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タキシード探偵事務所

「ほら、最近できた私の文通友達がね、まだ先のことみたいなんだけど、バミューダに来るつもりなんだって。そしたら一回会いましょうって言っててね……ああー、きんちょーするなー!」


「ほ〜、あの、なんって言ったっけ? けったいな名前の。まだ手紙やりとりしとったん?」


「うん……どんな人だろう。ちょー強いらしいんだけど」


「……自分で自分のこと強いとか言うとるの? そいつ相当なナルシーか、ただのアホやで」


 ここはタキシードとエイジャの自宅兼探偵事務所。


 エイジャは机に突っ伏してそんなことを言い、タキシードがその机の上で彼女の赤髪を前足でちょいちょいと悪戯(いたずら)しながら適当に相づちを打つ。そんな昼下がり。


 二人はこの巨大都市(ポリス)バミューダで探偵業を営んでいる。客の入りは上々――とは言い難いことは、こんな真っ昼間から事務所でだらだらしているエイジャの姿を見れば明らかだろう。


 タキシードはすとんと机から降りると、窓の方にとことこ駆けていき、開いた窓の枠に音もなく跳び乗って、バサリと翼で空気を打ち払った。この事務所は丘の頂上に向かう道の途中に建っていて、ちょっと高い位置にある。だから窓からは都市全体を俯瞰(ふかん)できた。


 キラキラとした街並みの向こうには大きな湖が広がっていて、その上を白い鳥の群れが飛び、遠くから風に乗って鳥の鳴き声が聞こえてくる。


 ここバミューダは、国家〈ロザリアン〉の中でも一、二を争う規模を誇る都市(ポリス)だ。事務所から見える街並みはひと目で見渡せないほど大きく、この時間帯はこんな辺鄙(へんぴ)な場所にまで街の喧噪が届く。


 街の奥に見える湖が〈バミューダ海〉。海の名を与えられるほど広大な、三角形の形をした湖だ。バミューダはこの三角湖の頂点に当たる位置に三つの市街地を(よう)し、それぞれ〈東バミューダ〉、〈北バミューダ〉、〈南バミューダ〉と呼ばれ、三つ合わせて都市(ポリス)バミューダと呼ばれる。


 タキシードの探偵事務所があるのが、南バミューダだ。三つの市街地で最も経済活動が活発な区域でもある。一方の東バミューダは首都ガーデンキープへの砦として要塞化された行政区画であり、一般人にはあまりなじみがない。最後の北バミューダは住宅地兼農地のような雰囲気が強く、わりとのんびりした街だ。


 三角湖――バミューダ海はこの都市(ポリス)の命綱だった。生活用水だけでなく、食料の大部分もこの三角湖に頼っている。漁業が盛んというのはあらゆる集落(コロニー)都市(ポリス)を見渡しても際立って特徴的であり、ここ南バミューダにはそんな水の(さち)を求めて旅人や〈遊奪民(トライブ)〉が集まることで、一大商業地区として栄えていた。


 風が窓を通り抜けると、気流に乗ってどこからともなく水産物の焼ける香ばしい匂いが漂ってきた。


 鼻が良いというと、一般的に犬を思い浮かべるが、猫も負けじと鼻が効く。そしてなにより、猫は耳が抜群に良い。遠くの馬車の走る音を聞いて、どんな馬車が何人乗せてどっちに向かって走っているのか特定できる。また、人の歩く音――靴底の種類と床の素材、そして歩く癖によって異なる音、リズム、そして衣服や付帯物の音を含めて聞き分け、その人物を特定できたりもする。何の前触れもなく猫が玄関に向かって走り出し、しばらくすると家主が帰ってくる。あの超能力には理由があった。


 そしてそんな優れたタキシードの聴覚が、聞き慣れない足音を事務所の外に捉えた。女性、細身、カツカツという靴の音は労働者の靴ではない。それなりに裕福な人物だ。


「――エイジャ、お客さんやで」


 エイジャが机の上でカバッと顔を上げた。背中まで垂れた、ぱやぱやした赤い跳ね毛。頭上にピンと立つ猫耳。紫紺(しこん)の瞳。縦に割れた瞳孔。美人の前に可愛らしさが立つ顔つきは、あどけなさの奥深くに妖艶(ようえん)さを隠しており、体内に留め切れていない活力が、そんな彼女の魅力を一段も二段も引き立てていた。


 エイジャが座ったまま「んんーっ」と伸びをすると、彼女の首に巻かれたチョーカー中心にある無色(カラーレス)の宝石が七色の煌めき(ファイア)を放った。


 しばらくして、扉をコツコツと叩く音が立った。


「はいはい、はーい」


 エイジャが机を立ち、鼻歌まじりに応接用のテーブルを横切って扉に向かって歩いて行く。その歩みに合わせて彼女の赤い髪が跳ね、スカートの裾がひらひらと舞った。


 エイジャの服装は、胸を包んだだけのチューブトップを首元から伸びるネックレスで吊った形をしており、白い肩や、すらりとした腕も、縦に長いお(へそ)も丸出しで、その下のなだらかな丸みまで見えていて随分と軽快なものだった。一方の下半身は足首まで覆う深いスリット入りのロングスカートであり、しかし随分とローライズでもあり、ともすると踊り子めいた扇情(せんじょう)的な服装と受け取られてもおかしくはないのだが、それでも品が良く見えるのは、ひとえに彼女が振りまく健康美の賜物(たまもの)だった。


 タキシードはそんな妹の後ろ姿を見て、今日も大きく嘆息をついた。


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