その9
ケルベロスやレッドドラゴンには後日相談に伺うことにして、今日は再びユーレスティンの王城へと訪れていた。
「すみません、ユルクさん。今は王と宰相は会議中でして」
「いえ、特に約束していたわけではないですから。こちらこそ、急な訪問で申し訳ありません」
「そ、そそそんな気にしないでくださいっ」
頭を下げる僕の前、アワアワと首と手を振っている宮廷魔法師の制服である黒いローブを身に纏っている少年。
新人のルディルは、まだ15歳なのに優秀な成績をおさめユーレスティン王都学院を飛び級で卒業した秀才だ。
王城の入り口に転移すると、ちょうどルディルが目の前を歩いていた。
今はジオ達の会議が終わるまで時間を潰そうと、城内にある食堂にいる。
「ルディル、仕事の方はどうですか?」
「はいっ! 好きな魔法の研究ができるので、凄く楽しいです!」
「確か、新しい魔法言語を研究しているのでしたね」
「ユルクさんのように古代魔法言語が理解できれば良いのですが、私には相性が悪いようで……」
苦笑して頰を掻くルディル。
今の魔法形態として、現魔法言語を使うものと古代魔法言語を使うものの2つが主流になっている。
現魔法言語とは、今、僕らが日常的に使っている言語を使用した魔法言語で、素質があれば誰でも使える汎用性の高いものだ。そのかわり、制限が多く出来ることには限りがある。
古代魔法言語は2000年以上前の言語を使っており、言葉そのものに力が宿っている特別なものだ。『不老不死』も古代魔法の1つで、強力だが危険の伴うのが特徴だ。今この言語を話すのは古竜種や魔王など、永い刻を生きる種族だけだろう。
古代魔法言語は話すにも魔力を消費するうえ、言語自体に認識阻害の魔法がかけられている。
博識なホワイトドラゴン曰く――古来の魔導師が危険が過ぎる魔法形態を封じる為に、言語に意思を与えたらしい。
魔法自体には興味がない僕としては、彼のその話も軽く流した程度だったが……偶然、城内の図書館で出会った学生時代のルディルに教えたところ、とても興味を示した。
それまで学院でも優秀だが積極性のなさにより目立たなかった彼の頭角も、魔法言語という研究対象を得てからは日の目を浴び。
それからたったの2年で学院を卒業。満を持して宮廷魔法師として研究に明け暮れている。
「現魔法言語の汎用性を残し、且つ従来の制限ありきの魔法を脱する。師匠がとても興味を持っていました。何かあれば相談に乗りますし、頑張ってくださいね」
「シャルダン様が! それに、ユルクさんのお力まで借りられるなんて、光栄です!」
15歳という成長途中の小柄な体格のルディルは、その人懐っこい性格もあって小動物のように見える。
嬉しそうに笑っている彼の深緑の髪を撫でながら、そう思った。
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ルディルと雑談を交わしていると、食堂の入口の方から見知った顔の騎士が入ってきた。
近衛隊長であり、王の警護をしているエルヴァン・フォン・ラインボルトだ。
45という年齢ながらも、未だユーレスティン王国最強の騎士として君臨している方である。
「お久し振りですな、ユルク殿」
厳つい顔立ちと大柄な体格に似合わず、エルヴァンがにこやかに差し出した手を握り返した。
「えぇ、貴方も元気そうで。あれから腕は大丈夫ですか?」
「はっはっは! 大丈夫も何も、前よりも調子が良いくらいですぞ!」
豪快に笑いながら自らの右の二の腕を叩いてみせるエルヴァン。先月訪ねた際に、訓練で腕の骨が傷んでいたので、治癒魔法で治したのだ。
念の為に魔法でも彼の身体を確認したが、問題なく動いているようだ。
「それは良かった。あまり無理をして、また痛めないようにしてくださいね」
「いやぁ、お恥ずかしい。しかし、ユルク殿のおかげでまだまだ王をお護りできるのだ、感謝してもしきれん。若いのには、まだ負けておれんからな!」
「ふふ、頼りにしています。ジオを宜しくお願いしますよ」
