<2>もう一度、あの場所へ
「K9相当の金ですね。本日価格で9425円の買い取りになりますが、よろしいでしょうか?」
「!! そっ、それでお願いします」
「かしこまりました。少々お待ちください」
夢の中でもらった金色コインを買取ショップに持ち込んだら、1万円に近い現金に化けやがった。
「これは、……やばいな」
受け取った領収書と現金を眺めて、大きく息を吐く。
苦労などせずに、9000円以上の大儲け。
リストラされて現在無職の俺には、デカすぎる収入だ。
「あの酒場に大量の発泡酒買って持って行けば、就活しなくても良いんじゃ!?」
瞬時にそんな考えが頭をよぎった。
至極真っ当な感情だと、心の奥底から思う。
「……俺はどうやって、あの場所に行ったんだ?」
ぼんやりとした記憶には、ぼんやりとした記憶しか残っていない。
『酔っ払ってドアを開けてみる』
『神に祈る』
『魔法陣を書いてみる』
『SNSで聞いてみる』
考え付くことは、片っ端から試して行った。
そうしてたどり着いたのが、
「ステータス。……っ!!!!」
そんな言葉。
――――――――――――
六吏 司 (むつり つかさ)
レベル : 1
職業 : なし
スキル : 異世界のとびら
仲間 : なし
――――――――――――
視界の端に浮かんだ文字は、俺が体を動かすと、音もなくついてきた。
現実離れしたその光景に、感情が高ぶっていく。
「行けるんじゃ、ないか……」
次に試すべきは、スキルだろう。
「異世界のとびら……。!?」
そう言葉にすると、不意に目の前から文字が消える。
代わりとして浮かび上がったのが、真っ黒い玉だった。
ブラックホールのような。
どんな物でも吸い込んで仕舞いそうな、そんな玉。
「……っぁっ!!」
恐る恐る手を伸ばすと、不思議な突風が吹き荒れる。
「ここは……」
ゆっくりと目を開いた先に見えたのは、どこかの市場だろうか?
踏み固められた赤土の上に、ボロボロの布を張っただけの屋台らしきものが所狭しと並んでいる。
色とりどりの果実や、人を丸呑みでもしそうな巨大魚、怪しく光る剣に、鋭い矢をつがえた弓。
日本じゃ見たことのない様々な商品が、巨大な葉っぱや木の樽にのせられていた。
店先に立つ人々も、日本じゃ見かけない布を身につけている。
「来れた、のか?」
剣を太陽に透かして眺めるオッサンや、鉄兜を左手に抱えながらピンク色の果実を頬張る巨乳の女性。
どう見ても日本じゃない。
成功だと思う。
やっと夢で見た場所に来ることが出来た。
これで収入が得られる!
就活なんてしなくて良い!!
そんな思いが半分。
「あの居酒屋に行けるんじゃないのかよ……」
押しつぶされるような不安が、俺の中で渦巻いていた。
発泡酒が入った段ボールを抱え上げて、汗ばんだ手を小さく握る。
空気はホコリっぽくて、嗅ぎ慣れないスパイスの香りが漂っていた。
店先に飾られた剣で、突然刺されたりはしないだろうか?
俺の常識は、通用するのか?
そもそも、言葉だって……。
いや、それよりも!!
「ス、ステータス!」
――――――――――――
六吏 司 (むつり つかさ)
レベル : 1
職業 : なし
スキル : 異世界のとびら
(再使用まで1時間59分)
仲間 : なし
――――――――――――
再使用まで2時間弱。
「帰れるんだな……」
表示された文字に、ホッとため息が漏れた。
2時間後にあの玉を呼び出せば、きっと帰れるだろう。
(再使用まで残り1時間58分)
刻一刻と減る数値を見ていると、ほんの少しだけ心にゆとりが出来ていた。
どうやら最悪の状況ではないらしい。
――それで、酒場はどっちだ?
誰かに聞こうにも、店名すら知らない。
そもそも、誰に話しかければ良い?
果物屋にまで剣が飾ってあるが、あれは売り物ではなく、防犯対策だと思う。
話しかけていきなり切られる事なんて無いとは思うが、出来るだけ優しそうな人に声を掛けたい。
あそこに居る少女なんてどうだろうか?
いや、ここは無難に男の方が良いか?
痴漢に間違われたらやばいもんな。
「おう、あんときの客じゃねぇか。こんなとこに突っ立って、どうしたんだ?」
「っ!? ……マスター!!」
不意に聞こえてきた声に振り向くと、見下ろした先にあの日見た酒場のマスターがたたずんでいた。
立派なあごひげを片手でしごきながら、空いた手で巨大な肉の塊を背負っている。
身長は1メートルくらいだろうか?
こうして立ち並ぶと、俺の腹くらいまでしかない。
だが、その姿がこれ以上ないほどに心強く思う。
周囲は見知らぬ町。見知らぬ人々。
唯一の知り合いが、神にすら見える。
「よかった、探してたんだ! 俺の話を聞いてくれないか? 発泡酒なら大量にあるぞ!」
段ボールの中から缶を1本だけ引き抜いて、彼の前に掲げて見せた。
不意にマスターの眉がピクリとあがる。
険しい顔で、マスターが人差し指をピンと立てた。
「まぁまて、落ち着け。1つ質問だが、おまえさん、この辺の者では無いな?」
「……どうしてそう思う?」
「市場でぼんやりするやつはよそ者だからだ。スリに目を付けられるぞ」
「…………」
まぁ、たしかに。
周囲から浮いている自覚は、ちょっとだけあった。
どうみても服からして違うしな。
「……あそこと、そこ。あの店の商品の影。隠れてるやつらは全部スリやら、盗賊の類だ」
「ぃ゛!? ……まじで?」
「パッと見ただけでも、6人はいるぞ?」
6人って……。
いっ、いわれてみると、確かに怪しい雰囲気が……。
「はぁ……。ようやく理解したか……」
周囲から視線をそらさずに、マスターが肩をすくめて見せた。
海外じゃ日本人は良いカモに見えるって聞くけど、そんなにのほほんとして見えるのか?
……見えるんだろうな。マスターみたいに筋肉ないし。
「まぁ、そう落ち込むな。……こっちに来な」
ニヤリと男らしい笑みを見せたマスターが、道をはずれて裏通りに入っていく。
慌ててその背中を追うと、人通りのない道の真ん中でマスターが歩みを止めた。
「ワシの知らん酒に、見たことのない服装。おまえさん、さては迷い人じゃな?」
「迷い人……? なんだ、それは? 俺は別に――」
「別におまえさんを迷子だなんて思っちゃいね。
迷い人、ってのは、世界の外側から来た者の総称だ。
大抵は数時間だけ姿を見せて、気が付けばいなくなる。おまえさんのようなやつのな」
「…………」
「もう1度聞こうか。おまえさん、迷い人だな?」
「そうかも、知れねぇ……」
「この前は6本しかなかった酒が、今日は増えとる。おまえさんは、世界の出入りも自由、そうだな?」
「……あぁ、多分だけどな」
確証はないが、あの黒い玉を使えば住み慣れたアパートに帰れると思う。
向こうで使えば、またここに来ることが出来ると思う。
「なるほどな……。つまりは100年に1度の希人か……」
ふむふむ、と何やらつぶやきながらマスターが俺の姿をマジマジと見詰める。
「そんなおまえさんに1つアドバイスだ。奴隷を買え」
「奴隷……?」
「あぁ、奴隷だ」
思わずマスターの顔を見返したものの、彼はどこまでも真面目な表情を浮かべていた。