第91話 戦いに巻き込んでしまおう!
[ククク、あの堕天使も意外に話が分かるようになってきたではないか]
[ようやく俺たち魔神の恐ろしさが理解できたみてえだなぁ! ヒャハハハハ!]
街を人間ごと破壊しつくし、天使どもをおびき出せ。
事実上の無差別虐殺を認める知らせに魔神たちは沸き、連れている魔物たちに命じて手当たり次第に建物を破壊していく。
[よぉし! 次はこの家だ!]
[さっすが~! ハルファス様は話が分かる!]
[おいおい、転生直後の俺様をおだてても何も出せんぞウワハハハ!]
何人かの下位魔神を付き従える彼の名前はハルファス。
最上位魔神の一人であり、その姿は巨大なハトと言った感じのもので、しかし人と同じくらいのスケールまで大きくなった姿は丸く見開いた目も合わさって醜悪の一言だった。
先の天魔大戦で同僚である一人の女神の機嫌を損ねた彼は、それ以来幾度となく行方不明となっており、今回の復活も約十年ぶりということで、元々彼に付き従っていた魔神たちはハルファスの帰還を心から喜んでいた。
[まずドアを開けて中の様子を確かめろ。俺様は転生したばかりでまだ弱い立場であるからな]
[合点承知!]
手当たり次第に建物を破壊するだけでは後でつまらぬ説教を受けると考えたハルファスは、配下の下位魔神にドアを開けて中の様子を見るように言う。
「いらっしゃいませ」
「いらっしゃいませなの~。お客様は何名様なの~?」
西日が逆光となり、眩しくて中の様子がよく分からない建物の中はどうやら酒場のようであり、そこには従業員と見られる二人がいた。
[お客様だあ?]
[ヘヘヘ、ハルファス様こいつらとぼけてますぜ! どう見ても魔族の俺たちを客扱いしてやがる!]
[まったく人間というものは愚かだな。俺たちが誰なのかをよく教えてやれ]
西日で二人の表情は分からない。
だがカウンターの奥で分厚い肉切り包丁を持っている男も、煮えたぎるチーズを入れたツボを持つ女も、まるで慌てる様子は無かった。
数秒後。
「今日はお客様が来ませんねヘスティアー様」
「なの~……」
「少し早いですが店じまいして、とってきた肉で料理でも作りますか」
迫る夕闇を見てか、酒場の中にランプと思われる暖かい灯がともされる。
その酒場の看板には炊煙の蒸気亭と書かれており、その中央には簡素ながら大事に手入れがされている炉が設置されていた。
この店の主人は最近ジビエ料理に凝っていると評判であり、そしてフォルセールにいる全員が気付かないうちにこの戦いにおける最初の貢物が炉に捧げられた。
[おい起きろ人間]
「ん~……? なんじゃ? わしになんぞ用か?」
そしてその頃、別の場所ではひどい酒の匂いをさせて地面に寝ていたオッサンが、五人の下級魔神に詰め寄られていた。
[他の人間どもがどこに行ったか教えろ。そうすれば命だけは助けてやる]
「と言われてものう。わしは普通のオッサンで何の力も持っておらんきに、眠っている間のことを聞かれてもさっぱりじゃ」
[役に立たぬ奴だ。ならば他の人間の代わりに死ぬといい]
驚くべきことに、下級魔神の一人に会っただけでも普通の人間であれば発狂してしまうのに、五人の下級魔神に囲まれてもオッサンが動じる様子は無い。
「う~む、オッサンになると命の大事さを知るようになってくるはずなんじゃがのう。それじゃ新しい生命を紡ぎに女人を求めてくるかの……お、あっちの方からいい匂いが」
そしてオッサンが下級魔神にそう答えた後、悠然とした笑みを浮かべてふらりと立ち上がって動き始めた時、それを見送るように立ち止まっていた魔神たちは、すべての糸を抜かれた綿人形のようにくたりと崩れ落ちていった。
そして。
「かかかか、かーちゃん!?」
「違うのです! これにはちょっとした訳があるのです!」
「聞きましょう。私は戦いをつかさどる女神とは言っても、あの野蛮なアレースとは違う理知的な女神ですからね。ただしウソはいけませんよ」
リュファスとロザリーは、母エステルの魂に降臨したアテーナーに詰め寄られていた。
[どうしますかジョーカー殿]
[退却だ。ここでオリュンポス十二神と事を構えるのはまずい]
それを見たジョーカーは、どう動くか分からないアテーナーの出現に迷わず退却を選択する。
だがそれはうまく行かなかった。
「えーと、えーとなのです……」
「もう正直に言おうぜロザリー。アテーナーの武器は大体借りものだからオリジナルの方がいい……うわあああ! ごめんよかーちゃん!」
「謝って済むなら神罰はいりませんよリュファス。来なさいケラウノス」
なぜなら分別を無くしたアテーナーの攻撃に、退却しようとしたジョーカーたちは巻き込まれてしまったからである。
[待てアテーナー! オリュンポス十二神は不可侵の掟を課していたはず!]
慌ててアンドラスがアテーナーに制止を求めるが、美しき戦女神は冷たい笑みを浮かべるだけでケラウノスの発動を止めはしない。
「フクロウ頭の魔神といえばアンドラスですか。丁度いいリュファスとロザリーにお仕置きをしてあげなさい」
[どう言うことだ!?]
フクロウを自己の眷属に持つアテーナーは、当然のようにアンドラスに自分の指示に従うように命ずるが、魔神であるアンドラスがその命令を聞く義理はまったく無い。
「このアテーナーに逆らうつもりですか?」
[逆らうもなにも、このアンドラスは魔神だぞうおおッ!?]
