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怪異の掃除人  作者: 長埜 恵
第1章 円を描く小指
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5 命が惜しけりゃ

 佐谷田さんは、頭を抱えて俯いている。さっきまで高圧的な人ではあったが、そんなことをされると可哀想に思えてくる。

 僕は黙って曽根崎さんの顔を伺った。


「景清君、今日の晩御飯は?」


 え、この流れで帰るの? やっぱり?


「……シチューにしようかと」

「何肉?」

「豚です」

「鳥は?」

「鳥も入れましょうか?」

「おお、贅沢だな」

「僕の金じゃないんで……」

「そういうことかよ。なんてやつだ君は」


 それでもシチューは楽しみなのだろう。心なしかウキウキした足取りで、彼はドアへと向かう。僕もそれに続こうとしたが、佐谷田さんの声が割って入ってきた。


「待ってくれ!」


 足を止める僕とは違い、もう曽根崎さんはドアを開けている。ちょっとぐらい待ってあげたらいいのに。

 佐谷田さんは切羽詰まった表情で、こちらを見ている。


「……君らは、信用していいのか?」

「景清君、帰るよ」

「ま、待て! 違う、この件は最重要機密事項で、外部に漏らすわけには……」

「そうですか。それじゃ」

「……っ!」


 見てられないなあ。

 どんどん外に行こうとする曽根崎さんの腕を掴んだ。


「曽根崎さん」

「……もー、お人好しだな、景清君は」

「もう少し話を聞くだけならいいんじゃないですか?」

「わかってるのか? 君だって危ないんだぞ」

「……」

「うーん、あー、もー」


 曽根崎さんは、面倒そうに頭をガリガリかいた。


「ほんとにちょっとだけだぞ!」

「はい。それで気に入らなかったら、今度こそ帰りましょう」

「佐谷田さん、そんなわけでもうちょい腹割って話せますか?」


 鋭い眼差しが佐谷田さんに刺さる。佐谷田さんは、しかし迷っているようだった。


「……私は、命が惜しい」

「ええ」

「だがその為に、会社の機密事項を吐いてしまっていいものか」

「知りませんよ」


 冷てぇ。


「……最悪、私は組織に消されるかもしれない」


 なんだそれ。まるでマフィアだな。

 だけど佐谷田さんの顔つきは硬く、どうやら物の例えで言っているわけではなさそうだ。


「……まあ、組織とやらに消されなくても、明後日には小指に殺されますよ」


 そしてこちらはやはり冷たい。いつの間にやら長い足を組んで、向かいのソファーに腰を落ち着けていた。


「割り切りたいというなら、私とやる最初のビジネスと考えていただければ。今回の件がうまくいけば、今後似たような事例が起こっても、スムーズな対応ができるでしょう」

「……」

「命より重く、大切なものがあるというなら、後生大事に抱えて沈んでしまえばいい。それも一つです」

「……それは嫌だ……私は、生きたい」

「それでは、どうぞ情報をお教えください」

「……しかし、君らは、これをタネに強請ったり、公表したりするんじゃないか」

「先程も申し上げましたが、金には困ってません。公表する気もありません。本当は興味すら無い」

「では、なぜ君はこんな酔狂なことをする。まさか慈善事業とは言わんだろう」

「……」


 曽根崎さんは怒っているような顔になった。それに怯んだ佐谷田さんだったが、僕にはわかった。

 困り顔なんですよ、それ。


「……私は、私の目的があって、こういった怪奇に関わっています。幸い、能力もそれに見合ったものでしたから、これで食べていくこともできるようになってしまいました。多分、その辺りが理由です」


 雲を掴むが如くの、なんとも頼りない説明だ。だが、さっきの怒り顔で気圧された佐谷田さんは、納得したらしい。


「……わかった。……最後に聞くが、情報を渡せば、本当にあれを消してくれるんだな?」

「こっちが死ぬかもしれないので絶対とは言いませんが、善処します」

「……よし。では、話そう」


 佐谷田さんの額には、脂汗が浮かんでいる。それを拭おうともせず、彼は顔の前で手を重ねた。


「――君は、既にあれの形を見たか」

「地中に埋まっていたので完全には見えていませんが、想像はつきます」

「そうか」


 息が詰まるような空気だ。得体の知れないものに命を狙われているのだから、こればかりは仕方ない。

 佐谷田さんは、絞り出すような声で言う。


「あれは、この研究所で生まれた」


 そんなことだろうと思っていた。


「――元は、人間だったものだ」


 その言葉に思わず息を飲む。それでも曽根崎さんは予想をしていたのか、ただ眉間に皺が寄せただけだった。

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【書籍化情報】
怪異の掃除人・曽根崎慎司の事件ファイル(宝島社文庫)
表紙絵
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