まともな依頼
近頃、自宅を見張られているようで気味が悪い。夜、家の周辺で変な音がする。最近、息子が見知らぬ男に腕を引かれるという事があった。調査して欲しい。
久々に舞い込んできた、まともな依頼を聞いたタキシードは、足を揃えたエイジャの膝の上でスフィンクス座りしつつ、目を細めて感動に打ち震えていた。タキシードにも探偵の矜持が残っていたのだ。なんでもバワーズ――緑色尖晶石通りの近くで飲食店を経営するタキシード達の代理人――の紹介でここ、タキシード探偵事務所に足を運んだらしい。昼前のことだ。
「息子さんが……それは心配でしょうね」
「ええ……それに、おとといの事なのですが、妻が窓から妙な男を見たと言いまして、ええ、もうこれは居ても立ってもいられなくなりまして。それで、仕事の伝でバワーズさんの噂を耳にしまして、なんでもそういった仕事に顔が広いということで、ええ、相談しましたところ、ここに腕利きの探偵さんがいらっしゃると聞き及んで参った次第です。ええ」
曰く、依頼人のドレアスには心当たりがない。また、直接的な被害がまだ起こっていないので警察案件でもない。これは正統派探偵案件だった。
「そうなりますと、今のお話だけでは調査期間が不明ですので、まずは着手金をお支払いいただいて、すぐにドレアスさんのお宅、および周辺の様子を確認させていただきます。その後、見積もりを作りますので、調査を継続するかは内容と金額をご確認の上で――」
エイジャがすらすらと調査の流れを説明していく。普段の彼女はゆるいが、仕事になるとできる子に豹変する。頼もしいかぎりだ。その間にタキシードは依頼人ドレアスを観察する。
先ほどからずっと、遠慮無くエイジャの胸から下に固定された視線が不快だ。エイジャの鎖骨付近から視線が下がっていき、やがて膝の上のタキシードと目が合うと慌てて視線を上に戻す。その繰り返しだった。スケベおやじめ。
ドレアスは太った中年の男で、やけに汗をかいている。身なりはしっかりとしていて、何か商いでもやっている雰囲気だ。両手に付けた指輪の数が多い。儲かっているのだろう。
着手金、鉄貨十枚。ふっかけた感じだが、ドレアスは値切ることなく頷いた。流石はエイジャ、ナイス判断だ。彼女の麗しい指先がそっとタキシードの喉に触れた。さらにカリカリと喉の下を掻く。これは彼女が乗り気の証拠だ。
――やや“匂う”依頼だ。未遂とはいえ息子が被害を受けているわけで、警察に相談してもいい状況にもかかわらず、届け出ずに探偵に調査させる。
タキシードは逡巡し、喉をゴロゴロ鳴らした。
ドレアスの金払いは良さそうだ。先日お祭りでそれなりに稼いだが、あぶく銭とまでは言わないが、しょせんは臨時収入。エイジャにひもじい思いをさせないためには、稼げるときに稼がなければならない。
エイジャが差し出した書類に、さらさらとサインしたドレアスが、早速懐から鉄貨を取り出した。彼はそれを持ったままテーブルの上に手を伸ばし、「どうぞ」と言った。
エイジャが鉄貨を受け取ろうと伸ばした手に、ドレアスの汗ばんだ手が触れる、その直前、ドレアスの指先で一筋の白刃が閃いた。反射的にドレアスの手がビクリと震え、うっかり落とした鉄貨をエイジャが空中で器用に全部キャッチした。いつの間にかテーブルの上に移動していたタキシードの爪が、ギラリと光を放っていた。
仕事があるとのことで、そさくさとドレアスは帰った。タキシードが放つ得体の知れない圧力を感じ取ったようだった。
「うまくやったな、エイジャ」
「……うん」
エイジャはあまり浮かない表情を見せた。
「兄ぃも変だと思った?」
「ああ、変やな。ドレアスは金持ちそうやし、面倒ごとになる可能性も視野に入れんとな」
正統派案件で探偵を雇うというのは、大概が訳ありの金持ちなのだ。庶民が探偵にまとまった金を落とす事柄と言えば、嫉妬に駆られた浮気調査くらいなもの。訳ありを避けていては探偵は成立しない。
ローテーブルの上で両手両脚をピーンと伸ばし、背中に山を作ってプルプル全身に血流を巡らせるタキシードを、エイジャが抱き上げた。
「――今から行く?」
「せやな」
「じゃ、久しぶりのお散歩だね!」
「……せやな……」
仕方ないと自分を慰めるタキシードをおいて、エイジャがニコニコしながらお散歩セットを取りに奥に向かった。その背中に向かいタキシードは「武装もな」と声をかけるのを忘れなかった。




