思わぬ遭遇
真っ先に向かったのは事件を訴えてきたお宅だ。家人の了解を得て現場の物干し場にやって来ると、そこで子供が一人で遊んでいた。アベリーだ。この家の息子で、まだ小さな太っちょ。味噌っ歯で目つきが悪い。
「おう、アベリー。ちょっとええか? 最近ここで下着盗まれたって聞いたんやけど、自分、なんか知らんか?」
タキシードが声を掛けると、アベリーが振り向きざまに放ったひと言は、
「――エイジャねーちゃんのスカートの中、見せてくれたら答えるっ!」
「クソガキ、しばき倒すぞ」
タキシードがシャーッと牙を剥くとアベリーは「わー」と言いながら両手を挙げて走り去っていった。
この辺りの子供達は、タキシードに言わせればみんなクソガキだが、アベリーは特に酷い。逆に将来が心配になるほどのセクハラっぷりだ――この家の教育どうなっているのだろうか。親父さんが取ってくるブルーベリーはとても美味しいのに。
「あっはは。アベリーって面白い子だよね」
「おもんない。ぜんっっぜん、おもんないでエイジャ」
タキシードが気を取り直して物干し場の匂いを嗅いでみるが、特に嗅ぎ慣れない匂いは残っていなかった。犬ほどではないが、猫の鼻もなかなかのものだ。その鼻がこれっぽっちの痕跡も嗅ぎ取れないとなると、本当に風で飛ばされただけなのかも知れない。
「数日前だからね。もう匂いも残ってないんじゃないかな?」
「せやなぁ……やっぱ風で飛ばされたんと違う?」
若干やる気のないタキシードは適当にそんなことを言った。
「うーん、下着より軽い布巾とかが残っていたらしいから、それはないんじゃない?」
「そっかぁ」とタキシードは欠伸した。
まだ眠気が残っていて、タキシードは酷く気だるかった。猫は一日の大半を寝て過ごす。もちろんタキシードはスフィンクスなのだが、似たような傾向にあるらしく、人としての精神力で猫よりも長く活動してはいられるが、ひとたび眠気に襲われると、もうどうしようもないくらいに眠くなる。
「うーん……兄ぃが使い物にならない!」
エイジャもその辺りは心得ていて、タキシードが眠くなったら無理はさせない。彼女は船を漕ぐタキシードを肩に抱えて一人で近くの聞き込みを続けた。
周辺のお宅を聞いて回れば、なんと、そこそこ色々なものが無くなっているではないか。下着を始めとした小さな洗濯物。外に置いておいた作業用手袋。その他細々とした何かが盗られている様子だった。
「おまえが犯人なんじゃないの? 空飛べるし、夜は動き放題なんだろ」
「――ほぅ、そうかもなぁ」
そんなことを言う生意気な青年(カシスという)もいたので、タキシードは鋭い爪をシャキンと見せつけて脅かしておいた。
外に置いてあった赤色尖晶石がなくなってたというおじさんもいた。小さい赤色尖晶石は一度“割る”と色を失うまで暖かいということで、寒い日の必需品となっている。
「これ、普通に事件なんちゃう?」
「何に使うんだろう? お金にならなそうなものばっかり」
「そうやなぁ、ちょっと変よな……」
くぁっと欠伸したタキシードが身体を弛緩させて、でろーんとエイジャの肩にしな垂れ掛かった。
「――もう今日は兄ぃが溶けちゃってるし、明日イノライダーさんのところに行って相談しよっか」
「あいつ……真面目に警察の仕事しとんのか?」
「小さな事件ばっかりだけど、これだけ満遍なく盗られていれば、お仕事してくれるよ。きっと」
エイジャがそんなことを言いながら、タキシードを抱えて事務所に向けて坂を登っていく。やがて二人が事務所の門扉を開いて庭に入ったその時、事務所の裏の方でガサガサと聞き慣れない音がした。
眠気に耐えかねてエイジャの肩でうたた寝していたタキシードの顔が上がった。彼が音に誘われてそちらを見やると、視線の先で小さな影が動いているのを見つけた。
「あ――」
タキシードが声を漏らした。エイジャが彼の視線を追うと、そこには一羽の鳥がいた。くちばしに何かを咥えている。ぽかんと見つめ合う鳥と二人。
「なんや――」
「――ああっ! それ私のパンツ‼」
エイジャが指差しながら張り上げた声に、タキシードは「はぁ⁉」と驚愕した。彼の寝ぼけ眼がくわっと見開かれ、首は伸び、耳もぴんと前に向いた。
その鳥は事務所の裏にある物干しを必死に突き、何かを啄み出していた。細長い――パンツ? だがその違和感は、今のタキシードにとってどうでもいいことだった。
「な、なんやて⁉ おい待てっ!」
その鳥はまんまとその細い布を咥えて羽ばたいた。
一大事だった。妹の危機に眠気も吹っ飛んだタキシード。
「兄ぃ! 眠いのに大丈夫⁉」
「おうよっ! うぉおおおおおおお‼」
タキシードもエイジャの肩から飛び降り、地を蹴り、外壁を蹴って夕方の南バミューダの空に飛び出した。
「待たんかい、そこの鳥公! 止まらんと風切り羽毟ってブロイラーにぶちこむぞ、おんどれぇっ‼」