「もちろんですとも! おぉ、そうだ。王より応接間へとご案内するよう、仰せつかっておるのだった」
「そうでしたか。では、ルディル。研究、頑張ってください」
「はいっ!」
微笑ましく元気に頷くルディルと別れ、エルヴァンに従っていつもの応接間へと移動する。
部屋のドアをノックすると、中からジオの応える声が聞こえた。
「こんにちは、ジオ、ルー」
「ユルクさん……一応、王としての面子があるので、配下の前でその呼び方は……」
「はっはっは! ユルク殿相手では、シャルダン様以外はみな子供のようなものでございましょう!」
「違いない」
不満げなジオに、愉快そうに笑うエレヴァンと苦笑するルー。
まぁ、確かに100を超えた頃には、年上といえば師匠かドラゴン達のような長命のモンスターくらいなものだ。
「はぁ……それで、今日はどうしたんです?」
「ダンジョンのことで、決まったことを話しておこうかと。あと、運用法についても」
「運用法ですか」
ジオの対面のソファに座り、空間魔法『ボックス』からディアが作った資料を手渡す。
「ダンジョン名はアルカディア、全300層からなるランク別階層になります」
「300層⁉︎ 現在確認されている最多のアルカナでも243層ではっ?」
「それに1つのダンジョンで複数のランク……これまでにないタイプですね」
資料を読んでギョッとした顔をするジオに、横から覗き込んでいるルーが冷静に眼鏡を押し上げた。
その2人の背後に控えているエレヴァンも興味津々な雰囲気を感じ、彼にも同じ資料を渡す。
「それで、運用法について……エレヴァンの意見を聞きたいですね」
「私のですか?」
「はい。実は、冒険者向けにダンジョンを解放するのはもちろん、国の軍事練習の場としても提供していけないかと思いまして」
「ほう……なるほど。ルーティン、どう思う?」
「そうですね……いつも城内の訓練場の鍛錬だけでは限界もありましょう。任務でダンジョンへ潜ることもありますし、ダンジョンの仕組みに慣れる為にも、兵士達の良い経験になるかと」
僕にとっては珍しく王と宰相の顔で相談する2人。
エレヴァンの意見も聞きたい、とその後ろに視線を移すと。
「どうしました? エレヴァン」
「ん?」
ジオとルーも振り返ると、エレヴァンは何処と無く悪くした顔色で、口の端をひくつかせていた。
「……ユ、ユルク殿…………この、B級以上のランクボスなのですが……」
「ランクボス?」
そこまではまだ目を通していなかったのか、ジオ達は手元の資料に視線を戻した。
そして、2人揃って顔を引攣らせ、恐る恐るといった様子で顔を上げる。
「ケルベロス……S級の、しかも幻獣……」
「古竜種の中でも過激と聞くレッドドラゴンですか……それに、このダンジョンボス……」
「ユルク殿がダンジョンボスなど、正気ですか⁉︎」
「やっぱりケルベロスはやり過ぎですよねぇ……レッドドラゴンには手加減を覚えてもらう為にも適当だと思うのですが、僕がダンジョンボスというのも」
「そうですよ! ユルク殿がボスなんてっ」
「役不足ですよね」
「逆ですから!!!!!」
エレヴァンが何やら必死に否定していますが、そこは別に気を遣わなくても大丈夫なんですけどね。
ジオは未だ食い入るように資料を眺めているし、ルーは諦めたように溜息をついた。
「ユルクさんが創るダンジョンですから……普通のダンジョンになるなんて思っていなかったですがね。世界で唯一、攻略者の出ないダンジョンになりそうだ」
「はは、ルーは大袈裟ですね」
「はぁ……ともかく、私はダンジョンへの軍事演習は賛成です。エルヴァンもそれで良いですね?」
「えぇ……はは、部下達が泣きそうだ」
「そうだな。では、我が国から正式にアルカディアへ支援をすることにしましょう」
「あぁ、それは有難いです」
さすがに個人運営では信頼を得るには時間がかかるでしょうし、ユーレスティン王国から正式に認められているとなれば、冒険者も安心して利用してくれるだろう。
詳しいことはまた追って連絡に来るとして、あとは雑談を交わして帰った。