お宅訪問
ノン探偵モードのエイジャが、微笑を浮かべながら、お洒落なペット用ケージを下げて街を歩いていた。ケージの側面は一部メッシュ状になっており、そこにはご機嫌な彼女とは対照的に憮然としたタキシードの顔が。
タキシードは大人しくケージの中でお座りして、周囲の様子を窺っていた。彼は昼間やむなくエイジャと一緒に街で活動する時、ケージに入れられて移動する。こうしていれば、ペットの黒猫を連れたスタイルのいい美女が、今日のカフェを求めて街を歩いている風にしか見えない。ありがちな設定だ。エイジャの背中から、無骨な金属製の六尺棒――その名を〈暴威をしたためる筆〉が頭を出していることを除けば、だが。
タキシードはこの“お散歩”があまり好きではないが、エイジャは好きらしい。
二人はドレアスの自宅に向かっていた。早々に実地調査して見積もりを出すためだ。今回、やや不穏な空気が感じられたのでエイジャ一人で行かせるわけにもいかず、こうしてタキシードも同行している。
エイジャは並のごろつきでは相手にならないほどの剛の者だが、万が一グロテスクが出てくる事態になると流石に楽勝とまではいかない。彼女が本気を出すにはタキシードの助けが要る。
ドレアスの自宅は庭付きの二階建てで、かなり裕福そうだった。バミューダに限らず、〈碇石〉に支えられる集落や都市はどこも土地が限られている。平均的な金持ちで街中の庭付きは無理だ。タキシード探偵事務所の立地はとんでも無く辺鄙な上、半分農地みたいな場所だから庭付きに住めているだけなのだ。
ドレアス邸のよく整えられた庭を横切ると、そこでは子供が一人遊んでいた。たぶんあれが息子だろう。まぁまぁ大きい。ご近所の青年カシスよりは幼い感じだ。そんな息子の顔だけ確認して通り過ぎ、玄関ドアをエイジャがノックすれば、すぐに使用人らしい若い娘が出てきた。
「こんにちわー。タキシード探偵事務所の者です」
「あ、伺っております。こちらへどうぞ」
ぴょこりと頭を下げた使用人の少女に、エイジャも釣られてぴょこんと頭を下げると、案内されるままに「おじゃましまーす」と内部に入った。
屋内の天井は高く、ワックスの独特な匂いがタキシードの鼻を突いた。使用人の少女は一瞬ペットケージと黒猫の存在に不思議そうな顔になったが、すぐに気を取り直してエイジャを奥へと案内した。
ダイニングルームらしき場所にはドレアスの妻がいた。髪は下ろしていたが仕立てのいい服を着ていた。彼女はアポ無しのエイジャの往訪に嫌な顔をせず応じてくれた。
「――今朝、ご主人のドレアスさんに依頼を受けて早速調査に参りました」
「まぁ、お仕事が早くて頼もしいですね」
エイジャはドレアスの妻に好意的に受け入れられたようだった。ゆっくりと品良く話す妻は、エイジャを椅子に座らせると、二人は状況のあらましの確認した。そうして簡単な事務的な話を済ませると、エイジャは屋敷内外の確認を言い訳にドレアスの妻を連れて席を立った。タキシードがそのタイミングでこっそりケージから出る。
家の中の気配は、妻と使用人の少女だけだった。使用人は今キッチン付近におり、エイジャが「まずは外から見せていただけますか? あと息子さんにもご紹介を――」などと、妻を言葉巧みに連れ出してしまえば、これでタキシードは思う存分この家の中を調べられた。
全ての部屋のドアは当然閉まっていたものの、タキシードが両手でドアノブにぶら下がって、えっちらおっちらすればドアは簡単に開いた。鍵の付いていないドアなどでは、探偵タキシードの侵入を阻むことはできない。
家の中の様子を見る限り、相当裕福なことが窺えた。一階のリビングには壁泉――部屋の壁に設えられた半円形の池と口から水を噴く獅子の顔――まである。
――狙われる理由はいくらでもありそうだ。金、物、嫉妬、怨恨。そして、仕事のいざこざ。
タキシードが使用人の少女の目を盗んで一通り家の中を徘徊した結果、内部は普通の家だったのだが、やはりと言うべきか、二階の主寝室近くに鍵の掛かった頑丈な部屋があった。タキシードは経験上、これはセーフルームだと目星を付けた。強盗などに襲われた時に逃げ込む頑丈な部屋だ。いくら金持ちでも、ここまでやる家は少ない。逆説的に、そういった可能性を考えている、ということでもある。
(なんか臭いな、ドレアス)
鍵の掛かった部屋はそこだけだったが、タキシードの素晴らしい聴覚が、地下室へ降りる階段の、その踊り場床下に空洞があることを察知した。流石に猫の手でそれを引っぺがして開けることはできなかったが、隠し部屋の存在が疑われた。
極牙会の猫が飼われてないかと期待したが、あいにくドレアス家にペットはいなかった。




