タキシードの調査報告
「――ってなことが昨晩あってな」
「きゃー」
タキシードの調査報告を聞くエイジャがきゃっきゃ言っている。そんな朝。
「――いい話だねぇ、兄ぃ」
「……そうか?」
目元を拭うエイジャの感受性の豊かさに少し戸惑い、この話のどこがエモいの? と訝しみつつも、タキシードの頭の中は今日の午後のことで一杯だった。この話をエミリ(母)に伝えに行かなくてはならないのだ。気が重い。
「――ちゅーことでな、あとはよろしゅう頼むで」
そう言って机の上で踵を返したタキシードが「にゃ!」と小さく叫んだ。振り返ってみると、目の据わったエイジャがタキシードの尻尾を掴んで口を尖らせていた。
「――兄ぃが行ったらいいでしょ。もう喋るってバレてもいいじゃん」
「いや……そこはな、頼むわ。ほんまに」
アメリ(娘)のストーリーに加え、喋る猫の登場。エミリ(母)のトークがいつまで続くのか分かったものではない。まだアメリは、タキシードがエミリの差し金だったことを知らないはずだ。うっかり家にいるアメリと鉢合わせてしまえば「ああっ! 昨日の猫!」といった具合で母娘親子丼トーク開催決定だ。肝が冷える。
――されども、行かねば。金がもらえない。
「そんなら、こうしよ。近く“新世界”開催決定や! ……これで手討ちということで、どうや?」
「むむむ……」
――押せば落ちる。
タキシードの目に、獲物を射貫く鋭い眼光が宿った。
結局――。
「まぁ、あの子も年頃だったのね、うふふ――」
エミリ(母)の方から事務所に来た。なんでも、昨晩の内にアメリ(娘)と和解したらしい。こうなると、タキシード達の骨折り損になりかねない状況だったのだが、エミリはアメリの話を聞いて、アメリの心変わりにはタキシードが絡んでいることを確信し、気を利かせて料金を払いに来てくれたのだ。支払いには色が付いていた。エミリは面倒臭い女だが、同時に賢母だった。
翼の映えた黒猫が喋っていた。その情報はそつなくエミリ(母)に伝わっていた様子で、「ところで猫ちゃん、喋るの?」という執拗な追求に観念したタキシードが「ワシがタキシード、ここの探偵所長や。あと、スフィンクスな」とお喋りを解禁すると、エミリの興奮は最高潮に達した。
ひとしきりタキシードをいじった後、「私も若い頃は……」などと自らの武勇伝(犯罪すれすれ)にしばらく花を咲かせて彼女は帰った。血は争えない。身体中の毛をボサボサにされたタキシードは、そう改めて学んだ。人物を評価するには親族の素行調査も大事だ。
タキシードは窓枠に乗った。その後ろにエイジャが立って一緒に外を眺める。街の喧騒が今日も風に乗ってくる。甘辛い匂いがした。
「――昼飯時やな」
「新世界、よろしくね」
「う、いや、それは――」
「エミリさんが来たの、約束した後だったじゃん」
「ぐぅ」
やいのやいの言い合いながら、二人は事務所を出た。近所のお気に入りの定食屋に昼食をとりに行くのだ。
今日は魚じゃなくて肉がいいな。そんなことを考えながらエイジャと並んで歩くタキシードの後ろ、事務所入り口ドアでは、翼の生えた黒猫の看板がプラプラと所在なく揺れていた。
ひとつの話をこれくらいの短編にまとめて話を進めます。
推理ものを期待していた方はごめんなさい。この先も本格ミステリはないです。
〈次回予告〉
カッコー。今日も客は来なかった。
「兄ぃー、おなかすいたよ……」
しかし妹に食わせる金はない。
タキシードは奮然と立ち上がった。
営業に、いくぞ。
次回、貧する黒猫探偵の営業活動。
乞うご期待!