次々と身に迫るケラウノスの雷撃から慌てて逃げ出すアンドラス。
[ジョーカー殿! これでは退却も何もあったものではありませぬぞ!]
[ここでアテーナー相手に勝利を得たとしても無益だ! 女神アテーナーよ! そもそも御身が神罰を下すべきはそこのエルフ二人組ではないのか!]
ジョーカーはこっそり逃げ出そうとしたリュファスとロザリーを指差す。
「おいィ!? 余計なことを言うなよぎゃああ!」
「依代よりしろ……みぎゃあああ!?」
事態は収拾する様子をまったく見せない。
その間にも周囲では誘導用の爆発なのか、それとも戦闘の結果起きた爆発なのかが分からぬ激しい爆炎が巻き起こる。
領主の館をぐるりと囲った第一城壁の上では、その惨憺たる市街の様子を見たシルヴェールが苦い顔でベルナールを見つめていた。
「助力を得られぬならば、戦いに巻き込んでしまえばいい、か……しかしどうするつもりなのだ? この騒ぎの収拾を」
「心配いりませぬ。ラファエラ司祭によれば昼も夜もいとわず働き続け、しかもこちらの懐が痛まぬ程度の賃金しか要求せぬ優秀な働き手を呼んだそうですから」
「ドワーフか。しかしこの有様ではさすがに……」
シルヴェールは眼下に広がる第一城壁と第二城壁の間の大広場に視線を落とす。
そこには外から聞こえる大爆発の音を聞いて絶望した民衆たちが、彼の顔をじっと見つめていた。
その中には、先ほどから民衆の動揺を抑えようと必死になっている(実はそれが主目的だったのだが二人には知らされていない)天使カマエルとイオフィエルの目もあり、いたたまれない気持ちになったシルヴェールはすぐにでも物陰に隠れたい衝動に駆られる。
「これもあのジョーカーめを討つために必要なことなれば」
「せめて私の目を見ながら言ってくれ」
その瞬間、リュファスとロザリーの二人がジョーカーたちと戦っている場所から一際大きな爆発が起き、さしものアルバトールの結界すらその余波を吸収しきれずに半径五十メートルほどのクレーターが制作される。
「……大丈夫なのか?」
いっそ呆れて笑うしかないこの状況に、ベルナールからの返答は無かった。
「私の娘をたぶらかそうとは……やはり貴方をここに迎えることを許したのは間違いでした」
「まーまーアテーナー、ちょっと待つきに。大人のトリアイナはそこのロザリーが勝手に持ち出したんじゃぞ?」
その一際大きな爆発を起こしたのは、やはりアテーナーとポセイドーンの激突であった。
クレーターの中央には、可哀想なジョーカーがかろうじて頭の一部が出ている状況で埋まっており、そしてその縁ではリュファスとロザリーがアンドラスと対峙していた。
「ここまで団長の策が当たるとは思わなかったぜ」
「まったくなのです。まぁジョーカーが母様とポセイドーンの二人から直撃を受けるところまでは想定外だったですが……」
[何だと!?]
アンドラスはクチバシをあんぐりと開け、クレーターの中央に埋まったジョーカーの方を見た後にリュファスとロザリーを見る。
二人は再び余裕を取り戻しており、その姿は先ほどアテーナーに追い詰められていた時とはまるで違うものだった。
「さっき俺たちとお前が戦い始めた時、連続して爆発が起きただろ?」
「あれはお前たち二人から他の魔神たちを引き離すための陽動だったですよ」
「まさか……先ほどから起きているあの爆発は、お前たちが起こした物だったのか!? 自分たちの住みかを自ら壊したと言うのか!」
アンドラスは叫び、そして王都が封印される前に人間たちが自らの家を壊すことも厭わない作戦を遂行していたことを思い出す。
「んでそれだけじゃ足りないらしくてさ、あえて霧を出して景色の変更が罠であることをジョーカーに見破らせて奴の動きを止めて、逆にその罠に気付かないであろう殆どの魔神たちを連続爆発のほうに誘導させる手筈だったらしい」
「私たちをお前と戦わせたのは、最上位魔神であるお前のところへジョーカーを誘導させて、完全に孤立させるための囮にするためなのだそうです」
アンドラスは動く気配のないジョーカーを気遣うことをやめ、目の前の二人を注視する。
なぜなら二人の気配は、先ほど彼が戦っていた時とはまるで違うものとなっていたのだ。
「というわけで時間稼ぎはおしまいだ」
「二人がかりはちょっと気が引けますけど、これも戦場のならいなのです。全力で倒させてもらうですよ」
[小癪な! 何度も言おう! エルフふぜいがこの最上位魔神アンドラスに……!?]
恐怖を振り払うように叫んだアンドラスの目に、風乙女シルフの笑いさざめく姿が映る。
「どこを見てるんだ?」
[ぐおおお!?]
リュファスが動いたとは見えなかった。
立ったままの姿勢で、だがいつの間にか高速でアンドラスに近づいていたリュファスは、目にも止まらぬ一撃をアンドラスに加えていた。
「何度やってもできなかったのにな……」
最上位魔神に一方的な一撃を加えるという偉業を成し遂げたにしては、寂し気なリュファスの呟き。
「使われるのと使いこなすのとは別物なのですよリュファス」
「分かってるよロザリー。じゃあなアンドラス」
アダマス剣を振り上げるリュファス。
先ほどとはまったく立場を逆転した光景は、まったく同じ結末を迎える。
[何だこりゃ。どうしてリュファスとロザリーにやられてんだよアンドラス]
そこに現れたのは、澄んだ空の色の髪と気ままに動くまっさらな雲の色の肌を持つ旧神バアル=ゼブルだった。




