その2
僕の生まれた村があるユーレスティン王国は、広大な大地を誇る大国の一つ。
山も海もあり、農業に適した平地もある。気候も年中穏やか。自国だけで自給自足できるので、戦争になっても強い。
でも、土地が豊かな分、他国から狙われやすいのは当然。王国は豊潤な領土だけでなく、屈強な戦士を輩出する国としても名を知られている。
まぁ、そうじゃなきゃ大国とまではなれなかっただろう。
そんなユーレスティン王国の王都ダルへミア、その王城に僕と師匠は訪れていた。
応接間にて、僕らと対面しているのは国王であるジオルダル・ディ・ユーレスティンと、宰相であるルーティン・マクシミアン。
「久しぶりに顔を出したと思ったら、土地をくれとは……」
「しかもダンジョンを作る為と……まぁ、ユルクさんらしいといえば、らしいのですが」
呆れ顔の2人に、師匠もうんうんと頷いている。
「本当に、ユルクの頭の中にはダンジョンのことしか入っておらんからの」
「師匠……ジオとルーまで、僕を何だと思っているんですか」
『ダンジョンオタク』
声を揃えてきっぱり言う3人に、思わず溜息が出た。
ジオルダルとルーティンは生まれた頃から知っているので、僕にとっては親戚の子のような感覚。
しかし、見た目が20歳くらいで止まっている僕と、もう40代となった2人が並ぶと親子のようにしか見えない。
不老不死は15歳で使ったけど、外見が子供のままだと色々と面倒なので、体の成長を促す『身体成長』という魔法を作って20歳くらいの姿になった。
『身体強化』という体に作用する魔法がすでにあったから、アレンジして作るのは簡単だった。
「新しい魔法をこうも簡単にのぉ……」って、何故か師匠は遠い目をしていたけどね。
そういう師匠の身体も、外見こそおじいさんのままだけど能力は僕と同じ20代の青年。宮廷魔法師として活躍していた、それこそ全盛期の力がある。
まぁ、師匠が活躍していた時代は僕が生まれていない時だから、実際は知らないんだけど。
外見も若くしたら? と勧めたけど「いきなり若くなっても見苦しいじゃろ」と断られた。確かに、師匠が僕と同じ年齢に見えるのは違和感ある。
「それで、どれくらいの土地が入り用なんです?」
首を傾げるジオに、僕は持ってきた地図を互いの間にあるテーブルに広げる。
それはユーレスティン王国の地図で、王都を中心として左上。北西の方角に赤く丸してある部分があった。
「この辺りで、地上はそんなにいらないんだけど……多少、地中に穴を開けたりしても大丈夫な場所が欲しいんです」
「ふむ……ここは、レイグス辺境伯の領地だったか?」
「そうですね。確か、前当主のライシュ殿とユルクさんはお知り合いでしたか」
「はい。一緒にダンジョン探索をした仲です。実はもうカイシュには会ってきていて、土地を使う許可も貰っているんですよ」
胸ポケットから折り畳まれた紙を取り出し、ジオに手渡す。それは、現当主であるカイシュ・レイグス辺境伯の正式な許可書。
内容としては「王からの正式な許可が降りれば、レイグス家は反対しない」といった事が書かれている。
「そうでしたか。では、私からの許可書も出しましょう。王国内に新たなダンジョンが増えるのは、経済的にも利益になるでしょうからな」
「しかも作ったのが《ダンジョン・マスター》のユルクさんとなれば、相当な冒険者が集うと思われます」
「そうだな。《魔導師》と《王国の英雄》の名もあるしな」
うんうんと頷き合っているジオとルーと違い、僕と師匠は少し辟易とした顔を見合わせた。
《ダンジョン・マスター》というのは、僕が師匠と一緒に世界中のダンジョンを攻略している時から呼ばれ出した呼称。
