僕はぎゅっと彼女の手を握った。
ゴールデンウイークの明けた日...
ぼくは彼女の手を握った
そして...
高校が始まった。桜の舞い散る大通りを歩きながら、深いため息をついた。ひらひらと散る桜の花びらが頭に落ちる度に重量以上にのし掛かる錯覚が僕を襲った。華の高校生にしてはひねている...そんな言い訳が僕らしい入学の朝だった。
入学式が終わり、新しい教室に入ると、黒板には「自由席」書かれていた。教室は特異なものは無く、茶色い机と椅子が規則正しく並んでいて、壁には前年度使った人逹の落書きがまばらに書いてあった。
僕は人気の無いだろう左後ろの席に座り、本の虫になった。
数少ない友達は転校前の学校に置いてきた。元より社交的でもなく、基本的に本の世界に見せられているので、友達は必要はない。今の友達は芥川さんや夏目さんである。
教室ではだんだん友達の輪が出来上がりつつあり、ガヤガヤと五月蝿くなってきたころ、僕の隣に誰にも気付かれないように女の子が座った。
長い髪で顔はよく見えない。女の子にしては少し背が高くとても不健康な白い肌をしていて、今にも消えそうな雰囲気をまとっていた。
彼女は鞄の中から本を取り出し自分の世界を作り始めた。
僕は再び本に目を落とし読み進め、大体十分ほど経っただろうか。
一息ついたのち、日課である人間観察を始めた。クラスの中心に成りそうな人や目立つ人を見つけて、その人の意見に従って無難な一年を過ごすためである。
本越しに辺りを見渡して、会話に耳をすまして...
あっ、
彼女も本を盾にして辺りを見渡している最中だったのだろう。目が合ってしまった。
僕は恥ずかしくなり目を本に戻した。彼女も本に目を戻し、耳は赤くなっていた。僕は彼女と同じようになっていた赤い耳を何とか冷まそうと本に集中することにした。
その後、先生が来るまで恥ずかしさを紛らわすように本をに囓りついていた。
これが僕と彼女のファーストコンタクトである。この時はこれからゴールデンウィークに入るまでの間に繰り広げられる静かな戦争のことなんて考えもしなかった。
その日から、僕は彼女のことが少し気になっていた。何を読んでいるのか?という疑問は特に尽きなかった。本読みは数が少なくなってしまった絶滅危惧種である。スマホやタブレットの発展に伴い電子書籍を買う人が増えたせいだろう。本物の書籍を買う人は減ってしまったのだ。
なので、他の人が何の本を読んでいるかというのはスマホを覗き込まないとわからないのである。ばれたときの事を考えると、そんな大胆な事は到底無理な話だった。
しかし、彼女はブックカバーも着けずに本を読んでいるのだ。これは同じ趣味をしている人の好みを知るまたとないチャンスだ。そんなことを考えていた。
数日過ぎ、彼女は主にファンタジーの本を読んでいることがわかった。
この事に満足出来なかった。
私は純文学の本が好きだったのだ。
人それぞれ好きな物が違うのは仕方ないということはわかっていた。それなのに彼女がファンタジーを主に読んでいることを理解出来なかった。
僕の私室は本が所狭しと並んでいて壁のようになっている。机の上のパソコンには、埃が被っていて長い間使われていないことがわかる。現役高校の部屋としては特異な物となるだろう。一言で表すなら本で出来た部屋だろうか。
そんな私室の回転する椅子の上で僕の好きな純文学の本をオススメする方法を考えていた。
ファンタジーも良いが純文学も読んで欲しい。しかし恥ずかしくて言えない。手紙も考えたが、それすら恥ずかしい。
思考は堂々巡りで結論を出せないままだった。恥ずかしさを初めとするネガティブな考えと自分のしたい事の欲求では、やはり下向きな考えが強くなってしまって、半場諦めていた。
ガタッ ゴン ドダダダダダ
さっきまで座っていた椅子が壊れてしまい本棚に向かってダイブした。本は雪崩のように僕に襲いかかってきた。幸いにも怪我はなかった。本の中から這い出した僕の目の前に一冊のエッセイ本が目に入った。
あっ、怪我の功名、これしかない。
この時僕は戦争の引き金を引いた。無自覚に...
翌日、教室に生き生きとしながら教室に入った。いつもは重い頭は、今日に限り良い事しか思い浮かばない。どことなくいつもの教室が輝いて見えた。
僕は彼女のために用意した「武器」を机に立てて広げその時が来るのを待った。
がらっ
本命のあの子が教室に入ってきた。今日もいつも通り暗い雰囲気だった。彼女は僕の生き生きとした雰囲気を感じとり不思議に思ったのか、頭を傾げながら僕の隣に座った。
彼女は僕がブックカバーをせずに本を読んでいることに気がついたようだ。彼女は僕の読んでいた本を自分の本越しにちらっと見たて来た。
「若者はファンタジーより純文学を読んだほうがいい。」
そんな題名のエッセイを読んでいた。これが僕の秘策、暗に伝える、である。
きっと彼女になら伝わる、そんな事を考えていた。
彼女は自分の持ってきた本を勢いよく閉じて、眉間にシワを寄せた。僕の方ではなく机を睨み付けていた。
僕と彼女の間の温度が急速に下がっていくのを感じる。
これは...やってしまった?
