第9話 おうちに帰ろう!
「では私たちは話すことがありますので。アルヴィース、人払いができる場所へ案内していただけますか」
ラファエラの顔を見た直後、石像となったが如く体を硬直させていたアルヴィースは、その要望を聞いた途端に茫然となっていた表情に魂を取り戻し、先ほど彼が姿を現した横開きの扉を開いて中を手の平で指ししめす。
「王自ら案内していただけるとは思っていませんでした。ありがとうございます」
ニコリと笑みを浮かべたラファエラを見たドウェルグのアルヴィースが、まるでヤギのドクロのごとき痩せこけた異形の顔を、愛想笑いに歪めたその時。
「周辺の土地が王権に譲渡され、こちらの目が届きにくくなった途端に夜逃げとは……また私たちに権利が戻るこの時を、一日千秋の思いで待ち望んでいましたよ。ドワーフの王アルヴィース」
アルヴィースの顔が恐怖に歪む。
「クレイ、リュファス、ロザリー。今日のことは他言無用ですよ。もし知られれば教会への信が揺らぎかねませんからね」
そう言い残すと、ラファエラはアルヴィースと共に扉の奥へ姿を消したのだった。
「まぁフォルセール教会の管理下に置かれてる土地って時点で関わりたくないんだが」
「だよねリュファス兄」
「それにしても……なのです」
「な、なによ」
先ほどティナと言う愛称に決まった妖精が、迫りくる三人を見てたじろぎ。
「だからティン子はやめてって言ってるでしょおおおおお!!」
程なく部屋の中は彼女の悲鳴で包まれたのだった。
「あ、帰ってきた」
しばらく後、落ち込んだティン……ティナを中心とし、和やかな雰囲気で三人が話していると扉が開き、いつもの静かな笑みを浮かべたラファエラと、今にも消えてしまいそうなほどに落ち込んだアルヴィースが戻ってくる。
「良い話し合いができました。これも皆さんのお陰です」
軽く頭を下げ、感謝の意を示すラファエラに三人が照れたように謙遜の意を示す。
「話がまとまったなら早く帰ってよ。あんたたちが片っ端から罠を発動させたり解除させたりしたから、ウチこの後大忙しなんだからね」
「ワインの瓶を抱えてグースカいびきかいてたのに?」
「う、うるさいわね! あれはウチに捧げられた報酬だからいいの!」
顔を真っ赤にしてクレイに詰め寄るティナ。
「魔物がまだ入りこんでいないこの迷宮ですらこの有様とは……」
しかしアルヴィースが頭を抱えてそう呟いたのを聞いたティナは、慌てて自己弁護に走ろうとするが、事態は既に手遅れのようだった。
「ではティナ、行きますよ」
「え? でもウチこの迷宮を管理しないと……って言うかなんで人間風情が妖精のウチに指図すんの? ウチ偉い管理者なのよ?」
「あらあらウフフ」
ラファエラの発言を聞いたティナが不満気に口を尖らせると、何かを見たアルヴィースのやや緊張した声がその疑問に答える。
「お前はティナと名付けられてそれを承諾したのだろう。ならば名付けたこの御方たちについていくのが妖精の決まりだ」
「え? それ単なる脅しじゃなかったの?」
「言霊を甘く見るな、とも言っておいたはずだが? 元々妖精界の住人である我ら妖精が物質界に現出、現界できるのは、言霊によって物質界の存在として固着されるからだ。よってお前がここで迷宮の管理者を続けたいと言うなら、まず私が名付けたティン……」
「ウチ外に出て見聞を広めて迷宮の管理者に相応しい妖精に成長して戻ってくる」
そして。
「見た目は怖いけど、すごく丁寧で優しいんだねドウェルグって。もう少し話したかったけど、お日様の光の下には出られないならしょうがないか」
「ああ……ウチの毎日ワイン飲み放題計画がパァになっちゃった……」
クレイたちはティナをフォルセール城に住民登録するために、陽が落ちかけた街道をのんびりと歩いていた。
「落ち込んでも仕方が無いよ。フォルセールにもワインはあるから、ティナもそこで飲めばいいんじゃないかな。ほら、あれが俺たちの住んでるフォルセール城だよ」
前方にそびえ立つ巨大な城壁、その上に漏れ出でる柔らかな光。
フォルセール領の中心であるフォルセール城を指差し、クレイが誇らしげに紹介をしても落ち込んだティナの機嫌は戻らない。
「そうだぞティン子……あ、ティナ。飲み放題とまではいかないが、少しくらいは飲めるように俺から領主様に頼み込んでやるから」
「そうですよティン子……あ、ティナ。ティン……ティナが落ち込んでる姿を見ると私たちの方までなんだか悲しくなるですよ。元気出すですよティナ……ティン子?」
「もういやあああああ!」
迷宮に戻らないようにティナと言う愛称を最低限混ぜ、リュファスとロザリーがティンカービールをからかう大人げない姿を見て溜息をつくクレイ。
「二人ともその辺にしときなよ。あ、エレーヌ姉だ」
「皆無事に帰還したか。ラファエラ司祭殿が一緒にいるから当然だろうがな」
ハーフのダークエルフであり、リュファス、ロザリーの叔母にあたるエレーヌは、そろそろ暗くなってきた周囲を物ともせず、遠くにクレイの姿を認めるなり美しい顔に笑みを浮かべ、黒い肌をした手を振り、長く伸ばした黒髪がそれに伴って揺れる。
もっとも動きやすいように体にほどよくフィットした黒い革鎧と合わせたその姿は、彼女を門を守る守衛としてではなく、恐ろしい暗殺者のように見せるものだったが。
「任務はどうだったクレイ」
「何とか無事に終わったよ。色々あったけど、詳しい話はまた別の時にするねエレーヌ姉。それでちょっとお願いがあるんだけど」
「ふむ、妖精の登録か。それは構わんが、その妖精はどこ……に……」
クレイの説明を聞き終わったエレーヌが、少し離れた所に居るティナを見て固まる。
「ウチ……イヤって言ったのに……ティン……子……無理矢理……」
そこには泣きじゃくるティナを指差し、ゲスい笑みを浮かべるリュファスがいた。
「リュファスちょっと来い」
「え? あ、エレーヌ姉ちゃん? え? 何? え!? おいロザリーどこいった!?」
こうしてフォルセール城に、妖精が一人新しく住み着くことになったのだった。