第95話 かたき討ち!
「ふー、ひどい目に遭っただ。頭が変形するかと思っただよ」
「あれーまー、あんた頭が妙にとんがっちまって、帽子の先まで何かがみっちり詰まってるだよー」
「そりゃ大変だべ! ……でも尻尾までみっちりと聞くと何となくお得な気がするからいいっぺ」
「んだなやー。尻尾じゃなくて帽子だけんども」
ラファエラの説教が終わった後、ドワーフたちは待ち合わせの相手であるディオニューソスを教会内で待つことになっていた。
「んでも暇だな」
「んだな」
「持ってきたビールも飲んじゃダメだとかひどいっぺ!」
しかし飽きっぽいドワーフたちはすぐに退屈し、口々に文句を言い始める。
「んだんだ。何か暇をつぶせる……おんや? それはこの前領主様に引き渡しした金剛剣じゃないだか?」
「うんだ。ここに来る途中で拾っただよ」
しかしそこに一人のドワーフが一本の棒状のものを取り出し、それを見たドワーフたちの目が爛々と輝き始める。
「こりゃどうも持ち主の気力が破格的に上がったみたいだな。回路が破損しかけてるっぺ」
「でぇじょうぶだ! ここのネジっぽいアレを回すとバイパス回路が開くはずだべ!」
「開けたっぺ」
「開いたべ」
しかし何やらネジっぽいアレを開けられたアダマス剣は急に細かく振動を始め、光の粒子となってドワーフの手から消えてしまう。
「消えたっぺ」
「消えたべ」
「ありゃ~なんだかオラの記憶も消えてしまったっぺ」
「オラも同じく消えてしまったべ」
ドワーフたちはそう言ってお互いにコクコクと頷き合うと、つぶらな瞳で星が瞬く天空を見上げたのだった。
「続きと行こうぜジョーカー!」
リュファスがそう叫んだ直後、ポセイドーンが張った結界内が激しい光に満たされる。
「ぐあッ!?」
[アテーナーの加護はどうしたリュファス。先ほどとまるで同じ結果とはつまらぬことだ]
しかしその光が消えた後、そこには再びジョーカーに腕を取られた状態、いわゆる脇固めに捕えられたリュファスの姿があった。
[柔よく剛を制す。関節に可動領域と言うものがある限り、生半可な力だけでは技巧を超えることはできぬ]
「く……ぅ……」
[随分と大人しくなったな。早く私を倒さないとロザリーの方がどうなっても知らぬぞ]
「くそっ!」
ジョーカーは眼下に組み伏せたリュファスを嘲ると、少し離れたところでアンドラスにあしらわれているロザリーを見る。
そこにはアンドラスが振るう剣により、振るった槍の穂先をことごとく叩き落されたロザリーが絶望に満ちた顔をしていた。
[多少は身体能力が上がったようだが、槍の扱いは素人同然。まるで変わっていないようだなロザリー]
「そんなことを言っても騙されないのですよ! 攻撃が当たっていないのはそちらも同じなのですから!」
[では現実から目を逸らしているお前に教えてやろう]
「きゃあ!?」
アンドラスは少し体を動かすだけで迫りくる槍の穂先を避け、そのままロザリーに剣を振るう。
[おいアンドラス、ちったぁ手加減してやれよ]
[申し訳ありませんバアル=ゼブル殿。しかし現実というのはそう甘いものではないと教えてやるのもこやつのためかと]
[まぁそうなんだが……ああ、そうだなもう少し教えてやったほうがいいだろう]
服の切れ目が大きくなったロザリーを見たバアル=ゼブルは豹変し、アンドラスの教育方針に即座に同意する。
[ま、まてアテッ……なッ? ナー……おおお、お前さんの怪我……俺……関係な……い……]
「安心しなさい今の私の怒りも怪我の原因とは無関係です」
[困ったものだ。痛めつけるなとは言わぬが……]
ジョーカーは苦しむリュファスの腕の角度を少し変え、更に苦痛を増やした後に溜息をついた。
[転生しない程度にしていただきたいアテーナーよ]
「もう少し教えてあげたほうがこの男のためです」
ついでにアテーナーも豹変し、バアル=ゼブルの首が一回転しそうな勢いで平手打ちを連打するが、その間に彼女の体から発する光は徐々に減光していき、ついには元のエステルの身体に戻ってしまう。
[力を使いすぎたようだな。その姿ではもはや我々の戦いに干渉することはできまい。そこで大人しく見ているがいい神代の女よ]
ジョーカーは警告を飛ばすと、元に戻ったエステルを見て少々驚いたように無言になって動きを止める。
(妙だな。アテーナーの時に負わせた傷が治っているのはいいとしても、我が子たちの窮地を見ても動揺せぬとは……エルフは同族の危機に関しては人間より遥かに激しい怒りを表すはずだが)
まるで我が子の成長を見届けた親のように穏やかな目をしているエステル。
(まさか……?)