《魔導師》は不老不死の魔法を成功させたことを知った師匠の後輩たち、つまり宮廷魔法師さんが呼び始めた。
《王国の英雄》は師匠を指す呼称で、昔、宮廷魔法師だった頃に王国を襲ったドラゴンを単独で討伐した戦績からきている。ちなみに《ドラゴン・キラー》という呼称もあったり。
師匠は昔から英雄呼びされるのを嫌がっていたけど、僕にも呼称がつくようになってから凄い気持ちが分かる。
自分がそんな大層な存在じゃないという自覚があるので、とても恥ずかしいといいますか。
しかし好意からそう呼んでくれているのも分かるので、あまり嫌とも言えず。
「「はぁ……」」
結果、溜息と共に諦めるほかない。
**********
ジオから許可書を貰い、2人と別れた僕と師匠はその足でレイグス辺境伯の治める土地、カルテノの街へと向かった。
前当主のライシュとはこの街で出会った。当時、まだ少年だったライシュは貴族の長男ながら冒険者にとても憧れていた。
活発な少年時期な為、よく屋敷からこっそり抜け出してはお忍びで街を歩いていたところを、他所から来たゴロツキに絡まれ。
それを、運良く近くを通りかかった僕が助けたのが始まりだ。
次のダンジョンへと向かう途中、師匠が急遽王国に用事ができ、暇だった僕はライシュとよく街で落ち合い語らうようになった。
それまで巡ったダンジョンの話を、目を輝かせながら聞き入っていたのを覚えている。
そして、彼の頼みで次のダンジョン探索に連れて行った。もちろん、彼のご両親には内緒で。
ダンジョン前で合流した師匠が、子供を連れて来た僕に凄い驚いていたけど「僕がちゃんと守るから」という条件付きで、一度だけ許可が降りた。
そのダンジョンはあまり広くなく、トラップもモンスターも少ない初心者向けのもの。
それでも初めての冒険に、ライシュはとても満足したようだった。
当然、帰ったら彼のご両親と屋敷の使用人たちにめちゃくちゃ怒られたけど。
それでもライシュがとても喜んでいたので、僕としては連れて行ってあげて良かったと思っている。
そんなライシュも大人になり、なんと騎士としても成功させ暫く僕らの冒険について来たりしていた。
彼の妻でありカイシュの母は、そんな冒険の最中にライシュが見初めた女性だったりする。
「逞しい子でしたよねぇ、ライシュ」
「昔の君とそっくりじゃな」
僕も12歳の頃には1人でダンジョンに潜っていたし、ライシュの気持ちが凄く分かった。だから怒られる覚悟で連れて行ったんだしね。
そして、そんな父を持ったカイシュも当然のように冒険に憧れる少年に育った。
「お待ちしてました! ユルクさん、シャルダンさん!」
爽やかな笑顔で僕らを出迎えてくれた、茶髪と黒目の好青年といった容姿のカイシュ。17歳になった彼は、若い頃のライシュにとても似ている。
17歳という若さで辺境伯になったのは、ライシュが「俺は冒険に出るんだ!」と飛び出したのが原因だけど、カイシュが優秀に育ったおかげで問題は発生していない。
彼の他に警護の兵が数名。目が合うと笑顔で会釈してくれた。レイグス家の方達は今はとても親切にしてくれる。
「カイシュ、ジオからも許可貰って来ました」
「さすがユルクさん! 王もお二人には頭が上がりませんね」
「まぁ、生まれた時から知ってますし」
「ユルクさんの見た目で言われると、凄く不思議な感じです」
クスクス笑うカイシュと僕は見た目だけは近いからね。
隣では師匠が周辺を見渡して、怪訝そうな顔をした。
「ライシュはどうした? 帰って来ておるのじゃろう?」
「父上は先に向かっています。ふふ、昨夜は楽しみで眠れなかったようですよ?」
「相変わらずじゃのぉ」
