ミシェルの再就職
エイジャが玄関を開け、タキシードはエイジャのスカートをくぐって外に出た。事務所の庭は綺麗に整っており、芝生の匂いが心地よかった。
事務所は丘を登る道の途中にあり、近くに他に家は無く、一番近くの定食屋に行くにも丘の下まで歩かなくてはならない。かなり面倒くさい立地ではあるが、エイジャは健脚。タキシードには翼があり、むしろ高いところにあった方が色々と都合が良かった。
ミシェルとエイジャが並んで歩き、その後ろをタキシードも付いていく。あの後、オロオロするタキシードに「私もタキシードさんとお昼が食べたいです」とミシェルが救いの手を差し伸べてくれたおかげで、タキシードは昼飯抜きの刑を免れている。
坂道を下り、一回ヘアピンカーブを曲がればすぐにベリーヒルの麓に着いた。行きつけの定食屋はその坂道の登り口にある――果肉亭だ。店の窓は脂の焼ける煙を吐き出していた。立地が立地だけに主に地元客が通う店なのだが、その味は南バミューダ中心界隈の味とためを張る。グルメな人間は遠くからも足を運ぶ程度に名店だった。
「――え、ドレアスさんのところ辞めるの?」
タキシードが〈ハンバーグ定食塩分控えめタマネギ抜き果肉ソースましまし〉に目を細めて囓り付いていた時、口に運びかけたフォークを止めたエイジャが小さく驚きの声を上げた。
「はい。元々辞めようかと思っていたので、丁度良いかなと思って」
「――まぁ、あんな事あったしな。ここだけの話、ドレアスは胡散臭い。正解やで」
ペロペロ舌なめずりしながらタキシードが顔を上げると、エイジャが口を拭いてくれた。若干、力が強くて頭が振られる。
「そっかぁ。ジュニアくんは駄目だったか」
そう言って嘆息をついたエイジャ。
「ジュニアはな、悪くはなさそうなんやけどな。でもあのドレアスの息子やし、遊ばれるだけ遊ばれてポイッ、やで。きっと」
「またそんなこと言ってー!」
「あはは……」と苦笑いするミシェルの前で、タキシードの脇腹をツンツンするエイジャ。その一刺し一刺しが宿す意外な鋭さに「うっ」と声が漏れるタキシード。
「――うっ、ほんで? ミシェルはこの後うっ、どうすんの? うっ……」
「はい……それが、まだ決めていないんです。今はどこも使用人を募集していなくて。これまでの経験を活かして、飲食店などでも働けないか探してみようと思っています」
「飲食店うっ、ねぇ……あうっ! そうや、それならうっ、ええとこ紹介したろうっ、か?」
「えっ、本当ですか?」
「おおうっ、ワシの知り合いにな、ホエールスっちゅー飲食店をうっ、やっとる奴がおるぅ、わ」
「おぉ」とエイジャが感心そうな声を出してタキシードへの責めをやめた。
「そうだね、兄ぃ。そういえばバワーズさん、従業員の子が辞めちゃって困ってるって言ってた!」
「せやろ? 緑色尖晶石通りの近くなんやけど、ミシェルが良ければ口利いたるわ」
「そんな……ありがとうございます、タキシードさん……」
タキシードはグロテスクの落とした宝石を、機転を利かせて持ってきてくれたミシェルを高く買っている。なかなかできることではない。
ミシェルは少しそばかすがある、整った顔立ちの、おっとりした雰囲気の娘だった。薄い水色の髪を今は上げてまとめているが、下ろして化粧を覚えれば将来は美人になるだろう。気立ても良さそうだし、元使用人ということであれば仕事の方も大丈夫。バワーズも喜ぶと思われる。ここでバワーズに恩を売り、かつミシェルに恩を返す。
宵越しの借りは作りたくない探偵タキシード、ウルトラCの提案だ。
微笑むミシェルに後頭部を撫でられ、得意げにえっへんと鼻を鳴らしたタキシードは、再びハンバーグに齧り付く仕事に戻った。
「――じゃあ、ミシェルちゃん。この後バワーズさんのお店に行ってみよっか! 私が紹介してあげるよ」
(え……それワシの仕事……)
そう言おうとしてタキシードが顔を上げた時、エイジャの後ろから声が掛かった。
「あっ、エイジャ~! ちょっと聞いてよー‼」