頭の中に閃いた一つの予感にジョーカーが打ち震えた瞬間、その耳に間延びした声が入ってくる。
「いいの~ですか~? そのように~のんびりとして~いて~?」
[のんびりとしているわけではないが……]
このひっ迫した状況を、エステルが理解していないのではないかとジョーカーが思ったその時、今度は離れたところで地面に胡坐をかいているポセイドーンから檄が飛ぶ。
「やれやれ、じゃから後始末くらいは手伝っちゃるとさっきから言っちゅうやか。このワシの力を見くびっとるんか? 自分たちに宿った膨大な力を恐れるのも分かるが、妙な手加減はやめてさっさとケリをつけい。ワシャさっさと新しいエールが飲みたい!」
[まさか……まさか!]
ジョーカーが動揺すると同時に、彼が組み伏せているはずのリュファスの腕がきしみをあげ、それを見たエステルはぽつりと呟いた。
「私の子供たちは手強いですよ」
しかしテコの原理により、稼働領域の限界を完全に超えようとしているリュファスの腕が自由になることはない。
[無駄なことを! 先ほども言ったはずだ! この状態から無理に動こうとすれば関節が使い物にならなくなるぞ!]
「そう……かよ! じゃあこれならどうだ!」
リュファスは決められていない反対側の腕、つまり左腕を軽く持ち上げ、目の前の地面に叩きつける。
[なんだと!?]
大地が激しく揺れるほどのその一撃の反動は凄まじいもので、リュファスはそれを利用してジョーカーごと体を前転させ、それによって脇固めを外す。
[ぐぼッ!?]
そしてもつれ合った末、二人の体はリュファスが放った蹴りによって大きく離れ、睨み合うこととなっていた。
[何という無茶をする。一歩間違えれば、お前の右腕は動かせなくなるほど破壊されてしまうところだったぞ]
「生半可な力じゃ技巧を超えられないってだけの話だろ? それに俺の体も堕天使と一緒で、エルフや人とはちょっと違うみたいだぜ」
リュファスの黒い肌に、先ほどまでよりやや赤みが増した姿を見たジョーカーは、自分を落ち着かせるように殊更に低い声で独り言をいう。
[……なるほど、ティーターン神族か。この物質界から姿を消して久しい奴らをまた見る機会ができようとは]
そう言うとジョーカーは、アンドラスとロザリーの戦いを横目で確認する。
(……苦戦しているか)
目をすぼめて見つめるその先では、アンドラスの体と背中の羽根には、水撃と見られる粘液のようなものを張り付いており、普段より明らかに動きが鈍っている。
形勢逆転、人が変わったかのごとくアンドラスを追い詰めるロザリーの手には、とても槍には見えない不定形の塊が穂先に集まっていた。
[何だこの液は!? 頭がぼうっとして思考がまとまらぬ!]
「それがこのトリアイナの効果なのですよ!」
素早く突き出されたトリアイナの穂先をアンドラスが避けようとした時、その足元から体についているものと同じ粘液が湧きだす。
[またか! だがこれしきのことでこのアンドラスがぐおおッ!?]