こちらです、とカイシュに案内されカルテノの街から少し移動する。
ダンジョン制作予定地はレイグス領のうち、カルテノの街を出て20分ほど歩いた場所。日当たりの関係で植物が育ちにくい、ちょっとした山がある。
人通りもなく、餌がない為に動物も、それを餌とするモンスターもほとんどいない。
もし地中を掘って地面が陥没したとしても、誰にも迷惑のかからない良い土地だ。
カイシュと他愛のない話をしながら移動すると、遠くから僕らを呼ぶ声が。
「ユルクさーん! シャルダンさーん!」
視線を向けると、山の麓に大きく手を振るライシュの姿が見えた。その傍には彼の妻であるミーナもいる。
カイシュをそのまま成長させたのがライシュといった、一目で親子なんだと分かる容姿の二人。濃紫の髪と緑目というミーナの色彩は遺伝しなかったが、彼の優秀さは彼女からだと思う。
近くまで来ると嬉しそうに駆け寄ってくるライシュは、確かに目の下に薄ら隈が出来ていた。
「ライシュ、久し振りですね」
声をかけながら彼に『中級回復』をかけてやる。すると、寝不足の顔色の悪さが消え、隈も見えなくなった。
体調が回復したのが分かったライシュは、気恥しそうに頬をかいている。
「お久し振りです。もしや、カイシュから聞きました?」
「寝不足のことですか? えぇ、相変わらずみたいで安心しました」
「お主はいつまでも子供のような奴よのぉ」
「ははっ、お恥ずかしい限りですよ」
昔、共に旅をしている時も最初の頃は冒険が楽し過ぎて眠れず、魔法で無理やり寝かしつけていたのも、今では微笑ましい思い出だ。
ライシュの隣でクスクスと笑っているミーナに視線を向けると、出会った頃と変わらない優しげ表情で会釈された。
「お久し振りでございます、ユルクさん。シャルダン様も」
「はい、ミーナ。ライシュとの旅は楽しいですか?」
「えぇ、もちろん! あの頃に憧れていた暮らしですもの、とっても楽しいです」
寄り添い視線を交わし微笑み合う二人。
ライシュと同じく、ミーナも貴族出身だ。しかし、彼女は生まれつき足が悪く、遠くへ出掛けることが出来なかった。
僕と師匠、そしてライシュが冒険者ギルドでダンジョンへ入る手続きをしていたところ、彼女の屋敷で働いていた侍女に遭遇。
僕が《魔導師》と呼ばれていたことから「もしかしたら……」という希望を持ち、ミーナの足を治療を依頼してきた。
当時は生まれつきの身体異常を治す医療も魔法もなかったので、1日程待って貰って新しい魔法を創ることになった。
結果として、ミーナの足は治った。半信半疑だったようだけど、これまで使われなかった足の筋肉を促進させ、試しに立って貰った。
ライシュに支えてもらいながらではあるが、生まれて初めて自らの足で立つことができた彼女は、泣きながら「ありがとう」と笑った。
それでも暫くは歩く練習が必要だろうし、もし魔法の効果が一時的なものだと困るので、ライシュには少しの間、様子を見てもらうことに。
僕と師匠がダンジョン探索している間に、二人は仲良くなり、そのまま結婚するにまで至った。
僕らの旅に同行しているとはいえライシュの本来の身分は辺境伯、ミーナの実家は男爵家だが彼女は次女。結婚を反対する者は特にいなかった。
ただ、暫くの間ーー正確にいえば、ミーナがカイシュを身籠もるまで僕らの旅についてきたのは誰も想像していなかったようだけど。
「カイシュはもう立派な大人ですし、安心して好きなだけ冒険に出れるというものです」
「お任せください、父上、母上。でも、たまには私のことも連れて行ってくださいね」
「そうねぇ。親子水入らずで冒険も楽しそう」
レイグス家は家族仲が良くて微笑ましい限りだ。