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この作品には 〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ツバメの巣

作者: 鎖宮紫庵


「あれ、もしかして彩香ちゃん?」

大学からの帰り道。後ろからかけられた声に振り返ると、黒を基調としたワンピースに身を包んだ女性がいた。

「私だよ、津畑萌衣。覚えてる?」

「…つばめちゃん?」

「そうそう!久しぶり、元気だった?」

かつてのあだ名を言えば、彼女は嬉しそうに顔をほころばせる。つばめちゃんは高校時代のクラスメートで、みんな彼女のことをあだ名で呼んでいた。

「うん、一応は。大学も順調だし、サークルも楽しいよ。つばめちゃんは?」

「私?私は遠縁の親戚から洋館を譲り受けちゃって、今はそこで暮らしてる。遺産らしいんだけど、郊外だし別に住んでいたわけでもなかったからだいぶ古くて、誰も引き取り手がいなかったらしくて。売ってもよかったんだけど、立地的に高く売れないって話になったらしくて、遠い親戚の私にまで話がきたの」

「郊外?不便じゃない?」

「まあそこそこ。でもそこに住むって言ったら修理とかのお金出してもらえたし、電気も水も通してもらったから生活的には困ってないかな。ほら私、アンティーク好きだったでしょ?洋館とか住んでみたいなとは、昔から思ってたし」

夕暮れ時の、あまり人のいない道。近道だから使っていたけれど、こっちの方なのだろうか。この辺りは住宅街で、この先にもアパートやマンションが立ち並ぶだけなのに。

「そういえば、買い物かなんかならなんでこんな、人気のない道まで?」

不思議に思ったらすぐに聞く癖もあって、私は何も考えずに直接聞く。言ってから、この言い方だとなんだか怪しんでいるみたいだな、と思って慌てて単純に不思議に思っただけだ、と付け足す。

「ごめんね、実はこっそり追いかけてたの。帰り際に見かけて、彩香ちゃんかなとは思ったんだけど…人多くて聞きづらかったし、あんまり自信が持てなくて、つい。駅にでも行けば諦めるつもりだったんだけどね?」

申し訳なさそうな顔をする彼女に、私は苦笑する。

「このままだと家についちゃうと思って慌てて声かけたの?」

「そうそう!彩香ちゃんとは仲良かったし、次いつ会えるかもわからないから、どうせならお話ししたくて…」

「だからと言ってストーカーみたいな真似しなくてもよかったんじゃない?」

「私もそう思った!もう少し早く声かければよかったね」

帰路を訪ねると、近くまでバスが出ているらしい。バス停までは距離があると聞いて、私はそこまで送っていくことにした。家の方角からもそこまで離れていないし、少し帰りが遅くなったって問題はない。

「葉月ちゃんは元気?あの子も、彩香ちゃんと同じ大学に行ったって聞いたけど」

「うん、今でも仲良くしてるよ。学部一緒だし」

高校時代、私は三人の女の子と仲良くしていた。つばめちゃんと、葉月…武蔵野葉月ちゃん、それからすずめちゃん。本名は確か、鈴鳴芽衣だったはず。めい、という名前の子が二人いて、苗字も含めてあだ名を考えたときにどちらも鳥の名前になったから、覚えやすいということで定着した…という経緯だった覚えがある。それにすずめちゃんは小柄な子で、おしゃべりが好きだった。まるで人懐こいスズメがさえずるかのように。

「そういえば、すずめちゃんはどうしてる?すごく仲良かったじゃん」

基本的に私含めた四人で行動していたけれど、すずめちゃんはその中でもつばめちゃんに一番懐いていた。しっかり者のつばめちゃんに、少し不器用なすずめちゃんはよく助けを求めていた。私たちの中だとつばめちゃんが一番物知りで、手先も器用だった。成績はみんな同じくらいだったけれど、すずめちゃんは少し下だった気がする。ケアレスミスが多くて、大抵その減点のせいだった。

