南大三角連合会
翌日の昼下がり、ベリーヒル頂上の広場に獣達が集っていた。
タキシードの近くを仲のいい猫友達が固め、周囲に油断なく睨みを利かせている。
それに正面から対峙するのは、灰色の長毛猫を先頭にした猫陣営。灰猫の名はウェルシュ。今、南バミューダで一番勢いのある新興勢力――〈極牙会〉の頭だ。極牙会の幹部は貴族街の猫で固められており、高級ミルクと高純度キャットニップをばらまいて強引に勢力を伸ばしている、半グレ集団に毛が生えたような組織だ。これが迷惑な連中なのだ。
その両者をお座りで睥睨するのが片目の潰れた大型犬――老犬カジノが率いる〈隻仁組〉。南バミューダの野良犬を全て仕切っている武闘派だ。彼らは堅気の人間――特に子供に吠えたり噛みついたりすることを許さない仁義の者達でもある。隻仁組にはタキシードも頭が上がらない。
少し離れた草むらには小さなネズミの影が大量に蠢いていた。〈窮鼠猫咬一家〉だ。チュー五郎を中心とした南バミューダ一大勢力で、街中のゴミを掃除する無くてはならない存在だった。実は、チュー五郎は密かにタキシードと繋がった舎弟で、窮鼠猫咬一家は実質タキシードの支配下にある。窮鼠猫“咬”一家という名前には、窮鼠猫“神”一家という忠誠の暗号が隠されていた。なお、チュー太郎からチュー四郎はもう死んだ。ネズミの一生は儚い。
そして、周囲の木の上に陣取っているのは野鳥の面々。鳩のポジャック二世が見事な手腕でまとめ上げた〈二代目清漁會〉だ。伝統と格式を重んじる彼らは、漁師のおこぼれを貰うと同時に、窮鼠猫咬一家とは街の残飯を争う間柄だった。しかし、ポジャック“一世”が極牙会の末端構成員に殺られて以来、後を引き継いだポジャック二世は窮鼠猫咬一家と同盟を結んで極牙会と対立している。あの時はタキシードにも殺しの嫌疑が掛かって弁解するのに大変だった。
ちなみに、タキシードはこの流れで〈任侠紳士組〉を名乗っている。モットーはみんな行儀良くだ。
タキシードは南バミューダに住み着いてから、ひっちゃかめっちゃな抗争状態にあったこの街の極道勢力をそのコミュニケーション能力で調停し、こうして今では定期的に顔合わせを催すことで勢力の拮抗を保つという、結構な大役を担っていたのだ。これを〈南大三角連合会〉――〈グレート・サウスデルタ・アライアンス〉と呼ぶ。彼がバミューダの夜の支配者を自称するのにも、それなりの理由があった。
なお、北バミューダと東バミューダにもそれぞれ別の大三角連合会があり、三つ巴でお互いの勢力を争っているのだが、それはまた別のお話。
「はい、ちゅーもく。今日集まってもろうたんは、お久しぶりの顔合わせと、あと、とあるブツの捜索のお手伝いをしてほしいからや」
タキシードの声に、周囲からワンワン、ニャーニャー。その他諸々の獣の声がざわめき立ち、その様子を見た人間が恐怖に顔を引き攣らせてベリーヒルの頂上から逃げていった。
極牙会のウェルシュが立ち上がった。タキシードが近づいて身体をすり寄せる。
「ふむふむ……清漁會のどいつかに突かれて怪我を負った奴がいる。落とし前つけて貰わんとこまる、とな」
そうタキシードが声に出すと、木々の上から抗議の鳴き声が聞こえてきた。バサバサと一羽の鳩――ポジャック二世が降り立ち、ポーと声を出したので今度はそちらにタキシードが身体を寄せる。
「なになに……あれは極牙会の若いのが、公園で餌を貰っている鳥に飛び掛かって来たのが先で、やむなく反撃して撃退した。そう言うとるな」
そう言ったタキシードにウェルシュが強引に身体をこすり付ける。
「ははあ……美味しそうにお尻をふりふりして挑発していたのはそっちの方やんか、やって」
タキシードはメッセンジャー・マスタリーによって動物と心を交わす。だがそれは動物の言葉を解せるわけではない。身体を触れあわせた相手の気持ちと考えが分かり、また伝えられるだけだ。ただし、不思議とタキシードの声は一方的に伝えることができた。こんな理由から、タキシードはこうして各勢力の通訳として頑張っていたのだ。
発言がある場合はタキシードの前で立ち上がる。その度にタキシードが身体を寄せて話を理解し、言葉にして全体に聞かせる。動物勢力達はタキシードを介さないと会話できないので、彼は常に忙しい。
(正直、この会合めんどくさい……)
今日もこうしてそれぞれの話を伝えた上で適当になだめたり、解決策を提案したりしながら会合は進む。
実のところ、タキシードが一番頼りにしているのは隻仁組のカジノだ。話が分かるし、あんまりこうやってタキシードを困らせたりしないからだ。特に最近は極牙会の活動が目に余る。そろそろカジノに相談して適当に粛正してもらった方がいいかも知れない。
夕方になってやっと場が落ち着いたところで、タキシードが本題を切り出す。
「――で、それでやな。ラベンダー製の藁人形を見つけてほしいんや」
このタキシードの依頼に、獣たちは興味を示さなかった。当然だろう。彼らになんのメリットもない。そこで、
「見つけた奴には――この飴ちゃんを授ける!」
そう言ってタキシードが琥珀の欠片を咥えて取り出すと、猫の手で器用に掲げて見せた。それを見た動物たちの目の色が変わった。琥珀はひとたび噛み砕けば甘くて美味しい完全栄養食だ。動物たちから見ると仙桃の如き甘美な逸品に映る。
老犬カジノが立ち上がった。タキシードが頭をゴツンとぶつけ、ついでに痒かった耳の裏を強めにこすりつける。
「……そうやな、ただの藁人形やと追えんとは思う。ただな、ラベンダーは今の時期珍しいことと、あと、その持ち主の匂いもある」
そう言ってタキシードはあの泣いていた女の子ラフランのハンカチを取り出した。昨晩借りておいたものだ。途端に獣たちが押し寄せてくる。いつの間にか、皆やる気満々になっていた。
「落としたのはこのベリーヒルの坂道付近。ただ、昨日の夜探してみても見つからんかったことを鑑みると、誰かが拾って持ち去っている可能性もあるな。捜索域は南バミューダ全域でたのむわ。えー、ついでに最近の街の様子も調べてきて。久々に連携の訓練といこうや。明日の昼過ぎにもう一度集合な。それじゃあ皆、よろしく頼むで」