粘液で足を滑らせて大きく体のバランスを崩すも、羽根を羽ばたかせることで何とかトリアイナを避けたアンドラスは、その瞬間に体の輪郭がボヤけるほどの振動をその身に受けていた。
「全大海を統べ、全大陸を揺るがす力を持つポセイドーンが槍トリアイナ! レプリカとは言っても、その持てる力は強大なのです!」
天地方向を見失うほどの強力な振動でアンドラスの動きは止まり、ロザリーはその隙を見逃さずにトリアイナをアンドラスの胸に突き立てる。
[ギワォエォオォォ……ォ……]
「くっ! 眷族に助けられたですね!」
しかしトリアイナの穂先は、その間に割って入った狼の腹部に突き刺さり、同時に激しい振動を発したトリアイナによって狼の体は虚空に塵と消えていった。
「おのれ、よくもグライドを……」
「眷族の犠牲を無駄にしたくなければ、今すぐフォルセールから立ち去るのですアンドラス!」
[黙れ! この上は貴様の皮を剥ぎ取り、グライドの亡骸を包む布代わりにしてくれようぞ!]
力強く言い切ったロザリーにアンドラスが怒りの咆哮を上げ、背中の翼を大きく広げて威嚇する。
「ロザリーに負けてられねえな」
頼もしい双子の妹を見たリュファスはそう言うと、目の前の堕天使へ何も握っていない右拳を突き出した。
[身に新たな力を宿せど、頼るのは徒手空拳か]
「その威力、試してみるかい?」
リュファスは拳闘とはまた違う構え、身軽に動ける脱力した状態ではなく、腰をグッと落とし、力を溜める構えを取ってジョーカーを睨み付ける。
「ここでお前を倒せば今後の戦いがぐっと楽になる。王都を解放することも夢じゃなくなるってもんだ。王都といえば……フェルナン爺ちゃんは元気かい? バアル兄ちゃん」
[ん? あ、ああ……]
唐突なリュファスの問いにバアル=ゼブルは戸惑い、答えを濁す。
「何だよ兄ちゃんらしくねえな。あー、爺ちゃんももういい年だし、ひょっとして病気にでもなっちまったのか? こんなこと本人に言ったら怒られちまうかも知れないけどなハハッ」
バアル=ゼブルのその態度を見たリュファスは、一瞬だけ脳裏をよぎった嫌な考えを振り払い、その嫌な予感を誤魔化すように明るい声で再び質問をする。
[フェルナンであれば私が殺した。貴様らが王都に攻め込んできた折に、交渉に人質を許しなく使い、その上に命まで絶ったと因縁をつけてきたのでな]
「……え?」
だがその質問に返答をしたのはジョーカーだった。
しかも考えられる中で最悪の、だがバアル=ゼブルの態度に最も適した内容の。
「……ウソだろ? だって王都じゃあんなに仲良くしてたじゃん」
[所詮は人間と魔族。いくら表面的に……]
「お前には聞いてねえよ! 黙ってないで答えてくれよバアル兄ちゃん! 本当にフェルナン爺ちゃんを殺しちまったのか!?」
激情を露わにしたリュファスに、バアル=ゼブルの表情は冴えなかった。
[リュファス……]
「やめてくれよ……そんな声バアル兄ちゃんが出すところなんて見たくないよ」
[爺さんは死んだ。王都を、王都の民を支配する魔族の、魔族の指導者の一人であるジョーカーに逆らったから死んだ。それだけだ]
「それだけ……?」
[それだけだ]
それだけ。
生気が抜けきったバアル=ゼブルの顔を見たリュファスは、思わず敵であるはずのバアル=ゼブルに近づき、その肩を揺さぶってしまいそうになる。
「それだけって、それだけでそんな顔するのかよ! 俺が知ってる旧神バアル=ゼブルは、そんな奴じゃねえ! お人好しで、だけど……だけ……ど……」
その代わりに叫びをあげたリュファスは、続けようとした言葉を飲み込んだ。
――お人よしだが、敵には容赦しない――
そして飲み込んだ言葉を胸の内で繰り返し、思い出とともに心から消し去ると、リュファスはいつの間にか下がってしまっていた右手を再び前方の敵へ掲げた。
「爺ちゃんの……かたき討ちをさせてもらうぞジョーカー」
[お前にできるとは思えぬがな。いつでもかかって来いリュファス]
ジョーカーが静かに答えると同時に、リュファスが掲げた右拳に光の粒子がまとわりついて形をとる。
「力を貸してくれアダマス」
光がリュファスの右手に集い、右手から激しい光の奔流がほとばしる。
その光がリュファスの全身を包んだ時、再びポセイドーンの結界は激しい光の渦で満たされた。