「すずめちゃん?…そういえば、最近全然連絡とってないなぁ。卒業してすぐくらいは、よく話してたんだけど…洋館が云々でバタバタしてたりしたのもあって、最近まで連絡してなかった」

「大学行ったとか就職したとか、そういうのも知らない?」

「うん。確か、教えてもらえなかった気がする。私もあの頃は進路がふわふわしてて、とりあえず大学かなぁくらいにしか考えてなかったから、教えてなかったし。あ、なんなら今電話してみよっか?」

肩にかけた黒の鞄からスマホを取り出して、電話をかける。少しして、彼女は画面から耳を離してため息をついた。

「駄目、つながらない。番号変えたのかなぁ」

「ううん、そっか…どこかで会えればいいんだけど」

また四人で集まれないかな、と思っていたから、少しだけ落胆する。少し間があって、そういえば、とつばめちゃんは切り出した。

「今度葉月ちゃんも誘って、うちにこない?お昼ころが開いてるなら、なにかごはん作ってあげる。今思い出したんだけど、少し前にスーパーで買ったお肉が余ってて。安くなってたからつい買いすぎちゃったんだよね」

一人じゃ食べきれないし、どう?と彼女は私の顔を覗き込む。

「お肉腐りやすいもんね…いいよ。葉月にも聞いてみる」

「あの子食いしん坊だし、喜んでくれるかな?あの食べっぷりはまだ健在?」

「うん。あの細い体のどこに入るんだろうね。相変わらずおいしそうに食べてる」

葉月一人で二人分くらいは消費するんじゃないだろうか。それでも最近は太ってきたと言って、少し抑えているらしいけれど。残念ながら、私の目には太ったようには見えないが。

早速、とメッセージを送ってみる。嵐のような速さで参加の旨が返ってきた。

「行きたいって即答されたんだけど」

「早くない?さてはお肉に釣られたな?」

二人してくすくすと笑って、日程を決めていく。来週のお昼頃、このバス停で。葉月は少し遠いから、駅まで私が迎えに行けばいい。

「楽しみだなぁ。料理とか最近は手抜き気味だったけど、誰かに食べてもらえるって思うと張り切っちゃうよね」

「わかるかも。一人だとやる気でないしね」

「今度彩香ちゃんのおうちにも遊びにいこっか?」

「アパート住まいだけど、それでもよければ」

ああ、とても楽しい。まるであの頃に戻ったみたいだ。だからこそ余計に、すずめちゃんがいないことが寂しく思える。

タイミングよくバスが来たので、私たちは手を振ってそれぞれの家路につく。私は少し歩いて自分の住むアパートへ帰った。上着を脱いで、テレビをつける。テレビはちょうどニュース番組で、この街の行方不明事件について話していた。ここ数年の間に、少しずつだが以前より頻繁に起こるようになった行方不明事件。詳細はどうでもいい。物騒な世の中だなと、それくらいしか考えない。同じ街で起こっている話なのに、現実味はなかった。みんなそういうもんだろう。

ニュース番組を適当に聞き流しながら、パソコンを広げてレポートを仕上げる。一週間後の再会を、楽しみにしながら。


「ごめんねぇ、待った?」

駅の改札口、ぱたぱたと葉月が私のところへ駆け寄ってくる。長い茶髪に緩くウエーブがかかった姿は、高校のころからずっと変わっていない。

「んー、少し。なんかあったの?」

「髪留めに髪が絡まっちゃって、さっきトイレに行って奮闘してたんだぁ。結局数本引きちぎる羽目になっちゃったけど、痛いのよりましだよねぇ」

「いつも思うけど、あんたちょっと雑じゃない?」

そうかなぁ、なんて笑う彼女を連れて、待ち合わせ場所のバス停へ向かう。全員集合、とはいかなかったけれど、葉月も私も少し張り切っているようだ。私はもちろん、葉月も普段より少しおしゃれをしている。

