がる。ミシェルだ。
「タキシードさん、月長石は最近流行の婚約宝石なんですよ――日長石と月長石。決してひとつになれないふたつの石。これを持ち合うことが運命に逆らう決意の象徴として、若者の間でウケているんです!」
何やらロマンチックなことを言っているが、日長石と月長石は反発し合うのでくっつかないというだけの話だ。ただ、月長石は比較的珍しい石でもある。宝石格も碇石だったとタキシードは記憶していた。大きくないのでさほど力はないと思われるが、これをポンポン貢げるとなると、一体全体何者なのか。
「これを渡したということは、それはもう結婚の申し込みに他なりませんっ‼」
ミシェルもやる気だ。おっとりしてそうでも、やはりバミューダの女だ。
「ミシェル、自分そんなに積極的な感じちゃうやろ。キャラ間違うてるで――」
「エイジャ、あたしが依頼人よ! あの結婚詐欺野郎をとっちめて‼」
「任せて‼」
ライチとエイジャが、歴戦をくぐり抜けた戦友のようにがっしりと腕を組んだ。もう誰も、タキシードの話を聞いていない。
「お、おいエイジャ、依頼なら料金を――」
「兄ぃ、行くよっ! ケージ取ってきて! ミシェルちゃんも早く食べてっ!」
「……えぇ、ワシが? 自分で自分の檻を取って来させるの?」
「はやくっ‼」
「はい」
エイジャはそう言って、タキシードの食べかけのハンバーグと、自分の分の残りをがーっとかき込み始めた。ミシェルもいそいそと食べている。ライチもちゃっかりタキシードのまだ手を付けていないライスを食べていた。
お昼ご飯を全て奪われたタキシードは、果肉亭のおっちゃん(店長)に窓を開けてもらい、すごすごと店を出た。彼は自分を閉じ込める檻を取りに行けという酷な命令に従い、しょんぼり空を翔るのだった。




