その6
ーーユルクという男は、本物の天才だ。
それまで『魔導師に最も近い存在』として、天才と称されてきたシャルダン・ライトの言葉だ。
単体でドラゴンを討伐し、歴代宮廷魔法師のトップに君臨していた彼ですら、到底敵わないと思わせた存在は後にも先にもユルクのみ。
若干10歳で宮廷魔法師ですら困難とされる『高級回復』を操り、現役のシャルダンですら3時間が限度とした常時並行発動を無意識にこなす。
そして、最も驚くべきことにーー失われた古代魔法である『不老不死』を、たったの5日で習得した。当時、ユルクはまだ15歳。
魔法師の最高峰とされる《魔導師》が誕生した瞬間だった。
当時の宮廷魔法師たちは歓喜した。その教えを享受できるかもしれないと。
当時の上層部の者たちは安堵した。自国から生まれたのなら、敵対をする可能性は低いと。あわよくば、国の戦力になると。
しかし、彼らにとって予想だにしていなかったこと。
それはーーユルクは心からダンジョンにしか興味を持っていなかったのだ。
宮廷魔法師団長の地位を手に、ユルクを勧誘に向かわせた頃にはシャルダンと共に行方知れず。
動向を探させようと諜報員を放とうとすれば、他国からダンジョンマップを更新させた者がいるとの伝達が。
それがユルクらだと知った王が使者を向かわせれば、既に次のダンジョンへ旅立った後。
驚異的な速度でダンジョンを攻略し、マップを更新していくユルクは、いつしか《ダンジョン・マスター》と呼ばれ噂されるようになる。
その噂を頼りに二人を追い、何とか一度、正式に話ができたことがあった。
『え? 魔法師団長? いやいや、僕には務まりませんよ、そんな大役』
『そ、そのようなことはっ』
『そうでしょうか……師匠、どう思います?』
『そうじゃの……まぁ、一つ確かなのは、魔法師団長になれば今のように自由にダンジョン巡りは出来んぞ』
『すみません、このお話はお断りしますね』
『えっ⁉︎』
といった具合に、簡単に断られてしまったが。
しかも別れ際に、シャルダンから『我が弟子を取り込もうとは、いい度胸じゃの』と耳打ちされたとか。
使者として向かわせたのは宮廷魔法師時代のシャルダンの後輩だったのが、物凄い涙目で帰ってきた。
年老い、今は前線を退いたといっても《ドラゴン・キラー》や《王国の英雄》の称号を持つ者。しかも現役時代を凌ぐような力を感じたと、使者の魔法師は言う。
これ以上ちょっかいを出して、変に二人の反感を買ってしまうのも不味いと、ユーレスティン上層部は泣く泣く諦めた。
そして、それは後に英断だったと知れる。
『王国が敵になったとして勝てるかどうか、ですか。そうですね、トップを潰せば終わるのであれば、一瞬で終わりますよ。『転移』で王の元へ行けますから』
『魔法障壁? あぁ……あのくらいなら、あってもなくても変わらないんじゃないですか? 師匠もそうですよね?』
『まぁの。そもそも、あの障壁は昔ワシが張ったものじゃからな』
これを噂で聞いた王が顔を引攣らせ冷や汗を流し、宮廷魔法師が慌てて王宮の障壁を見直したのは言うまでもない。
新しい障壁を張り直した翌日、さも当然のようにユルクらが『ゲート』で王宮内に侵入していたのは、もはやご愛嬌だろう。
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そして時が流れ、現在。
各国の上層部が動向を戦々恐々と伺っているといってもよい、ユルクとシャルダン。
そんな二人が創るダンジョンとは、どんな魔境となるのかと恐れ慄いていることは、本人たちだけが知らぬことであった。
もちろん、ただ純粋にダンジョンの完成を楽しみにしている者たちもいる。
その中の一人であり、手伝いをしているカイシュが、最下層の管理室を訪れると。
【マスター、こちらをどうぞ。】
「ん、ありがとう」
煌めく金髪を高い位置にて一つに結い上げ、ゆったりと背中に流している美女。無表情ながらも清廉された美を感じさせる顔に、透明感の強い白群の瞳。
そんな美女が差し出したカップを微笑みを浮かべ受け取る、不老不死の証であるという真紅の瞳を細め、肩上で揺れる艶やかな白銀の髪の中性的な美男。
有名な絵画よりも目を惹く、いや、目を奪われるような光景に思わず見惚れていたカイシュだったが、見覚えのない女性にハッとしてユルクに尋ねた。
「ユルクさん、その方は……?」
「あぁ、カイシュ。いらっしゃい。ほら、ディア。挨拶して」
【はい、マスター。ーー私はアルカディア、マスター・ユルクが創りしダンジョンです。】
「ア、アルカディア……ダンジョンそのものが、どうしてその姿に……?」
ユルクに促され、綺麗な動作で一礼する女性ーーアルカディアに、カイシュは動揺を隠しきれない。
ユルク(アルカディア)の言葉を疑うことはないが、それでも信じられない事態に脳が混乱していた。
「さぁ……どうしてなのでしょうか。気付いたら人型になっていましたね」
「えぇ……」
「まぁ、アルカディアであることはすぐに分かりましたし、人型である方が何かと便利ですから」
助手として助かっています、と笑いかけるユルクに、静かに頭を下げるアルカディア。
【勿体無きお言葉です。】
そういって、微かに笑みを浮かべたようにも見える。
ダンジョン、その制御装置が勝手に人型となったことだけでも驚きなのに、どうやら感情も持つようだ。
どう考えても、ユルクが造った魔導具であることが原因に思えてならない。他のダンジョンで、人型をとり自立する制御装置など聞いたことがない。
それでも「まぁ、ユルクさんだし」と心の中で頷き受け入れたカイシュ。
無意識の天才ーーその片鱗どころか塊を間近で見続けた者たちにとって、これくらいのことは当然なのだ。
このことを世の魔法師が知ったら、ほとんどの者は驚愕のあまり失神してしまうだろうが。
その後、訪れたライシュとミーナも同じような反応と共に納得し、シャルダンに至っては溜息をついただけであった。
そして今日も、彼らにとっての日常が過ぎていく。