「つばめちゃんのおうちかぁ、楽しみだねぇ」

「どれくらいの大きさなんだろう」

「郊外って話でしょ?土地もいっぱいあると思うし、大きいんじゃないかなぁ」

「それだと一人で住むには管理とか大変じゃない?」

「それもそうだねぇ。そういえば、お仕事とか何かしてるのかなぁ」

「聞いてなかった。大学行ったのかも」

「うぅん、どうだろうねぇ…」

他愛のない会話をしながら歩いていく。バス停にはすでにつばめちゃんがいた。

「わぁ、つばめちゃんだぁ。元気だったぁ?」

嬉しそうに駆け寄って、そのまま抱き着く葉月。少しよろけながらも、つばめちゃんは彼女を受け止めた。

「うん、元気だったよ。葉月ちゃんは相変わらずだね?」

「また会えるって聞いて、すっごく楽しみにしてたんだぁ。毎日八時間しか寝れなかったよぉ」

普通に寝てるじゃん!と笑いながら、つばめちゃんが頭を撫でる。

「飛びつかれてびっくりしたけど、昔から変わってないね」

「んぃ、そんな変わってない?」

「うん。彩香ちゃんからいまだにたくさん食べるって聞いたし、今日はちょっと多めに作ったくらい」

「ほんとはちょっとダイエット中だったけど、今日くらいはいいよねぇ。いっぱい食べるぅ」

バス停でじゃれあう二人をなだめて、ついでと言わんばかりに葉月に抱き着かれたりしながら、バスを待つ。十分ほどでバスが到着し、私たちはそれに乗ってつばめちゃんの家を目指した。


それは小さな洋館だった。洋館というよりも、初見の印象は小さな教会に近い。角度のついた屋根が三つ、中央の大きな建物に寄り添うかのように左右に二つ、部屋があるようだ。窓の位置から二階建てであることがわかる。ところどころにステンドグラスがはまっていて、太陽の光できらきらと美しく輝いた。壁には蔦が這っているのに、廃墟のような古さではなく年季の入ったもののような雰囲気がある。それを狙って、蔦まで管理しているのかもしれない。建物の後ろには林があるようだ。

「さあどうぞ。部屋の中は少し暗いけれど、この雰囲気だと普通の蛍光灯は似合わないでしょ?」

おじゃまします、とつぶやいて中に入る。靴箱の上には、沢山の小物が置かれている。革製の入れ物に、ごちゃりと置かれたよくわからない小物。木製のキーホルダーのようなものから、一見して骨にしか見えないペンダント。眼球をかたどったガラス玉なんかもある。それらは少し不気味だが、雰囲気としてはいい。

キッチンが隣接したダイニングへと通される。廊下に置かれた革製の椅子に花瓶が置かれていたり、壁にはよくわからない絵がかかっていたり、少し不気味だが不思議な家だ。天井を見れば、くすんだシャンデリアがオレンジ色の明かりを灯している。

「なぁんか、物語にでも出てきそうな雰囲気だねぇ」

「でしょう?ちょっとそれは意識したかも」

革張りの椅子に座る。なめらかで、手に吸い付くような触感。どこかで触れたような、しかしこのような革物は使ったことがない。

「革製の家具が多いね。何の革?」

料理を運んできたつばめちゃんに聞いてみる。彼女は一瞬考えるようなそぶりを見せた。

「うーん、覚えてないかな。大抵が通販だし、素材とか書かれてないものが多かった気がする。どうして?」

「手触りがいいな、と思って。年季なのかな?」

「使い込まれた革って手触りよくなるって聞いたことあるし、それかも。洋館なら、やっぱり革製かなって思っていろいろ揃えたんだよね。まあ、買いすぎて余っちゃったりもしてるんだけど」

