大商い
「らっさいらっさーい! ちょいとそこのおねーちゃん、まじこんにちわ。美味しい焼き鳥屋さん、よってってや~‼」
「こ、こんにちわ……」
タキシードは店先で台に乗ってお澄ましの上、猫招きで客寄せに勤しんでいた。癖のある喋りに加え、両手でお願いポーズを決めて招くという妙技も披露すれば効果はてきめんだった。タキシードの首に提げた、がま口ポーチにも飲食代とは関係の無い小銭が増えていく。
こうして店は繁盛。持ち帰りも含めて事務所前には行列が出来ていた。
「えーっ、なにこの猫ーっ⁉ かわいい~!」
「えっと……あの、じゃあ三人で……」
「あいよっ! お三方ごあんなーい!」
「「いらっしゃいませー!」」
エイジャの声に重なって、もう一人男の声が響いた。予想外の集客に、タキシードは慌ててご近所の青年――カシスを半ば強引に引っ張ってきてホールをやらせていたのだ。カシスが元気よく返事して女性三人組を道端のテーブルに案内し、注文を取ってくる。
カシスが注文表を持って行くのは、屋台で焼き鳥を拵え続けるエイジャだ。彼女は髪を後ろに括り、タンクトップの上にエプロンという精力的な格好で骸炭コンロの前に立っていた。
エイジャの白い腕と肩がせわしなく動き、そして肋骨まで見えるほど開いた脇からは悩ましい柔らかな膨らみが覗いている。「客寄せにはエプロンの脇から見える横乳が最適や!」と血迷ったタキシードに「まかせてっ!」とエイジャが無邪気に乗っかった形だ。普段、エイジャの貞淑をくどくどと説くタキシードも、この時ばかりは欲望全開。経済的に後がない彼に恥も外聞もない。この仁義なき商売に上辺の建前は不要。失敗すれば夜逃げまっしぐら。やるかやられるか、だ。
するとどうだ、道行く野郎どもの視線はチラチラ。屋台に並ぶ男どもの鼻の下は伸びっぱなし。見事なタキシードの作戦勝ちだった。
「エイジャちゃん、新規オーダー入ったよ。あと三番卓にモモ、カシラ、やげん軟骨二本ずつ追加!」
「はーい!」
仕事はそつなくこなしているカシスだが、彼の視線も定まっていない。カシスもエイジャにデレデレ。
「おいカシス、仕事中やぞ」
「……ちゃんと仕事はしてるだろ」
はっとしたカシスが、店先で客を招くタキシードに口を尖らせた。
「心外そうに言うとるけどな……チラチラ、チラチラ、下心が丸見えなんや! このませガキがっ!」
「な、な……俺はそんなにガキじゃねぇ!」
確かに、カシスをガキというには無理がある。短い茶髪に黒い瞳、素朴な格好をしてはいるが背丈はエイジャなみにあり、青年一歩手前と言ったところか。彼は果樹園で家の手伝いをして働いていることもあって、体つきもしっかりとしていた。
「代わりは幾らでもおるんやからな。エイジャのためならタダでも働きたいという殊勝な男どもが、わんさか自分の後釜狙っとるわ。分かったら――五番卓さん呼んどるで」
「猫のくせに偉そうに……」
何か言い返してきそうなカシスだったが、タキシードが睨みつけてシャキンと爪を出して見せれば、カシスは小さく舌打ちして仕事に戻っていった。
エイジャが男を、タキシードが女子供を集めれば店は大盛況。在庫はすいすい捌けていく。朝には生贄めいて禍々しく山積みになっていた鶏肉のストックは、なんと夕刻前には第二便を含めて全部捌けてしまった。
ハイタッチした三人――カシスが割り込んできたが、テンションマックスだったタキシードは不覚にも受け入れてしまった――は片付けを済ませ、タキシードがカシスに約束の賃金を支払ってシッシと追い払った時点で、まだ陽は残っていた。
時間を持て余した二人は近くで苦戦する屋台(主にタキシード達のせい)の助っ人に入って大活躍を見せた。挙げ句の果てにはお礼のフルーツまでたんまりせしめたタキシードは、今日の売り上げと合わせてニンマリえびす顔。
「ありがたいの~ありがたいの~」
「本懐を遂げたね、兄ぃ!」
両手をぐっと胸の前で握り締めて見せたエイジャ。
「おお……難しい言葉知っとるなエイジャ。でもそれ、あんま口では言わんなぁ……というかそれ使い方あっとるの? まぁ、これでしばらくはひもじい思いをせんで済みそうやな」
いただいたフルーツはもちろん落果した下の下のものだが、それでもフルーツは高級品だ。ビタミンたっぷり。思わぬボーナスにエイジャもウキウキ顔でタキシードを高い高いしてお祝いだ。
そろそろ夕刻も過ぎた頃、陽が落ち始めると観光客の足も途絶え、お祭りは終息に向かった。
二人は打ち上げに参加するため、一足先にベリーヒルの坂を登っていた。
高揚とした気分で山頂に向かう途中、ふと、タキシードは道脇の木の陰に、男の子が一人で隠れているのを見つけた。
「んん?」
男の子の視線の先では、女の子が親に手を繋がれて歩いていた。裕福そうな女の子だ。タキシードは状況が分からず、はてと首をかしげる。
「なぁおい、エイジャ……あの子供」
「んー、誰だろ? この辺りだと見かけない子だね」
タキシードがエイジャの腕から飛び降りて男の子に近づき、声をかける。
「――なぁ自分、なにしとるん?」
「うわっ!」
男の子はタキシードの声にびっくりしたのか、落としかけた眼鏡を押さえながら、慌てて走り去ってしまった。子供らしからぬ、いい香りがふわりと漂った。
「なんや?」
――急に猫に話しかけられたから驚いたのだろうか? エイジャに行かせればよかった。それにしても逃げることないのに。
訝しむタキシードだったが、エイジャの「兄ぃー、早くいこーよ!」という声に引かれて、すぐにその場を後にした。