彼女は今日1日、一度も僕の方を向かず生活をしていた。
翌日、彼女はいつもより早く学校いた。
僕より早く来ていたのは始めての事だった。彼女は赤いオーラを纏い鎮座していた。彼女の本を見ると、
「これからはファンタジー、時代遅れの純文学」
そして火蓋が切って落とされた。
意外にも先に仕掛けてきたのは彼女だった。
その翌日僕の机にはファンタジーな本、全四巻が置いてあった。彼女は本に顔を隠し、少し赤らめながらこちらの様子をうかがってきた。多分この四冊の本は僕への挑戦状だ。
ほう、面白い。
さすがに全部学校で読むのは無理なので家に持って帰った。実際の所、一巻の時点で面白かった。しかし、純文学の本よりも面白いことは無いだろうとたかをくくっていた。
壊れていた椅子をガムテープでグルグルにしてかろうじて椅子として機能した物の上に座り本を読んでいた。
くずっ、
次の日、いつもより早く学校についた。僕は目を真っ赤にして登校した。昨日の本は悔しいが凄くおもしろかった。
彼女は僕のひどく崩れた顔を見て、得意げな顔になった。
負けた、 そんな気になった。
僕は翌日、朝早くにオススメの純文学の本を彼女の机の中に入れた。
彼女は席に座った。いつもの机とは違う違和感に気付き不思議そうな顔した後、机の中の本に気が着いて、しかめっ面をしながら僕の本を読み始めた。彼女の読書のスピードなら放課後までには読み終わるだろう。
五時間目と六時間目の間休み時間、彼女からすすり泣く音が聞こえた。感動したのだろう。
僕は勝った気分になり、彼女をにやけながらみていた。
それに気づいたのだろうか、彼女は悔しそうな顔をしてそっぽ向いた。
僕と彼女は交互に本を机に入れ続けた。何度も本に感動しファンタジー小説も認められるようになっていた。
僕に対してあんなエッセイを持ってきた時は絶対に許せ無かったが、今は僕が悪いと思っている。
この戦争を始めに吹っ掛けたのは僕だ。そんなことを考えていると、急に謝りたい気持ちになってきた。
どうしよう...
素直に謝れたらどれだけ良いことか。そんなことが出来たらこんな回りくどい関係性にはなってない。
何よりも、今謝れば彼女との関係は...
そんなことを考えているうちにゴールデンウィークになった。
ゴールデンウィークの間、彼女の事が頭によぎった。
いつもなら全くと言ってもいいほど家から出ないのに、毎日のように本屋に出かけた。
彼女に会うためではない。
どことなく寂しいのだ。
全く苦で無かった筈の一人が。
本屋で彼女が机に入れてくれた本を見かけると、無性にほしくなった。
私室の本棚には、薄くだが彼女色の混じった物となっていた。
そして机の上には、いつもとは違う本の山ができていた。
学校用
いってきます。
久しぶり登校に少しテンションを上げてしまい、柄にもなく家の玄関で挨拶をしようとしたら、久しぶりに声を発しようとしたのがいけないのだろうか、口パクみたいになってしまった。
桜の花びらはすべて掃かれしまい、葉が青々くなっていた。僕の頭の上にあった桜の花びらは、きれいに消えていた。
ガラッ
早朝、太陽の光の余り入らない教室。少し掃除をしたためか、入学式の時には見られた落書きは無くなり、違うものが顔を出していた。
早めについた教室には...
ガタッ
彼女は本越しにこちらをみていた。
彼女の読んでいた本の題名は
「休戦」
僕はこの時、彼女に渡したかった本を鞄の底に沈めた。
彼女はもしかしたらこの関係が...いやなのかもしれない。
そんな不安が僕を襲った。
授業の事など耳に入って来なかった。
ただ彼女のことしか頭に無かった。
彼女の事が浮かんでは消えて、浮かんでは消えた。
僕は彼女との関係を終わらせたくない!
彼女とのストーリーをもっと紡ぎたい!!
そしてなにより、僕は彼女と...お話がしたい!!!
そう心に決めた僕は静かに放課後を待った。
夕日の差し込む教室。久しぶりに会った友達と話したり騒いだりしている中、彼女はいつも通りコソコソと帰ろうとした。
ぎゅっ
僕は夢中で彼女の手を握った。
彼女こちらを振り返ることは無かった。
何時間たっただろう...
永遠にも感じたそんな時間の後、彼女は...
ぎゅっ
僕の手を握り返した。
どうだったでしょうか。ここまで読んでいただきありがとうございました。
誤字脱字とうありましたら感想で教えてください。
作品に対する指摘なども大歓迎です。
これからも定期的に短編を書くつもりなのでぜひよかったら、また見てください。