「そういえば、椅子の脚も面白いねぇ。脚の骨みたいなデザイン?そんな気がする」

葉月の声に座っている椅子を見てみると、確かに脚の骨に見える。人間の、膝から下の骨格は確かこんな感じだったはずだ。

「面白いでしょ?私がオカルト好きだったの覚えてる?実はまだこっそり好きで、こういうダークなのも憧れてたんだ。まさか、骨格を模した椅子があるとは思わなかったんだけど」

「いくつかあるのぉ?」

「うん。オークションだったんだけど、どうも個人製作のものらしくて。昔作った作品で家が手狭だから、自分も使ったりして新品じゃないけどそれでもよければ、みたいな出品だった気がする。ほかにもソファとか、別の部屋なんだけどテーブルとかもあるよ」

応答しながらてきぱきと食事の準備をするつばめちゃん。手伝おうとしたら、お客様なんだから座ってて!と椅子に戻された。やがて、目の前にはおいしそうな料理が並ぶ。

メインディッシュはトマトソースで煮込まれたハンバーグ。ひき肉とレタスを使ったコンソメスープと、レストランのように皿に盛られたごはん。パンが好きな葉月の前には、丸パンとバケットがいくつか乗った皿が置かれた。

「もしかして、わざわざこのパン買ってきたぁ?」

「どうせなら、雰囲気に負けないようにしたいじゃない?せっかく頑張って作ったのに、主食が食パンじゃおしゃれじゃないし」

つばめちゃんが席に着いたところで、いただきます、とつぶやく。トマトソースの酸味と、後からしっかりと肉の味がするハンバーグ。厚みがあり、どしりと重い。

「すごい、美味しい」

「うんうん、つばめちゃんこれレストラン開けると思うよぉ?」

ハンバーグを口いっぱいに頬張り、急いで飲み込んでしゃべった葉月が少しむせる。そんなに急がなくていいのに、とつばめちゃんが苦笑する。

「喜んでもらえてよかった。つなぎをあまり使わないハンバーグは初めてだったから、少し自信がなかったんだ」

わいわいと会話をしながらの食事。私が半分くらい食べ進めたところで、葉月はハンバーグをおかわりしている。スープは普通のコンソメベースだが、レタスはしゃきしゃきとした歯ごたえを残している。具はそこまで多くなく、メインを残してしまうということもなさそうだ。

食べ終わり、食後にと出された紅茶を飲みながら一息つく。

「それにしても、すずめちゃんがいないのはなんだか寂しいね」

「おしゃべりだったからねぇ、あの子。あやちゃんはあんまり喋らないし、さっきもほとんどつばめちゃんが喋ってたし」

「鳥だから囀るのが上手い…」

「私は人間です!」

ぼそりと呟いた言葉もしっかりと聞き取られていて、楽しそうに返答される。

「そういえば、行方不明事件とかもあったねぇ。ニュースになってないから無事だと思うけど、連絡取れないのは少し心配にならない?」

あまり心配していなさそうな、のんびりした口調。私もそうだけれど、知り合いが巻き込まれるなんて思っていなさそうな、形だけの心配。

「確かに心配だけど。いつかふらっと姿見せると思うよ」

「そうだといいねぇ…」

不意に葉月があくびをした。

「うぅん、なんだか眠くなってきちゃったなぁ。お腹いっぱい食べたからかなぁ…」

「少し寝る?ソファかなんかまで案内しようか?」

「んむ、食っちゃ寝は牛になる…でもなんか、すっごく眠い…ごめん寝るわぁ…」

紅茶のカップだけ横にどけて、葉月は机に突っ伏して眠ってしまった。すうすうと寝息を立てる葉月を見ながら、私も眠気に襲われる。重い瞼の隙間から見えたつばめちゃんの顔は、なんだか少しうれしそうに見えた。


ぼんやりと意識が浮上する。背中に感じる柔らかさ。体を起こしてみると、私はソファの上で眠っていたらしい。つばめちゃんが運んでくれたのだろうか。かけられていた毛布を畳んで横に置く。茶色い革張りのソファ。背骨のような装飾が背もたれの上部についていて、芸術的にはいいのかもしれないけれど、私は少し趣味が悪いと思った。

