情報漏洩
どうもヴェラスケスはしばらく前に保健所を辞めていたらしい。理由はその職員も知らなかった。
「困ったねぇ」
「うーん……」
腕を組んで天を仰いだエイジャとタキシード。
実はタキシードは、シャバーニの手前黙っていたのだが、別の保健所職員からヴェラスケス退職の理由を聞き出していた。そこから考えられる次の手立ては――。
「……イノライダーんとこ行こ」
「イノライダーさん? レストレイドで追うの?」
意外そうな顔をしたエイジャに向かい、タキシードは「いや」とだけ言ってシャバーニに行き先を示した。
イノライダーが務める南バミューダ警察本部は街の中心部にあった。騎士団の南バミューダ支部の隣だ。あまり騎士団とは関わり合いたくないタキシードは、シャバーニと一緒に路地に身を潜め、エイジャを使いに出してイノライダーを呼び出してもらうことにした。
エイジャが後ろ手を組んで鼻歌交じりに警察に入っていくと、しばらくしてレストレイドを連れたイノライダーが彼女と一緒に出てきた。
路地に入ってくるなり、レストレイドが吠えた。応じて、路地の影から姿を現す大きなゴリラ。
「――うぉ⁉ ……ゴリラぁ?」
少しだけ後じさり、すぐに訝しそうにシャバーニに顔を寄せたイノライダー。ゴリラの頭の上に乗ったタキシードと目が合うと、イノライダーは「ちわッス」と二本指で敬礼して見せた――相変わらず軽いなぁ。
「――どうしたんスか所長、このゴリラ? イケメンすねぇ……」
「なんなら自分、お付き合いしたら?」
「あっ、自分、犬派なんで」
軽口を言い合いつつも、タキシードは要件をイノライダーに伝えた。
「ヴェラスケス、ッスか。なんか事件なんスか? ひょっとしてこの子猫ちゃんに関係のあることッスね。にへへへっ……」
そう言ったイノライダーの視線はニュートン――の先のエイジャの白い膨らみに注がれていた。
「いや、大したことじゃないねんけど、あれや、最近“送られた”男の中から探して欲しいんや。元保健所の職員な」
タキシードがそう言うと、イノライダーは一瞬だけ口をつぐみ、「りょーかいッス」と言ってまた警察の中に帰って行った。
エイジャもタキシードの言葉で察したのか、レストレイドを構いながら黙って待っていた。
間もなくして、イノライダーは渋い顔をしながら紙っぺら一枚を持って戻ってきた。彼女はタキシードの元まで来ると、黙って彼を持ち上げ、自分の肩の上に乗せた。するとタキシードの視線が自然とイノライダーが持つ紙に書かれた内容が読める位置に来た。
黙って内容を確認するタキシード。
「一応、ヴェラスケスが使ってた部屋はまだ現場保存されているみたいッスね。旅人街の施設みたいッスよ」
そう言って煙草を吹かし始めたイノライダーは、書類の一点を指し示した。
「おお。警察情報の漏洩、ご苦労。助かったわ。これで自分、悪徳警官レベルがまたひとつ上がったな」
「へへっ……いつものことじゃないッスか。それを言ったら所長にもアウトロー探偵の肩書きを捧げるッスよ。それじゃあ、エイジャちゃんのご尊顔が名残惜しいッスけど、ちょっと溜まってる書類があるッスから、自分は失礼するッス」
イノライダーはこうやってタキシードにグレー(ほぼ真っ黒)な協力もしてくれる。一連の行為をばらされたら彼女の警察人生はお終いだ。では彼女はタキシードに弱みを握られっぱなしなのかというと、そういうわけではない。イノライダーはタキシードが密告すれば、タキシードの秘密――遡源や癒やしの不思議パワーの件を騎士団に暴露するという、彼が最も嫌がる反撃に打って出られる。二人はそうやってお互いに弱みを握り合っている状態というわけだ。
イノライダーの飄々とした歩みを見送ったタキシードは、シャバーニの前に降り立ってお座りし、姿勢を正した。
「シャバーニ君。ちゃんと話すから、落ち着いて聞いてな。お気の毒なんやけど、ヴェラスケスはな、もう死亡しとる」




