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ドレアス家の危機

 パパパパッと四度空が閃いた。


 タキシードの思索はドンドンという乱暴な音と、雷の音に打ち消された。ドレアス邸の玄関に張り付いた四つの人影が、雷の音に隠れてドアを破ろうとしていたのだ。タキシードは茫然(ぼうぜん)とそれ見つめ、はっと我に返った。


 警告する暇も無かった。バァンという破砕音と共に四つの人影がドレアス邸の中に侵入していくのが見えた。


 ――落ち着け。


 “先ほどの影”は後回しだ。あの四つの人影が、恐らくドレアスが恐れていたその者達だろう。この豪雨と雷では声が通らない。今から助けを呼んでくる暇はなさそうな、剣呑(けんのん)な空気があの人影からは感じられた。


 あの押し入った連中は、突入音を隠す、この雷雨を待ってずっと近くに(ひそ)んでいたのかも知れない。


(――相手もプロやな)


 探偵業務はあくまで調査だ。助けるのは業務外だが――見捨てるわけにもいかない。これでドレアスに何かあれば、まだ受け取っていない延長調査料金が支払われないかも知れないし、逆にここで恩を売っておけばボーナスをせしめられるかも知れない。


 いつもの調子が戻ってきたタキシードが濡れた翼で空気を打ち払い、水滴を飛ばしつつ舞い上がって、ドレアス邸の破られた玄関からそのまま滑空で中に飛び込んだ。


 玄関ホールに音もなく着地した直後、二階から甲高い悲鳴が届いた。タキシードはブルブル身体を震わせて全身に染みた水を飛ばすと、彼は忍び足で、かつ素早く、階段を滑るように駆け上がって二階へ向かった。


 タキシードが階段から頭を出して覗いた時、四人の粗暴な男達がセーフルームの前でたむろしているのが見えた――いや、もう一人いる。あれは……使用人の少女ミシェルだ。ミシェルが男達に捕まっていた。捕まえているのは四人の中でも少し身なりが良さそうな男だった。ボサボサに伸ばした茶色髪と、細い目つきが特徴的だった。


 そして、その茶髪ロン毛の男の腰には“剣”らしき獲物が見えた。


 ――剣持ちは人斬り。


 タキシードの首が強張った。


 剣はグロテスクに対してあまり有効ではない。剣を持つということは、対人を前提としているということだ。


 ミシェル以外の家人が囚われていないことから、ドレアス家族は全員難を逃れてセーフルームにいるようだ。


「――大人しく星遺物(オーパーツ)を渡しな。渡せばこの女も助けてやるし、そのまま俺たちは帰る。渡さねぇつもりなら――」


「(ミシェルさん!)」というくぐもった声が聞こえた。聞いたことがない声だ。息子のジュニアだろうか。その頼りない声に男達から嘲笑(ちょうしょう)が漏れた。


悪辣(あくらつ)そうな強盗やんか)


 想像以上に状況は切迫していた。タキシードは胸中で舌打ちした。一対一ならまだ何とかなるが、四対一だとタキシードには勝ち目がない。猫と人間の体格差が、超えられない壁となって立ちふさがっている。そもそも悪党退治は警察や騎士団の仕事であって探偵業務ではない。


「だ、旦那様……」


「(父さん、星遺物(オーパーツ)って何の話なんですか! そんなもの一体どこに――)」


「(黙っていろっ! ジュニア!)」


 ミシェルの震える声、ジュニアの焦燥した声、そしてドレアスの怒声。それを聞いたリーダー風の男が無造作に腕を振り下ろすと、乾いた布が裂ける音とミシェルの甲高い悲鳴が屋敷に響いた。


 ――これはいけない。


 ミシェルも大変だが、この流れだとジュニアがドアを開けて収拾がつかなくなりそうだ。普通は使用人にそこまでしないが、ジュニアには動機がある。エイジャの胸キュン推理に感謝。


 タキシードの翼がバァン! と強く空気を叩いた。その場にいた全員の注目が、しゃなりしゃなりと部屋に入ってくるタキシードの姿に注がれる。


「なぁ自分ら、今日は――」


 タキシードが立ち止まり、翼を大きく広げた。


「その辺でお(しま)いにせえへん? ちょっと気になることがあってな」


 脈絡もなく現れたずぶ濡れのタキシードは、黒いぼろ雑巾に翼が生えたような、得体の知れない怪物に見えたのかも知れない。場慣れして奸悪(かんあく)そうなリーダー格の男もすぐには声が出てこなかった様子だ。見知らぬ第三者の乱入に、セーフルームの向こうからも困惑の気配が伝わってくる。


 茶髪ロン毛のリーダー格の男が再起動した。


「――なんだ、てめぇは」


「そうやなぁ、にーちゃんらの死神かもな」


 バサァッと翼をもう一度振ってみせると、男達がたじろいだ。


 正面衝突は避けたい。タキシードは肉弾戦に弱いのだ。タキシードの狙いはミシェルだ。この状況を好転させるにはミシェルを逃がすしかない。このままビビらせ続けて()を待つ。


「(どなたか存じ上げませんが、助けてください!)」


 セーフルームの向こうから妻カレンの声が聞こえた。ドレアス一家はタキシードの声を知らない。だがミシェルは気付いた様子だった。エイジャが持っていたゲージの中にいた黒猫と、目の前のタキシードがリンクしたようだ。小さく揺れたミシェルの瞳に、タキシードが逃げるように必死でアイコンタクトをする――伝わってるかなぁ?


 どちらにせよ、ミシェルは腰が抜けていて、身体が戻るまでかなり時間が掛かりそうだった。状況は厳しい。


「――猫、か? なんだか知らねぇが、それ以上近づくと殺すぞ」


 リーダー格の男が持つ、緑地に赤い斑点が散った剣がミシェルの喉に触れ、「ひっ」という声が彼女の口から漏れた。だが、タキシードは内心の動揺を抑えて歩み寄りを続ける。ここで立ち止まると、ドレアス側の関係者だとモロバレして不利になるからだ。ミシェルに人質の価値を与えてはいけない。


「(ミシェルさん!)」というジュニアの声が聞こえた。しかしタキシードは止まらない。


「それが、やな。ちょっと、そんなことしてる場合ちゃうねん。よう聞けアホども、あのな――」


 もう少しで強盗の四人全員がタキシードの射程に入る。そうしたら一番危なそうなリーダー格の男を拘束し、のこりの連中は衰弱させて、その間にミシェルを舐めて元気にしてから一緒に逃げよう。この雨だ、外に出てタキシードがサポートすれば逃げ切れる。


 そうタキシードが算段をつけた、その瞬間、窓ガラスがけたたましい音を立てて()ぜた。


「――そこまでだっ‼」


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