そういえば、葉月はどこにいるのだろう。ポケットに入れていたはずのスマホもない。邪魔になるから、と出して鞄にでも入れてくれたのだろうか。持ってきた鞄はどこだろう。

電気のついていない、薄いレースカーテンがかけられた窓から差し込む柔らかな日光だけの部屋。リビングか、応接室か。椅子が余っていると言っていた通り、壁際にはいくつかの小物が置かれた椅子がある。猫の脚のようなデザインの、ごく普通の椅子。あの気味の悪い椅子ではなかったことに、少しほっとする。

ひやりと冷たい風が頬を撫でた。カーテンは揺れていなくて、窓が開いていないことを意味する。ではどこだろう。古い建物だから、隙間風が吹き込むことはあるかもしれないけれど。

周囲を見回して、壁にいくつか並んだ本棚に目を留めた。本棚は隙間なく並べられている。

―一つを除いて。一つだけ、隙間がある。よく見れば、隣の本棚より少し飛び出しているようにもみえる。天井までの高さがある巨大な本棚。床に銀色のレールが見えた気がして、隙間に手をかけて右側に動かした。

奥にはほの暗い階段がある。地下室?なぜこんな、隠すように地下への階段があるのだろう。

葉月のことが脳裏をよぎる。きっと彼女は私と同じように別の部屋で寝かされているのだ。私がソファだったのは、客室が余っていなかったとかそんな理由だろう。家主の許可を得ずにこんな、隠された場所に行くことも気が引けた。しかし扉はきっちりと閉められていなくて、もしかしたら最初からあった地下室をそのまま使っているだけなのかもしれないと思うことにした。息を止めて耳を澄ましてみるが、屋敷は静まり返っている。もしかしたらこの下につばめちゃんがいるかもしれないと思い、私は階段に足を踏み入れた。


奥に一つ、左右に一つずつ。絨毯の敷かれた廊下に、三つの扉。少し考えて、左側の扉を開ける。左手の方向に行くと脱出できる…っていうのは、確か迷路で使える法則だったっけ。

天蓋のついたベッド、大きなクローゼット、本棚と薬棚、それから机。ベッドは黒と白でまとめられていて、フリルやリボンのついた派手なデザイン。机や付随する椅子はやっぱり骨のデザインで、見慣れてくる感じはある。薬棚は南京錠で閉じられ、ガラス越しに見える薬便には筆記体のアルファベットが綴られている。英語ではなさそうだ。液体が入っているようにも見えるが、水だと信じたい。

おそらくここはつばめちゃんの部屋だ。机に置かれた置物には、頭蓋骨を装飾したものだとか眼球を何かの液体に漬けたものだとか、そういう趣味の悪いものがいくつかある。すべてレプリカだろうとは思うが、最初に目に入ったときには驚いた。

つばめちゃんもいなかったし、次の右側の部屋へ。そこには棚が沢山並べられていて、どれも黒いカーテンで覆い隠されていた。悪趣味なコレクションの中でも、大切にしているものかもしれない。葉月なら見るだろうけれど、私は少し遠慮したい。正直、あまり好奇心のない私がこうやって、偶然見つけた地下へきているだけでも珍しいのだ。下手に触って壊してしまっても嫌だし。早々に引き上げて、その瞬間。

叫び声。最後の、廊下の一番奥の扉から。誰の?

再度、助けを求めるような声。―葉月だ。でも、どうして?

扉を開けて飛び込む。拘束され、天井から縛った腕を吊るされた葉月。椅子に座って眺めている、つばめちゃん。葉月の近くには、ナイフを持った、

「…すずめちゃん」


「久しぶり、あーちゃん。わたしのこと、覚えててくれたんだね!」

見開いた眼、赤いワンピース、とても楽しそうに、嬉しそうに笑うかつての友人。

「す、ずめちゃん…どうして」

「どうしてって、何が?はーちゃんと遊ぼうとおもってただけだよ?」

葉月の腹部からはだらだらと血が流れている。すずめちゃんの持っているナイフには、べったりと赤色がついていた。

「あーちゃんも、あそびに来てくれたんだよね?わたし、ずっとまってたの!とっても楽しみだったの!」

どこか子供のような話し方。同級生だから、とうに成人しているはずなのに。彼女の口調は、高校時代よりも幼い。

「つばめちゃん、どういうこと」

「どういうことって言われてもね。私の大好きなすずめちゃんが、彩香ちゃんと葉月ちゃんと遊びたいって言うから連れてきたの」

目を細めて、楽し気にこちらを見ているつばめちゃん。頭が混乱して、状況があまり理解できない。

「…あやちゃん…にげて」

葉月の声にはっとして、扉のほうへ向おうとした。しかし、すずめちゃんに手を掴まれてしまう。

「だめだよ、せっかく遊べるとおもったのに!わたしとたくさん、あそぼうよ!」

二の腕に鋭い痛みが走る。ざく、ざくと音が聞こえる気がした。何度も何度も。

時々ごり、と音がする。痛い。意識していなくても、叫び声が漏れる。動けなくなった私を、すずめちゃんは手際よく拘束していく。

「どっちとさきに遊ぼうかなぁ…どっちもでいいや!いっしょにあそぼ!」

葉月の呻きも、足を切り落とされる痛みも、腹部を抉られる感覚も。はじめは痛くて辛くて逃げだしたくて、葉月をかばおうと考えを巡らせもしたけれど。拘束されて、好き勝手に「遊ばれる」のではどうしようもない。熱を持つ傷口と、溢れる赤に何も考えられなくなる。

「つばめちゃぁん。これで何人目かな?」

「七、八人ってところじゃない?そろそろばれるかもね」

「えー、やだなー。もっと遊びたいー」

朦朧とする意識の中、二人の会話が聞こえる。そうか。今までの行方不明は、きっと全部二人の仕業だったんだ。一週間前に見たニュースでは、これで五人目だという話をしていた気がする。それがわかった瞬間、ふと思いついたことがあった。

骨の椅子はきっと本物の骨を使っていた。革張りの椅子は、人の革。もっとも、二人あるいはどちらかが、家具を作れるという仮定がいるけれど。しかしその前提も、次に聞こえてきた会話のおかげでクリアしてしまった。次は何をつくろうか、仲がいいからソファにしようか。

きっと殺されるのに、こんなに冷静に分析している自分がなんだか滑稽だった。体が冷えていく。いつの間にか葉月の声は聞こえなくなっていて、私はもう片方の目が見えない。

私は少し微笑んだ。こんな形でも、すずめちゃんと会えてよかった。四人全員そろって、よかった。―そう思っていたから、私はろくな抵抗もしなかったのだろう。

酷い眠気に襲われる。失血すると眠たくなる、とどこかで見たような気がする。思考にも靄がかかって、これ以上考えられそうにない。死ぬのは怖いし、全身が痛むけれど。見知らぬ人に殺されるより、友人に殺されて、その後も家具としてでも形が残るなら。

私はそれでもいいかなと、思ってしまうのだ。




「はーちゃんもあーちゃんも、しんじゃったね」

「…すずめちゃん、泣いてるの?」

「んー?わたし、泣いてる?」

「少し。やっぱり、寂しいね」

「うん。でもうれしい。これでわたしたちと、一緒にいられる」


すずめちゃんがこうなったのは、いつからだったかわからない。

でも私はすずめちゃんを昔から愛していたから、どんな願いでも叶えてあげたくて。

彼女にこの気持ちが伝わっていなくても、それでよかった。

例え私の人生が壊れてしまっても。例え私が私たちの罪をすべて被っても。

すずめちゃんが楽しいなら、私はそれでいい。そのために、私は生きている。



―スズメはツバメの巣を横取りする―


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